《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene9 見知らぬ朝

 頭が、ズキズキと痛む。
 
 眉間を押さえながらゆっくりと目を開くと、そこには――見覚えのない天井が広がっていた。
 
(……え? どこ、ここ……?)
 
 起き上がろうとした瞬間、胃の奥がむかむかとせり上がり、思わずベッドの端に手をつく。
 重たい身体を引きずるように視線を巡らせると、きちんと畳まれた上着、清潔に整えられた部屋、そして――自分の服も乱れていない。
 
(昨日……飲み会……何杯、飲んだんだっけ……?)
 
 記憶は、ところどころ欠けていた。
 大和の顔。光輝の顔。
 何か言い合っていたような……そのあと、肩を支えられて、夜の道を歩いた――?
 
「……まさか」
 
 ベッドの上で膝を抱えた、その瞬間。
 静かに、ドアが開いた。
 
「お、起きたか? ちょうどいいタイミングだ。朝ごはん、できてるぞ」
 
 立っていたのは、須田光輝だった。
 スーツではなく、ラフなシャツにエプロン姿。
 手には、湯気の立つマグカップ。
 
「……え? あの、私……ここで……?」
 
「お前、完全に潰れてたぞ。あのまま一人で帰らせるわけにもいかなくてな。
 服も汚れてなかったし、ベッドを使ってもらった。俺はソファで寝たから、安心しろ」
 
 そう言って、光輝は軽く笑った。
 その笑みが、本当に優しいものなのか――それとも、何かを覆い隠すものなのか。
 
「支度できたら、食べような」
 
 それだけ言い残し、光輝は静かにドアを閉めた。
 
 部屋に、再び静寂が戻る。
 
 麻里奈は胸の奥がざわつくのを感じながら、枕元のバッグに手を伸ばした。
 スマホを開く。
 着信一件、メッセージ一通。
 
 表示された名前を見た瞬間、息が詰まる。
 
――桜井 大和
 
『昨日はごめん。
 麻里奈さん、無事に帰れた?
 本当は、俺が送っていきたかった。
 ……また会いたいです。』
 
 その一文で、昨夜の光景が断片的に蘇る。
 
 大和の瞳。
 控室で交わした、あのぬくもり。
 
 でも、それを抱きしめる前に――
 光輝の手が伸びて、夜は途切れた。
 
(……私、何してるんだろう)
 
 胸の奥に、かすかな罪悪感が広がっていく。
 “何もなかった”はずなのに、心だけが、どうしても落ち着かない。

 
 ダイニングに足を踏み入れると、テーブルにはスクランブルエッグとベーコン、そしてトーストが並んでいた。
 香ばしい匂いに、胃がきゅるりと鳴る。
 
「座って。コーヒー、ミルクでよかったよな」
 
 光輝がカップを差し出す。
 その笑顔は、いつもどおり穏やかで優しい――なのに、どこか逃げ場がない。
 
「……ありがとうございます」
 
 遠慮がちに腰を下ろす麻里奈に、光輝はパンを渡しながら、ふと口を開いた。
 
「仕事、できそうか?」
 
「え?」
 
「昨日、かなり飲んでたろ。無理しなくてもいいんだぞ」
 
「……大丈夫です。仕事、できます」
 
 頷いてトーストにかじりつくが、口の中がうまく動かない。
 ふわりとした空気の中に、張りつめた何かが混じっている。
 
 光輝は笑みを崩さないまま、続けた。
 
「そうか。じゃあ、服、変えなきゃな。昨日のままじゃ現場に出せないし。
 ブティックに寄ってから行こう。似合うの、俺が選んでやる」
 
「え……でも……」
 
「気にすんな。それぐらい、プロデューサーの役目だよ。
 うちの大事なマネージャーが変な格好してたら、こっちが怒られるからな」
 
 優しく言われれば言われるほど、逃げられない感覚が強まっていく。
 その“優しさ”に、麻里奈は――言い返すことができなかった。
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