《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene15 気配の中で、つないだ手

 黄昏が、ビルの隙間ににじんでいた。
 
 事務所の裏手。
 人通りの少ない通路に、足音だけが小さく響く。
 
「……麻里奈さん」
 
 その声に振り返ると、そこに立っていたのは大和だった。
 帽子を深くかぶり、マスクで顔を隠している。それでも、その輪郭はすぐにわかる。
 
「桜井くん……どうしてここに?」
 
「……昨日から、ずっと気になってたんだ。大丈夫だった?」
 
 一瞬、言葉に詰まり、麻里奈は曖昧に笑ってうなずく。
 
「うん。大丈夫。酔っちゃって……須田さんに送ってもらっただけだから」
 
 その言葉に、大和は小さく息を吸い、視線を落とした。
 
「……それって、須田さんの部屋……だよね?」
 
 静かに問われた一言。
 麻里奈の肩が、びくりと震える。
 
「えっ……う、うん。でも、でもっ、何もなかったの! 本当に!  私、酔いつぶれてただけで……ちゃんと服も着てたし……!」
 
 早口になる。
 自分でも、焦っているのがわかった。
 
 大和はそんな麻里奈を見つめ、ふっと目を細めると、周囲へ視線を走らせた。
 
「……やっぱり、来てる」
 
「え?」
 
 その言葉に、背筋がひやりとする。
 彼の視線の先――通路の向こうに、スーツ姿の男が立っていた。
 
 須田光輝。
 
 事務所の方から足早に歩いてきて、落ち着かない様子で辺りを見渡している。
 その目は、何かを探している――いや、“誰か”を探している目だった。
 
 視線が、こちらに向きかけた、その瞬間。
 
「……来て!」
 
 大和が、麻里奈の手を掴んだ。
 
「えっ――」
 
「とにかく今は……!」
 
 強く引かれ、訳もわからないまま駆け出す。
 狭い路地。夕暮れの光が足元で揺れ、靴音がコンクリートに弾いた。
 
 背後では、光輝が足を止め、こちらを探すように立ち尽くしている。
 
「……いたのに」
 
 低く漏れた声は、夜気に溶けて消えた。
 
 走りながら、麻里奈は前を行く大和の背中を見つめる。
 必死に手を引くそのぬくもりが、不思議と心を落ち着かせた。
 
 ――守ってくれてる。
 
 あの頃、ただ遠くから見ていた背中。
 今は、その手が確かに自分を導いている。
 
 その事実が、胸の奥をやさしく揺らす。
 けれど同時に、
 
 ――この手を離したら、何かが終わってしまう。
 
 そんな予感が、ひそやかに、確かに、心の奥で鳴っていた。
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