《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene17 Twilight Notes

 静まり返ったスタジオに、ふたりの呼吸だけが静かに響いていた。
 さっきまでの逃避行の緊張がほどけ、気づけば向かい合ったまま、自然と見つめ合っている。
 
「ねぇ、大和くん……どうして俳優になっちゃったの?」
 
 不意にこぼれた麻里奈の問いに、大和は一瞬だけ視線を落とし、苦笑した。
 
「……事務所の意向だよ。
 ダンスより、俳優のほうが売れるって思ったんだろうね」
 
 そう言って、肩をすくめる。
 
「だから、時々ここに来る。
 踊ってる時だけは……何も考えなくて済むから。
 余計なこと、全部忘れられるんだ」
 
 その言葉に、麻里奈の胸がちくりと痛んだ。
 芸能の世界では、自分で選べないことのほうが多い。
 それでも――大和の中に“踊りたい”という想いが、今も消えずに残っていることが、どこか救いのように感じられた。
 
 大和はふと棚の奥へと歩き、タブレットを取り出して画面を操作する。
 
「そうだ……この曲、覚えてる?」
 
 流れてきたのは、懐かしいビート。
 高校の文化祭で、ふたりが一緒に作って踊ったオリジナル曲だった。
 不器用で、必死で、でも輝いていたあの頃のすべてが詰まった旋律。
 
「もちろん、覚えてるよ。……懐かしいな」
 
「じゃ、踊ろう」
 
 大和はごく自然に手を差し出した。
 麻里奈は一瞬だけ迷ってから、笑ってその手を取る。
 
 音が流れ出し、足が勝手に動き出す。
 身体が覚えていた。
 忘れたと思っていたステップが、何の違和感もなく蘇っていく。
 
「ねぇ、ユニット名は……」
 
「Twilight Notes!」
 
 同時に口にして、次の瞬間、ふたりは顔を見合わせて笑った。
 
 大和の目が細められ、どこか誇らしげに光る。
 
「俺、やっぱり……この時間が好きだな。
 君となら、またステージに立てる気がする」
 
 麻里奈は小さく息を吸って、ゆっくりと頷いた。
 
 照明もスポットライトもない、夜のスタジオ。
 それでも胸の奥には、確かな音が鳴っている。
 
 ――それは、もう一度動き出した心のリズム。
 夕暮れの余韻の中で、静かにひとつの夢が息を吹き返していた。
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