日本語が拙い外国人と恋仲になりました

 けれど私は平静を装って、首を横に振った。

「プライベートと仕事は別よ。私情を持ち込まないわ」
「おー。さすが村岡さん! 社会人の鑑っすね!」

 私の返答に、菅原くんは目を輝かせた。
 まあ……こんな偉そうなこと言っておいて、心の内ではかなり気を張っている。今日の夜の引き継ぎでさえ、気が重いもの。

 悶々としながらも、私は昼間の業務に集中した。予約チェックや電話対応、チェックイン業務や事務作業を淡々とこなしていく。
 とにかく雑念を払って仕事に集中した。そのついでに、時間の流れも忘れ去っていて。

 気づけば夜九時半を過ぎていた。
 締めにスタッフルームで引き継ぎ用の文書を作成していく。キーボードを打つほど、私の心臓も早鐘を打ち続けた。
 あと少しで……あと少しで……「そのとき」が来てしまう……はぁはぁ。

「村岡さん」
「……えぅ!?」

 隣で作業していた菅原くんに急に声をかけられ、変な声が出てしまう。
 やめてよ、心停止しそうなくらい驚いちゃったじゃない!
 私が一人勝手にどぎまぎしていると、菅原くんは心配そうな眼差しでこちらを見た。

「さっきからやばいっすよ」
「はっ、なにが?」
「村岡さん、息荒いし。目も充血してて。今にも死にそう」
「な、なに言うの……! そんなことない!」

 気にしてないふりをして、私はわざとタイピング速度をマックスにした。けれど、もう文章がめちゃくちゃだ。誤字だらけで書いては消しての繰り返し。
 それを見て菅原くんは苦い顔をする。

「あちゃー。やっぱり気にしてるんじゃないですか」
「え……」
「もうすぐチョウさんが出勤してくるからそんなテンパってるんすよね?」
「そ、そんなこと!」

 私が全力で否定しようとした、正にそのときだった。

「おはようございます」

 スタッフルームの扉が開かれ、陽気な声が聞こえてきた。
 それを耳にした瞬間、私の心臓が飛び跳ねた。もう、それは喉から吐きそうになるほどに。

「あっ、チョウさん。ニーハオー」

 菅原くんは私の隣で軽く会釈する。

 扉の前には、チョウさんが立っていた。なにやら片手に大きな紙袋を持っているの。
 ばっちりと目が合い、私の気まずさレベルが一気に限界にまで達してしまった。たまらず顔を逸らす。
 だけど……

「嘿! スガワラさん、ムラオカさん。お疲れ様です。今日はワタシ、朝鮮人参を持ってきたよ」

 スタッフルームには、いつもの調子と変わらないチョウさんの話し声が響いた。

 ……はっ? 朝鮮人参……? 
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