私と僕の、幸せな結婚までのお話

約束の桜の木の下で -ブルク侯爵視点-

余命宣告後の最期の旅行で、咲き誇る桜の木の下で視線に気が付いて顔を向けると、夫は透き通る瞳でまっすぐに私を見つめて言った。

「生まれ変わったら今度は君と同い年になる。出会った時の君と同じ18歳の春、僕は君にもう一度一目ぼれをして恋をするんだ。」

突然の事であっけにとられて返事が出来ずにいたけれど、とても、とてもうれしかった。



◎◎‥‥◎◎‥‥◎◎‥‥

今日は私の18歳の誕生日。
その後親友として親交を深めていったフィリップ殿下とココ妃殿下ご夫妻の主催で、桜の咲き誇る離宮の庭園で私の誕生日パーティーが開催されています。

ひときわ美しく満開を迎えた桜の木の下、透き通る瞳でまっすぐに私を見つめる視線に気づきました。

やっと出会えた。

私はその人に桜に負けない華やかな笑顔を向けました。




◇…◇…◇…
今日、最愛の娘が嫁いでいく。
晴れ渡る青空の下、恋をした誠実な青年と、愛し愛されて結ばれる。
彼女もこの結婚式をどこかで見ているはずだ。
きっとあの日の様に、花が綻ぶようなふわりとした笑顔を湛えて。

私がブルク侯爵を継いだのは、幼少の頃から婚約者として家族のように過ごしてきた、ワイマー大公息女のフリーデリケと結婚してすぐの事だった。
父の前侯爵が病で急逝したことによる突然の代替わりであったが、執事や領地管理人が優秀であったことが幸いし、二人で手を取り合って侯爵家を守り立ててゆく目途が立った頃、フリーデリケ懐妊の知らせを受け、邸中の皆が喜びに沸き立った。
丈夫とは言えない体質で、侯爵夫人としての責務や仕事を懸命に熟してくれていた彼女を心配し、義父のワイマー大公を始め、私も周囲も無理をしないよう出来るだけサポートしたつもりだった。
無事に二人揃って子どもを迎え、慈しんで育てていけることを疑っていなかった。
しかし、私の望みは届かなかった。
自分にそっくりな女の子を出産後、最後の力を振り絞って娘を胸に抱きながら二人で決めていた名前を何度も呼んだ。
私に娘を託すと、私と私の腕の中の娘に優しく微笑みながらフリーデリケは旅立ってしまった。

燃え上がるような恋ではなかったが、幼い頃から長い間信頼し合い、お互いに理解をし合って穏やかに家族のような温かい愛情を育んできた。常に隣にいるのが当たり前で、体の一部の様だったフリーデリケを失うことは、魂の一部をもぎ取られたような喪失感を生んだ。
二人の腕の中でルイーゼを愛し慈しんでいくはずだった。
フリーデリケの腕を失って、どうやってルイーゼを愛していけばいいのだろう。
そう途方に暮れて、ルイーゼに手を伸ばす事が出来ない私に変わり、全身全霊をもって慈しみ愛して抱きしめてくれたのがマリアだった。
フリーデリケの侍女であったマリアは、自身の命の恩人であるフリーデリケに崇拝に近い親愛をもって仕えていた。
常々、フリーデリケがこの世の中の全てであり、自身が生きる意味だと豪語していた彼女は、フリーデリケを失った周囲の皆が悲しみに暮れ、暗く沈む中、一人気丈にルイーゼに手を伸ばし、愛情で包み込んでくれた。

ルイーゼの泣き声にふと目覚め、初めて子供部屋を訪れた夜。
月明かりに照らされ、ルイーゼを抱いてロッキングチェアに揺られながら、フリーデリケがどれほどルイーゼを愛していたか、生まれてくる日をどれほど楽しみにしていたか、母親であるフリーデリケがどんなに素敵な女性だったかを歌うように囁いているマリアを見て息を呑んだ。
月明かりの加減か、ロッキングチェアに手を添えて慈愛に満ちた微笑みを湛えてマリアとルイーゼを見つめるフリーデリケの幻が見えた気がした。その視線が私に移り、花が綻ぶようにふわりと笑った。

この二人を必ず幸せにしたい。
そうすることを許してもらえると確信した瞬間だった。

それ以来、私は全身全霊を懸けてマリアとルイーゼ、マリアとの間に生まれた二人の息子を愛し慈しんできた。

ルイーゼには女神の加護ではないかと思われる不思議な記憶があった。
その事で一時期は教会や王家に振り回され、傷つけられたルイーゼをこの国に置いておくことが許せず、腹に据えかねていた私たち家族は、ルイーゼから聞かされた予言が実際に起こらなければ大公国として独立すると宣言していた義父のワイマー大公の下へ参画し、王国を去る覚悟も準備をもしていたのだ。

果たして予言はその通りに起こり、ルイーゼはこの国で最愛の伴侶を得た。
あの青年と一緒なら、間違いなくルイーゼは幸せになれるだろう。

フリーデリケは安心してくれているだろうか。
どうか私たちの最愛の娘をこれからも見守ってほしい。

最愛の娘ルイーゼにこれからも幸多からんことを。
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