定時退社の主任には秘密がある
2話
都内の飲み屋街の一角。口コミがそこそこ良かったイタリアンバルの一番奥。そこで同僚三人と柚亜はカンパリオレンジを傾ける。柚亜はテーブルの下で足を組んでため息をついた。
今日の飲み会のために巻いた髪は緩く解け、Instagramの投稿の丸パクリをした清楚なワンピースが薄暗い店内に馴染んでいる。化粧はここに来る前に直したから大きく崩れてはないだろう。この数年で身なりは大分元の通りに戻った。戻っていないのは心だけだ。
「不安だ……」
「なんで? チャンスじゃん」
「それに東海林くんいるなら楽勝でしょ!」
弱音を吐く柚亜に同僚二人は首を傾げる。
確かに大事な取引先へのプレゼンを、年齢は重ねているとはいえ平社員に任せてもらえるのは嬉しいし、誇らしい気持ちだ。
だが、柚亜はこの人生でプレゼンというものが初めてなのだ。元々引っ込み思案な性分で、そういうイベントを避けてきたというのもある。
「東海林さんも、同じ部署だけどあんまり話したことないんだよ。二人とも私よりは付き合い長いよね。どんな人?」
そう話を降ると、二人は目を輝かせる。
「とにかく物腰柔らかで優しい! 一見お堅いって思うけど静かな中には優しさしかないっていうか!」
「あれでフリーなんだからおかしいよね! 定時で帰るから待ってる彼女でもいるかと思ったら違うらしいよ」
他人の色恋にはあまり興味がないが、あれだけ美形で恋人がいないのは意外だ。何か趣味に熱中していて恋人に時間を割く暇がないとか? それとも仕事一筋で、というパターンだろうか。
「そうなんだ。何か趣味でもあるのかな?」
「さあ? でも持ち物とかおしゃれだから趣味もカッコ良さそう!」
どうやらイメージの通り評判は良さそうだった。非の打ち所がないとでもいうような男性。脳裏に一人の男性が浮かび、胸がちくりとする。
「東海林くんとペアで仕事なんて好きになっちゃいそう!」
「あはは、私はもうそういうのいいかなって」
「まだ元旦那さんのこと引きずってんの?」
「うーん、そういうわけじゃないけど、うん……そうかもね……」
「でも新しい恋始まるかもだし! もう三十過ぎたしさ、恋も仕事も頑張ろうよ!」
「そうだね……」
帰り道、終電よりはずっと早いけれど、それでも人がまばらな地下鉄に乗りながら少し昔のことを想った。
元旦那は、職場で出会って五年ほど人生を共にしてきた。浮気さえしなければいい人だと思うし、今でも浮気に気づかず詰め寄らず、なあなあにして過ごしていれば転職も引越しも離婚もしなくて良かったのかと思うこともある。
だけど、それは自分が嫌だった。自分の人生がそうやって他人に都合よく消費されるのが嫌だった。そうして白黒付けて今に至る。
たかが一回上手くいかなかっただけだと割り切ればいいのかもしれない。今の時代バツイチなど珍しくないから、次の恋もあるだろう。ただ、今はそんな気持ちになれないだけだ。
車窓から見える景色はずっと暗く、何も見えない。窓に反射する自分の瞳の奥は、ずっと暗いままだ。
今日の飲み会のために巻いた髪は緩く解け、Instagramの投稿の丸パクリをした清楚なワンピースが薄暗い店内に馴染んでいる。化粧はここに来る前に直したから大きく崩れてはないだろう。この数年で身なりは大分元の通りに戻った。戻っていないのは心だけだ。
「不安だ……」
「なんで? チャンスじゃん」
「それに東海林くんいるなら楽勝でしょ!」
弱音を吐く柚亜に同僚二人は首を傾げる。
確かに大事な取引先へのプレゼンを、年齢は重ねているとはいえ平社員に任せてもらえるのは嬉しいし、誇らしい気持ちだ。
だが、柚亜はこの人生でプレゼンというものが初めてなのだ。元々引っ込み思案な性分で、そういうイベントを避けてきたというのもある。
「東海林さんも、同じ部署だけどあんまり話したことないんだよ。二人とも私よりは付き合い長いよね。どんな人?」
そう話を降ると、二人は目を輝かせる。
「とにかく物腰柔らかで優しい! 一見お堅いって思うけど静かな中には優しさしかないっていうか!」
「あれでフリーなんだからおかしいよね! 定時で帰るから待ってる彼女でもいるかと思ったら違うらしいよ」
他人の色恋にはあまり興味がないが、あれだけ美形で恋人がいないのは意外だ。何か趣味に熱中していて恋人に時間を割く暇がないとか? それとも仕事一筋で、というパターンだろうか。
「そうなんだ。何か趣味でもあるのかな?」
「さあ? でも持ち物とかおしゃれだから趣味もカッコ良さそう!」
どうやらイメージの通り評判は良さそうだった。非の打ち所がないとでもいうような男性。脳裏に一人の男性が浮かび、胸がちくりとする。
「東海林くんとペアで仕事なんて好きになっちゃいそう!」
「あはは、私はもうそういうのいいかなって」
「まだ元旦那さんのこと引きずってんの?」
「うーん、そういうわけじゃないけど、うん……そうかもね……」
「でも新しい恋始まるかもだし! もう三十過ぎたしさ、恋も仕事も頑張ろうよ!」
「そうだね……」
帰り道、終電よりはずっと早いけれど、それでも人がまばらな地下鉄に乗りながら少し昔のことを想った。
元旦那は、職場で出会って五年ほど人生を共にしてきた。浮気さえしなければいい人だと思うし、今でも浮気に気づかず詰め寄らず、なあなあにして過ごしていれば転職も引越しも離婚もしなくて良かったのかと思うこともある。
だけど、それは自分が嫌だった。自分の人生がそうやって他人に都合よく消費されるのが嫌だった。そうして白黒付けて今に至る。
たかが一回上手くいかなかっただけだと割り切ればいいのかもしれない。今の時代バツイチなど珍しくないから、次の恋もあるだろう。ただ、今はそんな気持ちになれないだけだ。
車窓から見える景色はずっと暗く、何も見えない。窓に反射する自分の瞳の奥は、ずっと暗いままだ。