定時退社の主任には秘密がある
5話
離婚してからは無趣味で、休日は日がな一日動画サイトを見るばかりだったが、今日は違う。日曜日、一緒に初級クエストをする約束をしていた。
『中村さんもう準備できてます?』
ソファに座ってゲームをしていると、東海林からLINEが入る。柚亜はゲームを中断し、画面をLINEに切り替えた。
『大丈夫です。装備もおすすめ聞きたくて取り急ぎスライム倒してゴールド集めておきました』
『誘ってくださいよ!』
『深夜だったので』
ポコポコ吹き出しがテンポ良く重なる。だが少し間をおいて小さな吹き出しが現れる。
『電話していいですか?』
柚亜は一拍も待たず、すぐに返信を返す。
『いいですよ』
画面が切り替わり、『東海林叶』の文字が現れる。柚亜は通話ボタンを押すと、スピーカーに切り替えた。
『こんばんは。……声、聞きたくなっちゃって。なんかすみません、距離感おかしいってよく言われるんですけど』
「大丈夫ですよ。なんか残業の時もそうですけど主任って定時すぎたら普段と全く違うんですね」
『普段、どんなふうに見えてます?』
スマートフォン越しにもわかる、不安そうな声。なんだか、向こうから生唾を飲み込む音がしたような気がした。
柚亜は安心させるようにゆっくりと話す。
「普段の主任はーー」
思い返してみる。ずっと再会した時からどんな時も無意識に視界の端に見ていた彼の姿。
「非の打ち所がないくらい完璧に、きちんとした社会人に見えます。他人が仕事抱えてる時はさりげなく助けてくれるし、仲が悪い上司と部下の間も取り持ったりしてますよね?」
『……気づいてる人いたんだ』
独り言を呟くようにか細い声で東海林は言った。
「きっとみんなそうですよ」
『どうだろう、定時で帰るから空気読めない奴って嫌われてると思ってるし』
弱々しい声だった。きっと電波の向こうの東海林も弱った表情をしているだろうことが察せられる。
「そういえば、なんで残業しない主義なんですか? 何か予定があるとか?」
「十八時から一時間限定のクエストがあるんです」
「ああ……だから……」
「引きました? 社会人の自覚がないとか」
「いつも完璧に仕事終わらせてるし問題ないと思いますけど。社会人になっても好きなことがあるって悪いことじゃないでしょう」
東海林は自分の持っているその日のうちに終わらせられるものは全て終わらせて退勤している。それに誰が文句を言えようか。
「そんなことよりもゲームしましょう。私、主任に聞きたいことたくさんあるんです」
話を変えるようにぶっきらぼうに告げると、電話口の東海林は明らかに声色が明るくなった。
それから、レベルが十上がるまでプレイして、窓の外が日が落ちて紫色になった。そろそろお開きにしようという話になって、ゲームの接続を切る。
「今日はお時間いただいてありがとうございました。久しぶりにゲームちゃんとやれて楽しかったです」
『お礼を言いたいのはこっちです』
「え?」
『マホクエに興味を持っていただいただけでも嬉しいのに、励ましてもらっちゃいましたから。最近、大人なのにゲームばっかり好きでいいのかなって悩むことが多くて。でも社会人になっても好きなものがあってもいいって言われて、肯定されたみたいでした』
そんな大層な事は言っていない。もし、柚亜の言葉に説得力があるのだとしたら、それを言わせた東海林の普段の行動がすごいのだ。東海林が普段頑張っているから、みんな認めている。きっと東海林を否定するのは東海林だけだ。
『……って、こういうの重いですよね、じゃあ会社で会いましょう! 失礼します!』
「ちょ」
一方的に通話は切れ、耳には静寂だけが響く。意外とオフだと子供っぽいな、と柚亜は少しだけ頬を緩めた。
東海林を深く知れた気がして少し嬉しかった。今までの完全無欠の上司の姿が崩れ、『東海林叶』という一人の人間の輪郭が見えてくる。まだ二十代だもんな、と笑う。自分も二十代の時は後半になっても仕事以外では落ち着きがなかった。三十代になって、というか離婚して疲れて、ようやく落ち着いた覚えがある。
東海林も普通の年頃の男性なんだと思うと、もっと、もっと知りたいと思った。
『中村さんもう準備できてます?』
ソファに座ってゲームをしていると、東海林からLINEが入る。柚亜はゲームを中断し、画面をLINEに切り替えた。
『大丈夫です。装備もおすすめ聞きたくて取り急ぎスライム倒してゴールド集めておきました』
『誘ってくださいよ!』
『深夜だったので』
ポコポコ吹き出しがテンポ良く重なる。だが少し間をおいて小さな吹き出しが現れる。
『電話していいですか?』
柚亜は一拍も待たず、すぐに返信を返す。
『いいですよ』
画面が切り替わり、『東海林叶』の文字が現れる。柚亜は通話ボタンを押すと、スピーカーに切り替えた。
『こんばんは。……声、聞きたくなっちゃって。なんかすみません、距離感おかしいってよく言われるんですけど』
「大丈夫ですよ。なんか残業の時もそうですけど主任って定時すぎたら普段と全く違うんですね」
『普段、どんなふうに見えてます?』
スマートフォン越しにもわかる、不安そうな声。なんだか、向こうから生唾を飲み込む音がしたような気がした。
柚亜は安心させるようにゆっくりと話す。
「普段の主任はーー」
思い返してみる。ずっと再会した時からどんな時も無意識に視界の端に見ていた彼の姿。
「非の打ち所がないくらい完璧に、きちんとした社会人に見えます。他人が仕事抱えてる時はさりげなく助けてくれるし、仲が悪い上司と部下の間も取り持ったりしてますよね?」
『……気づいてる人いたんだ』
独り言を呟くようにか細い声で東海林は言った。
「きっとみんなそうですよ」
『どうだろう、定時で帰るから空気読めない奴って嫌われてると思ってるし』
弱々しい声だった。きっと電波の向こうの東海林も弱った表情をしているだろうことが察せられる。
「そういえば、なんで残業しない主義なんですか? 何か予定があるとか?」
「十八時から一時間限定のクエストがあるんです」
「ああ……だから……」
「引きました? 社会人の自覚がないとか」
「いつも完璧に仕事終わらせてるし問題ないと思いますけど。社会人になっても好きなことがあるって悪いことじゃないでしょう」
東海林は自分の持っているその日のうちに終わらせられるものは全て終わらせて退勤している。それに誰が文句を言えようか。
「そんなことよりもゲームしましょう。私、主任に聞きたいことたくさんあるんです」
話を変えるようにぶっきらぼうに告げると、電話口の東海林は明らかに声色が明るくなった。
それから、レベルが十上がるまでプレイして、窓の外が日が落ちて紫色になった。そろそろお開きにしようという話になって、ゲームの接続を切る。
「今日はお時間いただいてありがとうございました。久しぶりにゲームちゃんとやれて楽しかったです」
『お礼を言いたいのはこっちです』
「え?」
『マホクエに興味を持っていただいただけでも嬉しいのに、励ましてもらっちゃいましたから。最近、大人なのにゲームばっかり好きでいいのかなって悩むことが多くて。でも社会人になっても好きなものがあってもいいって言われて、肯定されたみたいでした』
そんな大層な事は言っていない。もし、柚亜の言葉に説得力があるのだとしたら、それを言わせた東海林の普段の行動がすごいのだ。東海林が普段頑張っているから、みんな認めている。きっと東海林を否定するのは東海林だけだ。
『……って、こういうの重いですよね、じゃあ会社で会いましょう! 失礼します!』
「ちょ」
一方的に通話は切れ、耳には静寂だけが響く。意外とオフだと子供っぽいな、と柚亜は少しだけ頬を緩めた。
東海林を深く知れた気がして少し嬉しかった。今までの完全無欠の上司の姿が崩れ、『東海林叶』という一人の人間の輪郭が見えてくる。まだ二十代だもんな、と笑う。自分も二十代の時は後半になっても仕事以外では落ち着きがなかった。三十代になって、というか離婚して疲れて、ようやく落ち着いた覚えがある。
東海林も普通の年頃の男性なんだと思うと、もっと、もっと知りたいと思った。