定時退社の主任には秘密がある

6話

 プレゼンまであと三日。柚亜と東海林はプレゼン原稿を作り始めていた。
「今回取引先にプレゼンする新商品は手触りと書き心地にこだわりを感じて欲しいというのがコンセプトです。だからそこを効果的にアピール出来るといいですね」
「でもこのペーパーレスの時代に紙のプレゼンで効果的なのあるんですか? 今回も会社命令で紙の資料の配布は禁止なんですよね?」
「はい。だから何か試し書き以外で面白い事が出来るといいですね。先方は面白さを大切にするのでただの試し書きでは満足しないでしょう」
 考えてみる。どういうプレゼンなら面白いと思われるか。紙といっても使い方は様々だ。
「うーん……あ、試し書きってぐるぐるってペンを動かしたりすることが多いじゃないですか、そうじゃなくてなぞり書きできる何かを印刷して用意するとか」
 弊社の新商品になぞり書き用の薄い文字見本を印刷して、なぞってもらう。綺麗な字が書けると気分が少し上がるのはどの世代も共通のはずだ。そう説明すると、東海林は合点したように頷いた。
「ああ、今美文字とか流行ってますもんね。いいかも知れません。でもパンチが足りないかも知れないですね」
 二人で腕を組んで考える。しばらくそうしたあと柚亜はあっと声を上げた。
「お茶菓子出すじゃないですか。それの下に敷く紙を新商品にしたらどうでしょう。これうちの商品なんですよって言われたら紙自体に興味を持ってくれるかも知れません」
「いいですね。そうだ、そろそろお茶菓子も買わなきゃですね。今から一緒に行きませんか?」
 今日はこの後特に予定もなく、外出しても問題はない。だが、同行するのは自分でいいのだろうか。センスのいい人間はもっといると思うが。
「私でいいんですか?」
 素直にそう聞くと、東海林はふわりと笑った。
「中村さんが、いいんです」
 しっかりとしたその口調に胸が高鳴る。
「なら、いいですけど……」
 落ち着いてその意味を咀嚼した後も動悸は止まなかった。東海林に他意はないと思う。大方、会社の中でも親しい方だから以外の意味はないだろう。そう思うと何故だか無性に寂しくて、苦しかった。
「よかった。じゃあ、準備していきましょうか」
 エントランスから出て、二人で並んで歩く。
 買うものは相手方の趣味で毎回和菓子らしい。そこまで定番で決まっているなら本当に自分が行く意味はない気がするが、指名を頂いたのだから何か力になれるように努力はしよう。
「今まで提供してたお菓子が製造終わりになっちゃったんです」
「そうなんですか」
「だから新しい定番提供品を探してるんですがなかなか良いのはないんですよね。中村さん何か知ってませんか?」
「うーん、あ、ひとつ知ってます。前職の病院でよくお使いに行ってたのが」
 小さい病院で働いていたから、お使いも医療事務の仕事だった。よくお客様に出していた和菓子は今でも現役で人気のはずだ。老舗の銘菓だから今回出しても失礼ではないだろう。
 東海林に店名を言うと通じたようで良い考えだと言われた。都内に店があるので、そこに向かうことにする。
 電車に揺られて三十分。銀座に本店を構えるその店で菓子を買い、柚亜と東海林は胸を撫で下ろしていた。
「試食美味しかったですね。これならお気に召しそうです。中村さんセンスいいですね」
「センスがいいのは前職の先生です。私はお使いしてきただけなので」
「でも助かりました……っと、中村さん!」
 東海林がいきなり立ち止まる。何かと彼の方を見ると、キラキラした目で小さくある店を指さしていた。
「マホクエのコラボメニュー、ランチがてら行きません?」
 目線の先は大手チェーンのカフェだった。コーヒーと軽食が売りで若者から年配まで利用者の幅が厚い。立て看板には『大人気ゲーム!マホクエとのコラボメニュー爆誕!』とある。
 柚亜は手で口元を隠すように笑う。
「な、なんですか!」
 東海林が焦ったように声を上げる。
「いえ、本当にマホクエが好きなんだなって」
「そりゃ唯一の趣味ですから。やっぱダメですかね……」
 明らかに声を窄ませる東海林にたまらない気持ちが柚亜の胸を満たす。
「いいえ、いきましょ」
 東海林の腕を引きカフェまで連れて行く。自動ドアに迎えられ店内に入ると、中は平日の昼間ということもありそこそこ空いていた。
 軽い音楽に出迎えられ席に座り、柚亜はコラボフラペチーノとサンドイッチ、東海林はブレンドとコラボパスタを頼む。コラボ商品にはブラインドのキーホルダーが付いていた。テーブルに付き、中身を開けると東海林が「あっ」と小声で声を上げた。
「中村さんすごいです! シークレットですよ!」
 柚亜は始めたばかりだから知らないモンスターだが、どうやらシークレットが当たったらしい。羨ましそうにこちらを見る東海林に柚亜はたまらなくなって、キーホルダーを差し出した。
「あげます」
「いいんですか?」
「はい。このモンスターも好きな人に迎えられた方が嬉しいはずですから」
 そうすると、東海林は花が開いたように嬉しそうに表情を綻ばせた。それがこちらまで嬉しくなって、柚亜はなんだか自分の胸が暖かくなるように思えた。
「〜〜っ、ありがとうございます。大事にしますね」
 柚亜からキーホルダーを受け取った東海林は感情を噛み締めているようだった。なんだかキーホルダーのモンスターも嬉しそうな顔をしている気がする。
 それから軽く昼食を取り、帰社した。東海林は早速仕事用に愛用している革のペンケースにキーホルダーをつけていて、本当に譲ってよかったと思う。それを見て、柚亜は東海林の一部分を少しだけ独占した気持ちになる。変なの、と呟いた。
< 7 / 14 >

この作品をシェア

pagetop