Starry Flight, I Will Remember You
着陸が終わり、機体が滑走路を走り抜けて停止した。

機長からのアナウンスが入り、私たちは安全確認のために動き出す。

乗客が安心して降りられるよう、シートベルトサインが消えているか稼働確認をし、私はマイクを取った。

「皆さま、本日はご搭乗ありがとうございました。シートベルトサインが消えてからお立ちください。」

“Ladies and gentlemen, thank you for flying with us. Please remain seated until the seatbelt sign is switched off.”

機内に静かな安堵の空気が広がる。

乗客が立ち上がる前に、私たちは一人ひとりに声をかけ、荷物の取り出しを手伝い、出口へと誘導した。

「ありがとうございました。」 「お気をつけて。」 笑顔を絶やさず、最後の乗客まで見送る。

その時、彼が私の前に立った。

一瞬だけ視線を交わし、彼は手に小さな紙切れを差し出した。

「これ、後で読んで。」

それだけ言うと、何もなかったかのように

「ありがとうございました」

と微笑み、他の乗客と同じように出口へ消えていった。

全員を見送った後、私は制服の襟を直し、深く息をついた。


そのあとの 仕事もこなし、一日終えた身体はくたくたで、空港からホテルへ向かうバスの座席に沈み込む。

窓の外には夜の街の灯りが流れていく。

ふと、ポケットに入れた紙を取り出す。

会社名が印字されたメモ用紙に、走り書きの文字。

――「今日ちょっと話したいから、仕事が終わったら、連絡くれない?」

私は紙を見つめ、しばらく動けなかった。

心の奥に残っていた余韻が、再び揺れ動く。

友達としてなら続けられる

――そう思ったはずなのに、彼の文字はそれ以上の何かを含んでいるように見えた。

バスは静かに夜の街を走り続ける。

バスの揺れに身を任せながら、私は彼との日々を思い返していた。

けれど浮かんでくるのは、いつもメールで交わした「予定を変えてくれない?」というお願いばかり。

楽しい記憶よりも、すれ違いの記憶ばかりが積み重なっていた。

胸の奥が寂しさで満たされ、好きだったはずなのに、いい恋愛の日々を送れなかったという絶望に押し潰されそうになる。

「今だけは考えたくない」

そう思いながら、目を閉じた。

ホテルに着くと、私は慣れた手つきで夕食と入浴を速やかに済ませた。

ベッドに身を投げ出す。

スマホを手に取り、無意識に画面をスクロールする。

ふと、あの紙切れの存在を思い出した。

胸の奥がざわめき、私は急いで電話帳を開いた。

彼の名前を探す。

あれっきり何の連絡もなかったから、リストの奥に埋もれている。

指先でスクロールを繰り返し、ようやく見つけた。

「…あった。」

画面に浮かぶ彼のアイコンを見つめる。 指先が震える。

タップすれば、声が繋がる。

けれど、その一瞬が、過去と未来を分ける境界になるように思えた。

私は深く息を吸い、そして――彼のアイコンをタップした。

彼は、私のコールをすぐに取った。

「お世話になっております。」

仕事の癖なのだろう、事務的な響きのある言葉だった。

「あ、あの、私…」

思わず声が震えた。

「あ、ごめん。」

彼はすぐに言い直した。

その後、少し沈黙が続いた。

受話器越しに、互いの呼吸だけが聞こえる。

言葉を探す時間が、やけに長く感じられた。

やがて、彼が口を開いた。

「…あの、急に電話してくれて嬉しいよ。さっき渡した紙、読んでくれたんだね。」

私は小さく頷きながら、声を絞り出した。

「うん。…でも、どうして?」

彼は少し間を置き、静かに答えた。

「今日、久しぶりに話して…やっぱり、もう一度ちゃんと話したいと思ったんだ。昔みたいに戻るのは難しいかもしれない。でも、友達としてでもいいから、繋がっていたい。それをもう一回言いたくて。」

受話器越しに彼の声が響く。

その言葉は、私の胸の奥にゆっくりと染み込んでいった。

過去のすれ違い、寂しさ、絶望――それらが一瞬にして蘇る。

けれど、同時に、今の彼の声には確かな温もりがあった。

私は深く息を吸い、少し震える声で答えた。

「…うん。私も、そう思う。友達としてなら、きっと続けられる。」

沈黙が訪れる。

けれど、その沈黙は重苦しいものではなく、互いに安心を確かめ合うための静けさだった。

彼は小さく笑った。 「ありがとう。有希。」

私はスマホを耳に当てたまま、目を閉じた。

「私も今日話せてよかった。」

胸の奥に残っていた痛みが、少しずつ和らいでいくのを感じながら。

沈黙が訪れる。

けれど、その沈黙は重苦しいものではなく、互いに確かめ合うための静けさだった。

やがて、彼が小さく言った。

「じゃあ…また。」

私は微笑みながら、短く答えた。

「うん。また。」

指先が画面に触れ、通話終了の赤いアイコンを押す。

「ピッ」という電子音とともに、彼の声は途切れた。

部屋の中に静けさが戻る。

スマホを胸に抱えたまま、私はしばらく動けなかった。



――長い旅路の中で、ほんの一瞬の再会が、互いを友達へと変えてくれた。
< 10 / 10 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

味噌汁
紗紀/著

総文字数/896

恋愛(ラブコメ)2ページ

未
紗紀/著

総文字数/2,320

恋愛(オフィスラブ)3ページ

祝福の光の中で ― 小さな恋の始まり
紗紀/著

総文字数/11,884

恋愛(純愛)14ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop