私の中のもう1人の私が好きな人

23話


 8月25日曇りのち晴れーー慣れとは恐ろしいもので、焦燥感に駆られながらも無意識に文子を受け入れてしまっている気がする。

「蓮くん、おはよう」

「……おはよう」

 少し語尾のイントネーションが上がり気味で少し癖のある挨拶されごく自然に返した。

「早く行かないと勇希くんを待たせちゃうよ」

 不意に手を繋がれ驚いて手を引こうとするが、確りと握られる。文子に対して嫌悪感しかない筈なのにもかかわらず、無性に懐かしさが込み上げ振り解く事が出来なかった。

 今日の最高気温は35度予報。
 午前中だというのにジリジリと暑さを感じる。熱い風とアスファルトからの熱を受けてこんがり焼けそうだ。手の繋いだ先にいる文子は上機嫌で日傘を差しながら歩いている。

 二頭山神社の石段の下に到着すると、既に勇希の姿があった。





 女坂の屋根のあるベンチに文子が座り左右に蓮と勇希が座った。

「2人とも飲み物なにがいい?」

「飲み物なら僕が買いに行くよ」

「ううん、自分の選びたいし私が行ってくる!」

 自販機もそうだが、文子の生きていた昭和初期にはなかった現代における便利な電子機器などに興味津々らしく積極的に使いたがる。スマホも初めは操作出来ないとライルンを開く事もままならなかったが、最近は「おはよう」「お休み」くらいは打てるようになった。
 少しずつ今の生活に溶け込んでいるように思えて複雑だ。

 緩やかな石段を軽快な足取りで上っていく文子の後ろ姿を見送ると、人1人分空けて座っている勇希が口を開いた。

「散々試したけど、特に変化はなかったね」

「そうだな」

「諦める?」

「は?」

「諦めてこのまま文ちゃんといるのも悪くないかなって思わない?」

「そんな訳」

「でも情が湧いてきてるよね」

「っーー」

 デリカシーの欠片もない発言に苛つきながらも図星だった。文子と接する内にいつの間にか情が移ってしまったと自覚している。
 琴音と魂が同じだからだろうか……。ふとした瞬間に妙な懐かしさと親近感を覚える。
 琴音を失うなど考えられない。だが琴音が目覚めれば文子は消えるだろう。本当にそれでいいのだろうか……分からない。

「29日」

「29日?」

 脈略のない言葉に蓮は眉根を寄せる。

「魂の輪廻転生をネットで詳しく調べてみたんだけどーー」

 このまま29日間を過ぎても琴音が目を覚まさない場合、琴音の意識は消滅をする。
 文子からは期限は聞かされていなかったが、知らなかったのではなく敢えて言わなかったのではないかと思った。
 その瞬間、全身の血の気が引く。背中に冷たい汗が流れるのを感じ、暑い筈なのに一瞬ぞくりとした。
 琴音が眠りについたのは灯籠流しの日である8月2日だ。29日後ならば8月31日という事で、後1週間もない。
 以前静かにほくそ笑んでいた文子が脳裏に蘇る。

「それで肝心な琴ちゃんを目覚めさせる方法は?」

「その辺は書いてなかったんだよね」

「使えないな」

「流石にその言い方は酷くない? 折角調べたーー」

「2人でなに話してるの?」

 話に集中していて気配に気付かなった。
 押し問答をしていると声が聞こえてきた。
 声の方へと視線を向けると、石段を下る途中で足を止めこちらを見ている文子がいた。その顔は表情が抜け落ちなんの感情も読み解く事は出来ない。
 瞬間沈黙が流れ、蝉の声がいやに耳につく。

「……文ちゃん、お帰り。今中里くんと残りの夏休みなにするか話していたんだ」

「そうなんだ。はい、勇希くんコーラ。蓮くんはお茶だよ」

「ありがとう」

 さらりと嘘を吐く勇希に不快感を覚えながらも会話を文子に聞かれていかなった事に胸を撫で下ろした。



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