五つ子家庭教師は全員イケメン執事でした

第22話 無口な優しさ。蒼真の隣は意外と落ち着く

旅行から帰宅して数日。
あやめは学校へ戻り、少しずついつもの生活に戻り始めていた。

しかし——
家に帰ると、以前とは明らかに違う空気があった。

特に三男・蒼真。

無口なのに、
いつの間にかそっと近くにいる。

あやめが廊下を歩いていると…
ふいに背後から声がした。

「……危ない」

振り返ると、蒼真の手があやめの腰をそっと支えていた。

「えっ、何が……?」

「床に水滴。滑る」

その水滴はほんの小さなものだったが、
蒼真はあやめの腰に手を添えたまま、
心配そうに見つめていた。

「ありがと……蒼真って、いつも気づくの早いよね」

「……あやめを見るのだけ、得意」

蒼真ははっとしたように目をそらし、
手を離した。

「……ごめん」

「どうして謝るの?」

「近すぎた」

「いや……気にしなくていいよ。ありとね」

蒼真の耳が、ほんのり赤くなった。


その日の夕方。
他の兄弟たちは買い出しや用事で出ていて、
珍しく蒼真と二人きりになった。

あやめがソファで本を読んでいると、
蒼真が静かに隣に座る。

距離が……近い。

「蒼真、何してるの?」

「……あやめが本読むなら、隣にいたい」

「えっ——」

「……だめ?」

「だ、だめじゃない……けど……」

心臓が大変なことになっている。

蒼真は視線を落としながら、本のページをじっと見ていた。

「……声、出して読んで」

「え? 朗読ってこと?」

「うん……聞いてると……落ち着く」

(そんな顔で頼まれたら断れないよ……)

あやめが読み始めると、
蒼真はゆっくり目を閉じ、
少しずつ肩の力が抜けていった。

「……安心する」

「え……?」

「こうしてると……あやめが、ちゃんと生きてる感じがするから」


ページをめくる手元に、
蒼真の指がふわりと触れる。

「蒼真……?」

「……手、震えてる」

「ちょっと緊張してて……」

「理由……教えて」

「それは……」

あやめは言うのを迷った。
でも、蒼真のまっすぐな目が、嘘を許さなかった。

「蒼真と……近くて……緊張するの」

沈黙。

蒼真の耳まで赤くなった。

そして、ゆっくりと…
手の甲であやめの指先を包む。

「……俺も」

「え?」

「いつも平気なのに……あやめの前だと、全部乱れる」

その告白は、声が震えるほどの本気だった。

「無口だから、言えないだけ。
でも……ずっと見てる。
ずっと気にしてる」

距離が、そっと縮まる。

「……あやめのこと、触れたいって思うの……俺だけじゃない?」

息が止まりそうだった。

あやめは、ぎゅっと胸を押さえる。

「……うん。私もだよ」

蒼真はもう一度、あやめの手に触れた。

ほんの少しの触れ合いなのに、
心臓が痛いくらい苦しくなる。

(蒼真って普段大人しいけど……こんなに積極的になれるんだ……)


ガチャッ。

玄関の音。

陽太
「ただいまー! あやめー、買ってきたぞー!」


「おや……ずいぶん距離が近いですね?」

海斗
「これは……どういう状況でしょうか」

優真
「蒼真兄……ずるい……」

蒼真は無表情を装いながら、
ほんの少しだけあやめの手を離した。

「……別に。何もしてない」

陽太
「いや、してただろ!! 顔真っ赤じゃん!」

優真
「ぼくも混ざりたい……」


「蒼真くん、こういう時だけずるいですよ?」

海斗だけは静かに見ていた。

「……三男が動き出すとは、想定外ですね」

なんだか怖い。
でも、嬉しい。

(どうしよう……みんなが甘くて……選べない)

あやめは小さく息を吐いて、胸のどきどきを隠すように笑った。
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