雨の日に、後輩と

第3話 戦略的ダメ男

 玄関口で立ち止まった時任は「佐伯さんがシャワーを使って髪を乾かす間に洗濯機を回して服は乾燥までさせますけど」と説明をした上で、とても真面目かつ大変紳士的な礼儀正しさをもって提案してきた。
 
「終わるまで、俺どこかに出かけていましょうか?」

 凛としては、穴があったら入りたい気分である。何はともあれ親切に無礼で返したことは謝ろうと、頭を下げつつ答える。

「すみません。本当にすみません。べつに監禁などの重大事案を本気で疑ってかかっていたわけじゃないんですけど、顔見知りこそ油断するなと世間では言われておりまして!」

 謝るつもりだったのに、疑いの重ねがけをしてしまった。
 時任はそのことに対して不快感を示すこともなく、実に理解のある態度で頷いて言った。

「正しいです。実際に、顔見知りによる犯罪件数は多いわけですから、警戒してしすぎということはないと思います」

「でもあの、家主を追い出す気はないです! 逆に、時任さんがいない間にこの家からなくなったものとかあったら私も気まずいですし。そこは時任さんが私を警戒するところでもありまして!」

 また余計なことを言ったな、というのは言ってから気付いた。

「なくなって困るようなものそんなに置いていないですけど。帰るときは佐伯さんの身体検査をしましょうか」
「ああ~……、それ拒めないですね」
「いや普通に拒むところですよ。なんでちょっと受け入れようとするんですか。そこは監禁とか殺しを疑ったときくらいの警戒心でいきましょう」

 ごめんなさい、と凛は心から謝った。
 いいえ気にしていません、と時任に言われて凛は後手でドアを閉める。濡れた靴といっしょに靴下も脱いで「お邪魔します」と改めて言った。

 玄関からは廊下が続いていて、右手に洗濯機とミニキッチン、左手に風呂とトイレ。通りすがりに説明を受け、浴室を覗いてみたらユニットバスではなくセパレートで、黴もなく綺麗な状態だった。備え付けのタオルハンガーにスプレー式洗剤と掃除用らしいブラシが引っかかっていたので、結構マメな性格なのかもしれない。
 そう思ったのが伝わったのか、少し困った顔になった時任から釘を刺されてしまった。

「俺の部屋に来たこと、会社で人に話さないで欲しいなと思っています」
「それはもちろん。今日は成り行きだからね! 今まで通り私から御曹司に話しかけたりしないし、全然他人として振舞うから心配しないで! そもそも他人ですから!」

 力強く言ったら、なぜか妙に呆れたような顔をされ、小さく溜息までつかれてしまった。

「なんていうか……それはそれで嫌なんですけど」
「嫌とは」
「面と向かって『無視する』って宣言されて嬉しい人ってあんまりいないですよね」
「たしかに」

 心の底から同意したのに、時任にはふいっと顔を逸らされてしまった。

(気を付けよう)

 今のは自分が悪かったな、と思う。

「タオルと、着替え何がいいんだろ。Tシャツとウエストがゴムのジャージとかなら大丈夫かな。脱いだ服は廊下に出しておいてくれれば洗濯機まわしますよ」

 洗濯機の横の棚に着替えやタオルが入っているらしい。時任は淡々とした話しぶりで、てきぱきと選んで取り出しながら渡してくる。

「洗濯をお願いするのは……」
「気になるなら下着は手で洗って浴室に干しておいてください。浴室乾燥ついているので」

 風呂場も綺麗だし、洗濯機やキッチン周りも雑然としたところがない。
 本人の手際の良さからして、通いの彼女やお母さんに世話をされているようにも見えない。

「時任さんって、できる男ですね……!」

 思った通りのことを口にしてしまってから、凛は自分のそういう頭と口が直結している部分はどうにもよろしくないと自己嫌悪をした。
 振り返った時任にも何か言いたげな顔をされてしまう。

「ごめんなさい。侮っていた、というほど時任さんのこと知らなかったんですけど。ずいぶん気が利くし、家も綺麗だし、普段からこうなのだとしたらすごいなと。私、男性の一人暮らしの家にお邪魔したことはなかったもので」

 言えば言うほど言わなくてもいいことまで言って泥沼ですかねと思っていたが、時任にはにっこりと微笑まれてしまった。

「まあ、そうですね。うちは綺麗なほうだと思いますけど、普段会社では『俺、家事とか全然ダメですよ。部屋も汚くて人には見せられないですよアハハハハ』って言ってますから。だから、実は結構きちんとしているってあんまり人に知られたくないんです」

「なんでですか?」

 素で聞き返すと、時任は端整な顔に笑みを広げて見返してきた。

「それ、佐伯さんが聞きます? 俺も知る限り、佐伯さんもそのタイプですよ。飲み会で『私、料理とか全然ダメです。取り分けも下手です。気が利かない女なんでアハハハハ』って言ってるの聞きました。あれ、男避けですよね? 佐伯さんって、『家庭的な女が好きだなー』って言う男が好きじゃないんじゃないですか」

「うわ……!」

 いつ、どこで見られて聞かれていたんだろう。確かに身に覚えのある発言だった。
 もともと、飲み会で女性に料理を取り分けてもらおうと待っているタイプの男が苦手なのだ。できれば関わりたくない。なのであらかじめ「できない女なんで」と言う癖はついていた。期待されたくないのだ。こちらだって、そんな相手から得るものがあまりに少ない。
 そこまでして、振り向いて欲しい相手もいなかった。

「私のあれと同じということは……」
「そう。身の回りのことそれなりに自分でできますよって言うと、モテちゃったりするんですよ。だけど俺、べつに好きなひと以外にモテたくないんで。仕事に関係ないところでは全部『ダメな男』で通しているんです」

 まさかの、戦略的ダメな男。

「なるほど……。だけど、それはそれで『母性がくすぐられちゃう~。世話してあげたい、私そういうの得意だよ?』みたいな相手に、モテません……?」

「俺の母親は、存命中なので。わざわざ恋人に母親を兼ねてほしいとは思いません。いや、いますけどねそういう相手。俺は苦手だな。寄ってきてほしくない」

「わかります、それは私が『世話されたい男』が苦手な理屈と近い気がします。何事も、自分のことは自分でできるひとがいいです。私も本当に、母性というものを発揮するのは母親になってからだなって思っています。そもそも、結婚とか出産とかいまは全然現実感ないんですけど。相手いないですし」

 なんでこんな話までしているんだろうと思ったところで、濡れそぼって冷えた身体が震えてくしゃみが出た。
 時任が「すみません」と申し訳なさそうに謝ってくる。

「風邪ひいちゃいますね。お湯をたくさん出してどうぞ。五分したら洗濯機まわしに向こうの部屋からこの廊下に出て来ますので、浴室にいてくださいね? 脱衣所はないので鉢合わせは避けたいです」

 言い終えて、きびすを返し、ドアを開けて部屋へと入っていく。
 廊下が狭く感じるくらいに長身の後ろ姿を見送ってから、浴室のガラス戸に手をかける。スイッチ盤を見ると、いつの間にか暖房のスイッチが入っていた。

(あのスペックで、これだけ気が利いちゃったら、絶対モテる……)

 彼の自宅なので自由自在なのはわかるが、まるで子どものように世話を焼かれてしまって少し反省した。
 ああいう男性は、どういう女性を彼女に選ぶんだろう、とふと思った。
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