転生した赤ちゃん皇女さまは家族のために暗躍します~冷酷皇帝一家の天才幼女がどんな事件も解決でしゅ!~

10.ふたりの兄

 カミルが私をあやしながら言った。

「ラミリア、今日は久し振りに兄様たちと会えますからね」

「だぁっ! きゃっきゃっ!」 

 おお、待ちに待った機会だ! 全身で喜びを表現する。
 ちゃんと伝わったらしく、カミルも私の反応を喜んでいた。

「嬉しいのね? ふふっ、兄様たちも楽しみにしているわ」

 ということで私はソーニャの押すベビーカーに乗せられ、兄の元へ向かう。
 モナックもベビーカーに掴まり、私と一緒に移動だ。

「思ったのだけど、モナックはラミリアのそばを離れないわね」

「ええ、他の方々とは違うようです」

 カミルの疑問に答えたのはソーニャだった。
 ちょっとドキドキしながらふたりのやり取りに耳を澄ませる。

「陛下にもこれほど懐いてないわよね……? シャルウッドとボルツも多分、そうだし……」

 シャルウッドとボルツは私のふたりの兄の名前だ。
 えーと……シャルウッドが十歳で、ボルツが九歳になるのかな。

 未来になる原作では、シャルウッドは沈着冷静な知恵者。
 でも鋭い思考のせいで時に人から敬遠されてしまう。

 原作のボルツは勇猛果敢な魔法使いで人望も厚い。
 一方、ちょっと単純で乗せられやすいのが玉に瑕。

 というところだったはず……。

「モナック様は女性でございます。同じ女性のラミリア様と共鳴するところがあるのかもと」

「ああ、そうね……。男の子よりも女の子と一緒にいるのが良いのかしら」

 カミルはソーニャの説明で納得したようだった。
 ソーニャ、ナイス! という視線を後ろのソーニャにちらっと送っておく。

 どことなくふふりとソーニャが微笑んだ気がした。
 皇族居住区のさらに奥がシャルウッドとボルツの居室らしい。

 手前まで来たことはあるが、初めてだ。

「だぁー、あうー」

 私はばぶばぶしながらきょろきょろ見回し、周囲を頭に叩き込む。
 その中で気になったのが、てるてる坊主によく似た彫像だった。

「だうー?」

 白の大理石で美しく、顔だけが浅い掘り込みで簡略化されている。
 首から下はマントなのだけれど、こちらはきっちり石で布地を再現されている。

 うーむ、本当に首から上だけがてるてる坊主だ……。
 他の彫像はリアルなのに、この彫像だけ変わっている。

「あら、その像に興味があるのね。それは無貌の賢者よ」

 カミルが足を止めて解説してくれる。
 多くの像を見て、私が初めて反応したのがこの彫像だからだ。

「ヘイラル帝国が成立するよりもずっと前、この帝都で悩める人たちを導いたとか……。だから知恵を象徴する人物として、彫像になっているの」

「ふきゃー、きゃっきゃ」

「ふふっ、このお顔が気に入ったのかしら? ソーニャ、無貌の賢者のおもちゃを商人から仕入れておいて」

「承知いたしました、皇妃様」

 あの顔がどうしててるてる坊主みたいに簡略化されたのかの解説はなかった。
 まぁ、いっか……。人間ではなく神様に近い扱いなのかもしれない。

 一同で大扉をくぐると、そこは小広間になっていた。

 長テーブル、ガラス細工の綺麗な照明……カミルの区画よりも家具や壁の色合いが柔らかい。

「お母様、ご機嫌麗しゅう」

 広間の椅子に座っていた黒髪の少年が立ち上がり、私たちに礼をした。
 しっとりとした声に礼儀正しく、大人しい印象を受ける。

「シャルウッド、ご機嫌よう」

 カミルの反応を受けてから顔を上げたシャルウッド。

 この一瞬からでも大人しい印象を受けるのだけど、身体は細い。
 背はあるのに筋骨が細いせいで余計に不健康そうに見えてしまう。

 シャルウッドが近付いてきて、ベビーカーの中の私に目を向ける。

「ラミリアの体調はもう良いのですね?」

「ええ、すっかり。食欲も戻ってきているわ」

「良かった。ふふっ……」

 シャルウッドが私の視線に合わせるよう、膝を曲げてくれる。
 人差し指を出してきたシャルウッドに、私はきゃっきゃと腕を伸ばす。

「うん、元気そうだね」

 やや垂れ目の彼から優しい眼差しをもらう。
 こんな兄がいたら、妹としては嬉しいだろうな――いや、実際に母は違うけれど兄なのだが。

 でも同時にシャルウッドから……これは哀れみだろうか。
 そんな視線も感じ取ってしまう。

「モナックも久し振り。元気だった?」

「みゃうーん」

 眠そうなモナックは適当な返事をしながら右前脚を差し出した。
 シャルウッドはモナックの前脚を触り、肉球を堪能する。

「シャルウッド、ボルツはどこにいるのかしら?」

「遠乗りに出かけていて、もう帰ってくるはずです」

 シャルウッドも戸惑っているようだ。
 どうやらすでにいないとおかしいらしい。

「ふぅ……わかったわ。ちょっと待たせてもらうわね」

 私たちは部屋のテーブルを囲み、お茶会を始めることになった。
 にしてもボルツはやっぱり問題児なのだろうか……。

 紅茶とお菓子を挟みながらカミルとシャルウッドが話をしている。
 勉強はどうだとか、近しい貴族のことだとか。世間話の類ではあるけれど、お互いに探り合っている感がある。

『うーん……他人行儀でしゅね』

『仕方ないのにゃ。家族になってからまだ二年くらいにゃし』

『あっ、そうなるんでしゅね……』

 私が生まれてから厳密には一年半。レインとカミルが結婚してからすぐの懐妊だったとか。
 ということは結婚から今日まで二年半も経ってない。

 公爵令嬢のカミルは当然シャルウッド、ボルツと前から面識はあっただろう。
 でもそれと家族になることは別問題だ。 

 三十分くらい経っただろうか、広間の扉が開いて栗毛色の少年が大股に入ってきた。

「ごめん! お待たせしました!」

 シャルウッドと同じ緑の瞳で、顔立ちは似ている。でもシャルウッドより背は低いのに肩幅が広くてがっしりだ。

 声も大きくて弾んでおり、本当に元気な少年そのものだった。

「ボルツ……まずは挨拶を」

「はい、母上! ご機嫌麗しゅう!」

「ご機嫌よう。あなたは今日も元気みたいね」

「ええ、馬に乗って郊外まで行ってきました。北はちょっと涼しくて、夏の盛りにはとても良くて――」

 そこでシャルウッドが咳払いをした。

「そんな立ったまま喋っちゃ駄目だよ。落ち着いて。座って」

「ああっ! ごめん、兄上」

 シャルウッドに促され、ボルツが座る。
 思った以上に落ち着きがないような。いや、でも九歳ならこっちのほうが普通なのかも……。

 カミルとシャルウッドが特別大人なだけという可能性も大いにある。
 座ったボルツがシャルウッドの顔を覗き込む。

「……兄上、何だか顔色が悪くないか? あんまり無理しないほうがいいよ」

「大丈夫だよ。今日は問題ないから」

「今朝の食事で変わったものが出ただろ。やっぱり、あれは合ってなかったんじゃ……」

「大丈夫だって」

 ふたりが話している間に、ソーニャがカミルの耳元に口を寄せる。
 ふむ……と私はこっそり耳に魔力を集中させた。こうすると聴力がも少しだけ良くなるのだ。

「皇妃様、緊急で面会を求む者が」

「誰?」

「メルト辺境伯です」

 モナックから聞いたことのある貴族だ。確かシェパード王国に接する有力貴族のはず。
 カミルは数瞬考えて、全員に向けて口を開いた。

「ちょっと申し訳ないけれど、緊急の用で少し席を外します。ソーニャ、あとは任せました」

「承知いたしました」

「いってらっしゃいませ、お母様」

「ラミリアは僕たちにもお任せを!」

 シャルウッドはしっかりと礼をするが、ボルツは笑顔で手を振る。
 見送るだけでも性格の違いは歴然としていた。

 カミルが退室した後、シャルウッドはボルツをじーっと見た。
 それからシャルウッドがボルツにこそっと話し始める。

 私はきゃっきゃっしながら、ふたりの兄の話に意識を傾けた。

「ボルツ、お母様にもっと敬意を払ったほうがいいよ……」

「兄上、別に母上は何も仰ってなかったじゃないか」

 不満そうなボルツにシャルウッドが続ける。

「それはお母様が僕たちに遠慮なされているからだ。ねぇ、ボルツ……僕は心配なんだよ。だって僕はこんなだから、いずれは……」

「やめてよ! 兄上、僕は皇帝にはならないから……!」

 ……うーん、カミルがいなくなった途端に。色々と事情が垣間見える内緒話だ。
 ふたりはそれっきり沈黙してしまい、気まずい状態になる。

 ソーニャも……いや、彼女の立場からふたりをどうこうするのは難しいか。
 このまま黙っていられると、これ以上は何も知ることができないなぁ。

 ここは私が一肌脱ぐしかないか。
< 10 / 29 >

この作品をシェア

pagetop