転生した赤ちゃん皇女さまは家族のために暗躍します~冷酷皇帝一家の天才幼女がどんな事件も解決でしゅ!~

2.相棒は黒いやつ

 熱でぼーっとした頭が回転するようになり、私の顔はきっとひきつっていた。
 幸い、部屋にメイドはいるが私の顔には注目していない。

「ばぶ……」(なんてこったでしゅ……)

 思わず赤ちゃん言葉で呟いてしまう。

 私がこの世界が【悪の皇后は断罪される】 だとすぐに気が付かなかったのには、理由がある。
 ひとつは【悪の皇后は断罪される】 本編はもっと未来のはずだからだ。

 物語の中ではラミリアは確か、十歳近くだった。
 それが私はまだ一歳児だ。カミルも若くて印象がかなり違う。

(私のお母さん――カミルは作中だと本当に怖い人って感じだったんでしゅけれど)

 熱を出した私を抱きかかえたカミルは、威厳はあっても優しさに満ちていた。
 確かな愛情を向けられていると、天涯孤独な私でも感じ取れたのだ。

 しかし作中のカミルは鉄面皮で冷酷、人の感情を一顧だにしない冷酷妃とされている。
 今のカミルにもその片鱗はあるが、そこまでには思えない。

 それととてつもなく大事なことなのだが、作中世界にモナックはいなかった。
 中心となるヘイラル家が猫を飼っているという記述も特になかった気がする。

『……あなたは、本当に何者なんでしゅ?』

『にゃあん? だから偉大な精霊で、気まぐれな猫もやってるにゃ』

 今、私がいるのが本編開始から多分八年ほど前だ。
 その間に何かがあってモナックの存在が変わったのだろうか。

 あるいは……この世界はすごーく【悪の皇后は断罪される】に似ているだけで、細部に違いがあるとか。なんかそんな映画も私は見た。

 そう、マルチバースを扱った映画だと、作中世界から些細なズレが生じた並行世界がよく出てくる。
 例えば主人公の彼女が並行世界によってちょっと違う人物になっていたり。

(この世界も大元の【悪の皇后は断罪される】 とズレていればいいんでしゅけれど)

 でも、もしモナックの存在が大した変化を生み出さないなら、私の未来は真っ暗だ。

 いずれカミルとラミリアは政争に負けて、悪の母子として処刑される。
 それが【悪の皇后は断罪される】 における私の運命。

(もちろん、そんなのは絶対にお断りでしゅ! なんとかしないと……でも、どうすればいいのんでしゅかねぇ……)

 そこまで考えて、空中に手を伸ばす。
 ぽよんと小さい赤ちゃんの手だ。

 指を握るのも遅く、すぐに腕を上げているのも疲れてきたのでぽふっと振り下ろす。
 泣きたくなってきた。

 精神や知性は前世の分が加算されていても、私は一歳児だ。
 私の今いるヘイラル帝国は血で血を争う権力争いの巣……のはず。

 するとモナックが顔を上げて、ぴょんとソファーから飛び降り、ベビーベッドの下までやってきた。

『にゃー。なんだか悲しみの気配を感じるにゃ。どうしたのにゃー?』

『周りの状況を悲観してるんでしゅ』

『一歳児が何を悲観するのにゃ?』

『ただの一歳児じゃないでしゅ! そう、天才児で周りのこととかもわかるんでしゅから』

 前世の記憶があるとは言えず、厚かましくも天才児と言い張ってみる。
 しかしモナックは私の言葉に納得したようで、ちょこんと座り直した。

『んんー、確かにラミリアちゃんは特別にゃ。大人のような、ちゃんとした精神構造を感じるのにゃ……』

 モナックの視線からはある種の敬意と好奇心を感じる。
 私もモナックの喋り方や知性は相当なモノだと思い始めていた。

 ただの可愛い猫ちゃんではない。しっかりとした知性がある。

『まぁ、だとしたら今後を大変に思う気持ちもわかるにゃ。ヘイラル帝国は苛烈な皇族争いを繰り広げてきたにゃん。ラミリアちゃんの父のレインも即位前に色々とあったにゃー』

 ごしごしとモナックが前脚で洗う。
 実際は、モナックがいう程度の話では全然なかったはず。

 ラミリアの父であるレインの即位前にも様々な事件や事故があり、皇族が何人も死んだ。
 皇帝レインと皇妃カミルもいずれ仲違いを起こし、さらには――そうだ、私にはふたりの兄もいる。でもこの兄たちはカミルとは違う母親の子だ。

(いわゆる前妻だけど、もう亡くなってて……あー、本当に絵にかいたような一族争いしか起きない構図でしゅね……)

 この兄たちの皇族争いが契機になり、カミルと私は幽閉されて死ぬ。
 物語としては美しいのかもしれないが、私にとってはバッドエンドだ。

(……まだどうにかなる? じゃなくて、どうにかしなくちゃでしゅ)

 私は必死に頭の中を回転させる。
 幸い、この皇族争いが起こるのはまだずっと先だ。

(そのために必要なのは――モナック。私にできることはたかが知れてるでしゅ)

「ばぶぶ」(ねぇ、モナック?)

「にゃーん?」

『私のことを助けてくれないでしゅ? このままだと家族が……私の家族に嫌な予感がするのでしゅよ』

『……にゃ。普通なら取り合わないかもにゃけど、ラミリアちゃんの危機感は多分間違ってないにゃ。あたしもきな臭い感じがしてるのにゃ』

『そうでしゅよね? あたちと手を組むでしゅ!』

『にゃー……あたしは構わないのにゃ。どのみち、ヘイラル家を守る契約をしてるのにゃし。あたしと話せるのは初代ヘイラル皇帝以来のことにゃ。きっとラミリアちゃんが生まれたのには大いなる意味があるのにゃ』

『……ありがとうでしゅ!』

 私はばぶーと言いながら、モナックへ手を伸ばす。
 メイドは――今、私たちに背を向けて掃除をしていた。

 それを確認したモナックはするりとベビーベッドに登ってくる。
 木目の美しい格子状のベビーベッド。そこにモナックが頭をむぎゅっと押し付けた。

 琥珀色のくりっとした瞳が私をじっと見つめている。
 手をもうちょっと伸ばせば……モナックの頭まで届く。

「だぁだ」

 うんしょ、よいしょ。
 私は背中から必死に身体を動かし、手をモナックの頭の下に差し入れた。

 モナックの黒毛はもっふとした感触でとても気持ちいい。

『にゃーん。なかなかセンスあるにゃ』

『モナックの毛並みもすごくいいでしゅ。ずっと触っていたいくらいでしゅよ』

『ありがとにゃん』

 しばらくそうして触っていたが、メイドの振り返る気配にモナックが離れる。
 残念。そのままモナックはベビーベッドを降りて、ソファーへと戻っていった。

 でもモナックに触れて、私の不安な気持ちは幾分か和らいでいた。

 確かに私は一歳児で満足に動けもしない。でも完全に望みが絶たれたわけじゃなかった。

 まだ時間があるし、何よりモナックがいてくれる。
 原作通りのバッドエンドを避けるには……大それたことは必要ない。

 家族の仲を取り持てばいいのだ。

 母と父、兄ふたりの仲を近付ければ、争いもなくなる。
 私の未来も自然と良くなるはずだ……!

 そうと心に決めて、私はすやぁっと眠りについた。
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