転生した赤ちゃん皇女さまは家族のために暗躍します~冷酷皇帝一家の天才幼女がどんな事件も解決でしゅ!~
覚醒

1.異世界で目覚めて

 私が最初に感じたのは、熱だった。
 熱は頭の中から全身に広がり――ヤバいという本能的な恐怖に繋がる。

(どうなっちゃうんでしゅっ!?)

 私はごく普通の日本人OLで、肺炎をこじらせて入院していただけのはず。
 声を出そうとしてもできず、喉が焼けるような感覚に襲われている。

 マズい、看護師さんを……いや、これは絶対にお医者さんを……!

 記憶の淵からナースコールは右手側にあったと思い出す。
 熱い、熱い、死んじゃう。身体中が悲鳴を上げている。

 助けて――と私は手を伸ばすと、私の指先に感触があった。
 同時に、私の額の上にひんやりとした布が載せられた。きっと冷たいタオルだ。

(助かりまひた……っ)

 頭頂部からの熱が収まっていく。何か薬が投与されたのかも。

 ぼんやりとした視界が開けて、私の目の前に見知らぬ銀髪の女性がいた。
 年齢は高校生か大学生くらいだろうか。

(はえっ!? だ、誰なんでしゅ?)

 一流のモデルさんのような日本人離れした顔立ち。本物の銀より輝いている流麗な銀髪。サファイアに似た青の瞳――こんなに綺麗な女性は見たことがない。

 だけど奇妙なのは看護師らしからぬティアラとイヤリングだった。
 ティアラも金属と宝石の光に満ちて、イヤリングには加工されたブルーサファイアがぶら下がっている。

(こ、こんな高価なアクセサリーをつけた看護師さん……でしゅか?)

 わからない。熱にまだ思考力が奪われている。

「本当に良かったわ……。熱は下がってきているみたいね。一安心かしら」

 硬質で低めの声とは思えないほど、愛情を秘めた声だ。
 聞いているだけで安心できそうな……。

 そこで私は気が付いてしまった。目の前の女性の瞳の中に、私が映っているはず。
 だけど、彼女の瞳に移っていたのはよくある日本人女性な顔の私ではなかった。

 黒髪なのは同じだけど、色素が薄くて。
 それよりも何よりも目の前の女性の瞳に映る私は、可愛らしい赤ん坊だった。

「だぁー!?」

 驚きの声が出たはずなのに、響いたのは甲高い赤ん坊の声。

「あら、よしよし……」

 目の前の女性は叫ぶ私を軽々と胸へと抱いた。
 ……私が成人女性なら考えられないことだ。

 彼女の胸の高さに抱かれて周囲を見ると、さらに私は驚愕してしまった。
 きらびやかなシャンデリア、居並ぶメイド服っぽい人たち、テレビで見たホテルのスイートルームより何倍も高価そうな部屋。

 どう見ても普通の病院の中ではない。そもそも日本じゃないような気さえする。
 そういえば目の前の女性も私も、メイドも日本人らしさが少しもないのだ。

 一体、ここはどこなんでしょう!?

「もう大丈夫よ。心配いらないわ」

 優しく安心させてくる声とは裏腹に、私は混乱しきっていた。
 そしてついにというべきか。私の積み重なる疑問に、目の前の女性が答えをくれた。

「ラミリア、お母さんがいますからね?」



 どうやら私は異世界に転生したらしい。
 あの肺炎をこじらせて、私はきっと死んでしまったのだ。

 はぁという感じであるが、そこまでショックではなかった。
 家族もおらず、仕事もまぁまぁブラック。
 未練はまだ見てない、積んだ映画たち……くらいの私なので、仕方ないというか。

(さっさと切り替えるしかないでしゅねー)

 そして私を抱えてあやしてくれた、ティアラをつけた女性が私の母親らしかった。
 母の名前はカミル。とある国の皇妃様だろうか。

 どこか聞き覚えがあるような気がしたんだけど、まだ思い出せない。
 熱で頭がふらふらするからだろうか。

 で、私はそんな皇妃様のひとり娘で皇女らしい。

(やったぁー! 皇女様に生まれてラッキー! これで人生イージーモード! ……ってそんなわけあるんでしゅかね?)

 前世の私の趣味は映画。好きなジャンルは洋画でアクションが入っているやつ。
 なので、王侯貴族の生活が楽勝かどうか懐疑的であった。

(こーいうのって、悲劇とか陰謀とかありきたりなような……でしゅ)

 思えばファンタジー映画って結構えげつない作品が多い気がする。
 途中、国が滅んだりとか。全て順風満帆で進むハッピーハッピーな作品は例外的だろう……最後にハッピーエンド迎えるのはよくあるとしても。

 しかし今の私は無力な一歳児。何も起こらないよう祈るしかない。
 というより、何もできなかった。一歳児だもの。

「だぁー……」

 おしめも抵抗感があるけれど、心を無にする。
 私の一番の任務は一歳児を遂行すること。

 私に前世の記憶があるということは悟られたくない。
 カミルが壁時計に目を向ける。

「あら、そろそろ時間だわ。大臣を待たせてしまう。あとのことは頼むわね」

 装いを直したカミルが部屋から侍女を何人か連れて出ていく。
 なので、熱が下がり始めた私は暇だ。

(他にやることがないでしゅー……)

 その後の数時間、色々なことを小耳に挟んで母や私のことが分かり始めていた。
 しかし疑問は尽きない。父親はどんな人間なのだろう。この世界での自分の立ち位置は? 安泰なのだろうか。

 そうしているとメイドたちの話が聞こえてくる。

「モナック様が戻ってこられたそうよ」

「今回は結構早いお戻りだったわね……」

(メイドさんたちが様付けで呼ぶということは、モナックはもしかして私の家族でしゅ?)

 母のカミルと私のラミリア以外で初めて聞く名前だ。
 ドキドキしながら次の家族に会えるのかと待っていると、ふっと私のベビーベッドに黒猫が登ってくる。

 つやつやな毛並みでしゅっと細くて、賢そうな子猫ちゃんだった。

「にゃー」(熱は下がったみたいだにゃん)

「だぁっ!?」(何か聞こえましゅ!?)

「にゃう?」(あれ? あたしも声が聞こえるにゃん?)

 黒猫が小首を傾げて私を見つめた。

「にゃーう」(驚いたにゃ。あたしと話ができるのにゃん)

 私が唖然としていると、黒猫がメイドさんに抱えられた。

「ラミリア様はまだ治療中でございます。モナック様はどうぞこちらへ」

「にゃ」(はいにゃーん)

 モナック様と呼ばれた黒猫は大人しく、部屋の馬鹿デカイソファーに寝かされた。

 私のベビーベッドからはまだ近いけれど。
 ふかふかのクッションにモナックが寝転がる。

「にゃぁ……」

 モナックは目を閉じてむにゃむにゃとする――と、再び頭の中にモナックの声が響いてきた。

 なんだか暖かくて柔らかいものを感じる。ふわふわの毛に包まれているような。
 猫ちゃんと添い寝をしているみたいな……。

『これ、聞こえるかにゃ?』

『……うん、聞こえるでしゅ』

 頭の中で返事をするとモナックがぐーっとクッションの上で身体を伸ばす。

『久し振りにテレパシーを使ったにゃ。ふむー、凄い人間にゃね』

『いや、黒猫が何か語り掛けてくるほうが驚きのよーなでしゅ……』

『あたしは猫じゃないのにゃ』

 モナックが得意気に訂正してきた。
 私は寛ぎまくっているモナックをじーっと見つめる。

『どこからどう見ても、毛並みの良い黒猫ちゃんでしゅよ?』

『それは借りの姿にゃ。あたしは偉大な精霊にゃけど、契約によって猫の姿になってこの家を守ってるのにゃ』

『へぇー……マジなんでしゅ?』

 なんだか現実感のない話なので、こんな反応しかできない。
 下がり始めた熱がぶり返してきそうな情報だった。

『にゃ。マジもマジにゃ。ネギもいっぱい食べられるにゃ』

『……』

『知らんのかにゃ? 普通の猫にネギは禁忌にゃ。でもあたしには無毒にゃ』

『チョコレートも食べられたりするんでしゅ?』

『いいセンスにゃ。もちろんにゃ! ココアをダブルで一気飲みすると、冬は温まるのにゃ』

 冬のココアが魅力的なのは認めるけれど、ちょっと俗っぽい。
 このテレパシーが本当なら、モナックには相当な知性があるのは間違いないけれど。

『……そういえば、私のことを凄い人間って言っていたけれど、何がなんでしゅ?』

『魔力がにゃ。他の人間は気付いていないけれど、潜在魔力が花開いたみたいにゃね』

 モナックが頭の位置を微調整して、腹這いにでろーっと伸びる。

『この世界の人間は魔力を持ってるけど、ほとんどは大したことないのにゃ。でもラミリアちゃんは別格にゃね』

『そ、そうなんでしゅ?』

 言われてみると部屋の内装もファンタジーの世界っぽい。この世界なら魔法があると言われても納得できる。
 そして魔力が凄いということは、成長したら……もしかして大魔法使いとか?

 それともまずは魔法学校とかに通ったりするのだろうか。

『にゃーん、あたしの目に間違いはないにゃ。さすがはヘイラルの末裔にゃん』

『ん……?』

 新しい単語が聞こえてきた。ヘイラル、確かにモナックは今、そう言った。
 その名前は聞いたことがある。しかも良くない方向で。

 ヘイラル――まさか。心臓がどきどきする。

『ねぇ、ヘイラルって……もしかして私のご先祖様でしゅか?』

『そうにゃん』

『私、お母さん以外の記憶がないんでしゅけど。私のお父さんの名前って知ってましゅ?』

『当たり前にゃん。レイン・ヘイラルにゃ』

 そこまで聞いて、私は愕然とした。どうして気が付かなかったのだろうか。
 やっぱり高熱で頭が働いていなかった。

 この世界は単なる異世界じゃない!
 【悪の皇后は断罪される】という悪役令嬢モノの小説の世界だ。

 記憶通りなら私はいずれ幽閉されて処刑される。
 つまりバッドエンド間違いなしの皇女様。

 それが私、ラミリア・ヘイラルなのだ。
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