「おまけ令嬢」アイリス・クロフォードは、人生をやり直す
14章 ルクス・クロフォード
言うことを聞かない重たい体。
膜が張ったように働かない頭。
少し動くだけで息苦しくなる呼吸。
それが僕、ルクス・クロフォードの体だ。
そんな僕から離れようとしない母と、母の機嫌を伺うだけのメイドたち。
母は家族の前では平静を装っているけれど、僕の部屋の中では途端にヒステリックになる。
僕の爪を少し切りすぎたメイドは屋敷を追い出され、僕が鼻血を出すと、その場にいたメイドはみな鞭で打たれた。
「あなたの為なのよルクス。全てはあなたの為なの」
僕は、僕のせいでメイドは仕事を失い、鞭で打たれるのだと思う。
母がヒステリックなのも、片時も僕から離れようとしないのも、僕の体が弱いせいなのだ。
家族は父と母と二人の姉、それから“あの子”だ。
初めて“あの子”の存在に気づいた時、“あの子”は僕にしか見えていないのだと思った。
だって、家族の誰も“あの子”に話しかけないし、見向きもしない。
父はいつも、上の姉のセリーヌに勉強は捗っているかと聞き、二番目の姉ジュリアには何か欲しいものはないかと聞く。だけど、“あの子”には何も聞かない。視線すら向けない。
やっぱり僕以外には見えていないんだと思うけれど、メイドは“あの子”の前に皿を置く。
(……?)
“あの子”が僕の双子の妹アイリスだと教えてくれたのは、母の機嫌を伺うだけのメイドたちの中で、唯一僕自身を気にかけてくれるタチアナという名前のメイドだ。
僕は思う。
もし僕があんな風に無視をされ、いないもののように扱われたら、食堂で食事をするなんてとてもじゃないけど出来ない。
(アイリスは、きっともの凄く強い子なんだ)
週に二度は、熱のせいでベッドから起き上がれなくなる。
ベッドに沈み込む、いつも以上に怠くて重たい体。
僕が熱を出すと母のヒステリーが激しくなるので、メイドたちは苦しむ僕の耳元で溜め息をついたり舌打ちをしたりする。
「また熱が出たわ」
「奥様の機嫌が悪くなるじゃない」
母といえば、看病してくれるわけでもなく、ベッドに横たわる僕を見下ろして独り言を呟くだけだ。
「何で? どうしてなの? ロザンナ先生の教えを守っているのに……! やっぱりそうなのね。双子の呪いよ! あの子……あの子のせいなのね! あの子のせいでルクスは……!」
何人もの医者が入れ替わり立ち替わりやって来て、僕の体を診察した。
だけど、同じ医者は二度と訪れない。
母が次々に出入り禁止にしていると知ったのは、だいぶ後になってからのことだ。
とうとう貴族御用達の医者がいなくなり、町医者を呼ぶことになった。
やって来たのは、腕が良く、平民たちからの信頼が厚いと評判の、ベアールという名前の医者だった。
全てを包み込むような、温かな目をしていた。
「君はとても強いですね」
その温かな目に僕を映しながら、ベアール先生が言った。
「僕が……ですか?」
「はい。君の体は生きようとしています。懸命に。熱が出るのはその証拠です」
「そうなのですか?」
「熱は、体が病気と戦っている反応なのですよ」
熱が出ることへの恐怖が、少しだけ和らいだ。
だけど、僕はわかっていた。この人も、二度とここへは来ないだろう。
その証拠に、母は平民だと見下して、ベアール先生の顔を見ようともしない。
その日の午後、母がベアール先生を出入り禁止にしたとタチアナが教えてくれた。
だけど……。
「奥様、先日の平民の医者が、また門の前に来ているそうです。どうしてもルクス様を診察させてほしいと」
メイド長がそう伝えると、母は苦虫を噛み潰したような顔をして窓の外を睨んだ。
「これだから平民は! 伯爵家の専属医になれる機会を逃したくないからと必死になって。まるで、纏わりついてくる蝿のようね」
それから少しして、事件が起きた。
それは、母が湯浴みに行っている間のことだった。
寝支度を終えた僕は、ベッドに入り天井を見つめていた。
ちょうど、メイドが交代するタイミングだった。
周囲を警戒しながら、僕のベッドに近づいてくるタチアナ。
小さな声で僕の名前を呼んだタチアナは、ハンカチに包まれたパンとチーズを差し出した。
「ルクス坊ちゃま、私はベアール先生の所へ行ってきました。そして聞いたのです。坊ちゃまは、栄養のあるものを食べなければならないと。今日はこれを持ってくるのが精一杯でした。だけど、このチーズには、坊ちゃまに必要な栄養が沢山入っているそうなのです。どうかこれを食べてください」
僕が手を伸ばそうとしたその時、
「おまえ! 何をやっているの!?」
部屋の中に、母の怒号が響く。
母の命令で、他のメイドたちに引きづられていくタチアナ。
タチアナが持ってきたパンとチーズは、踏みつぶされてぐちゃぐちゃになっていた。
「タチアナ!」
「ルクス坊ちゃま! どうか……どうか……生きて!」
その後、タチアナの姿を二度と見ることはなかった。
16歳の夏、突然の高熱が僕を襲った。
その熱は、いつもの熱とは違っていた。
体中が引き裂かれるような激しい痛みと息苦しさ。
朦朧とする意識の中で思う。
(ああ、だけど……。僕は、やっと死ねるのかもしれない。やっと解放されるんだ。最後に一目だけでいい。タチアナに、あい……た……い……………)
「ルクス坊ちゃま、お目覚めですか?」
懐かしい声で目が覚める。
「……タチ……アナ?」
そうして僕は、10歳の僕に舞い戻っていた。
言うことを聞かない重たい体。
膜が張ったように働かない頭。
少し動くだけで息苦しくなる呼吸。
10歳の自分に戻ったからといって、死ぬ前と何も変わりはしない。それなら、僕は何のために人生をやり直しているのだろう。
(ああ、そうか。ここは地獄だ。苦しみしかない人生をもう一度繰り返す地獄。僕はその地獄に落ちたんだ)
そうとわかれば、やることは一つだけ。
この苦しみに耐え、刻まれていく時間をただやり過ごせばいい。死ぬ前と同じように。
母とメイドたちに監視されながら、母の言いつけ通りに行動する。
食べるもの、食べる順番、それすらも母が決める。僕は黙って、味のない野菜を食べるだけだ。
何てことはない。僕の人生はずっとこうだったのだから。
唯一の救いは、タチアナが側にいてくれることだ。
もしこの地獄で何かを変えられるなら、僕はタチアナを救わなければならない。
勉強の時間は、死ぬ前と変わらず苦ではなかった。
特に好きなのは、キース・キャンベル先生の授業。
一度習っているので、前の人生で理解しきれなかった部分も理解できる。
キース先生は、体の弱い僕を前にしても、同情や憐れみの表情を見せたりはしない。
正解すれば褒めて、間違っていれば的確な指摘をするだけだ。
何より嬉しいのは、キース先生の授業の間は母が側にいないこと。
母の言いなりになっている他の教師とは違い、母が授業を見張ることを、キース先生はきっぱりと拒絶してくれから。
その代わり、美丈夫のキース先生の目に留まろうと、授業に付き添う権利を、メイドたちが目を吊り上げて争っていた。
勉強の時間は好きだったけれど、授業の後は疲れからかいつも以上に体が怠い。
何かに押さえつけられたように重たい体を、やっとの思いで動かしてベッドに沈める。
(大丈夫。いつものことさ)
地獄は死ぬ前と変わらず、僕に苦しみを与えながら時を刻んだ。
そうして、あの人がやって来た。
ベアール先生。
母に出入り禁止にされても、僕を診察しようと屋敷に通い詰めたあの町医者だ。
その目は、やはり全てを包み込むように温かかった。
この先何が起こるのか、僕は知っている。
僕はタチアナを救わなければならない。
だけど、僕は失敗した。タチアナを救うことができなかった。
あの日と同じようにパンとチーズを持ってきたタチアナは、あの日と同じように母に見つかり、あの日と同じように引きづられていった。そして、二度と姿を現さなかった。
僕は思う。
僕を苦しめるために存在するこの地獄で、何かを変えることなどできはしないのだ。
時々、母やメイドの目を盗んで窓から外を眺めた。
日に当たるのは体によくないと、窓辺に立つことすら禁じられていたから。
日の光には、何か体の害になる物質が含まれているのだそうだ。だから、屋敷の外に出ることも許されていなかった。
それに、外へ出て万が一怪我でもすれば、傷口から悪いものが入り大変なことになるのだという。
母はいつも、最悪の事態ばかり考え、恐れていたのだ。
ある日、裏庭を足早に歩いて行く“あの子”を見つけた。
(アイリス!)
この地獄の中で、アイリスは変わらず家族に無視され、母に憎まれていた。
裏庭を突っ切ったアイリスは、その先にある小さな森の中へと入っていく。森になんて入ったら、どんな怪我をするかわかったものじゃないのに。
だけど、僕は気になって仕方がなかった。その先に、何があるのだろうかと。
ある日、チャンスが巡って来た。
その日は定期的に屋敷を訪れる来客があり、母はその客人の相手をするために僕の監視をメイドに任せた。
ロザンナ・キンバリー。
香水の匂いをプンプンさせて、蛇のような狡猾な目をしながら下品に笑う女。あれで国一番の栄養学士らしい。
たけど、考えてみたら妙な話だ。
ロザンナ・キンバリーの教えを忠実に守っても、僕の体の不調は一向に改善しないし、それどころか、僕は16歳で死を迎えるのだから。
それなのに、母はロザンナ・キンバリーを盲目的に信じ、僕が病弱であることを双子の呪いのせいだと決めつけている。
(あの女は大嫌いだ)
二人は話し始めると長い。
メイドの隙をついて部屋を抜け出した僕は、屋敷を出て裏庭を突っ切り、森の中へと入った。
だけど、すぐに後悔した。
舗装されていない道のせいで、一歩進むだけで体力が奪われていく。森が深くなるほどに、呼吸が激しくなっていった。
(引き返したほうがいいだろか……)
だけど、自分の部屋には戻りたくなかった。
(あの部屋で、お母様やメイドたちに一挙手一投足を監視されるのはもううんざりなんだ)
重たい体を引きずりながら、僕は一歩一歩先へ進んだ。
道が緩やかにカーブを切った先、鬱蒼と生い茂る木々に隠されるようにして、その開けた場所はあった。
人が一人寝転べるくらいの大きな岩があって、僕に登れと言っているような気がした。
やっとの思いで岩に登ると、楕円形に切り取られた空から光が降り注ぎ、僕を包み込む。
(やっぱりそうだ。ここは地獄なんだ。そして、あの光の先に天国があるんだ)
その時、人の気配を感じてそちらを見た。
「アイリス?」
そこに、“あの子”が立っていた。
薄緑色の瞳を眩しそうに細めながら、こちらに向かって歩いてくる。
僕と一緒に生まれた僕の片割れ、双子の妹、アイリス・クロフォード。
死ぬ前と違うことが起こり出したのは、それからだ。
ある日の授業の始まり、キース先生が言った。
「本日から、庭園の奥にあるガゼボで授業をすることになりました。もちろん伯爵夫人の許可は得ていますよ。さあ、帽子を被って下さい」
屋敷からガゼボまでの、舗装された道を歩く。
少し歩くだけで息が上がり、足を一歩前に出すのがつらい。
息苦しさと、思うように進まないもどかしさ。
体は鉛のように重く、ガゼボまで永遠に辿り着かないような気さえする。
だけど思う。
日の光とは、こんなにも気持ちの良いものなのかと。
ガゼボに辿り着き、差し出された水を飲む。
呼吸が落ち着いてから、キース先生に尋ねた。
「なぜ、急にガゼボで授業をすることになったのですか?」
「提案したのはアイリス様ですよ。屋敷からガゼボまで歩けば、いい運動になると」
(……? 僕が以前と違う行動をして森でアイリスに会ったから、アイリスの行動が変わったのか? ……いいや、違う、そうじゃない)
僕は、最近感じていた違和感を思い出した。
死ぬ前の人生で、キース先生がアイリスの家庭教師をしたことなどない。
それに、僕がこの地獄で目覚めた直後から、アイリスは食堂に来ていなかった。
どんなに無視されようとも、以前は食堂での食事を欠かしたことなどなかったのに。
(アイリス……。もしかして君も?)
アイリスがやって来た。
包み紙を開けて、丸くて黄色いものを僕に差し出す。
「これは、卵パンです」
疑問が確信に変わる。
この地獄で、僕が死ぬ前の人生と違う行動をしているのはアイリスとキース先生だけだ。
だけど、キース先生は違う。何故なら、キース先生に違う行動をさせているのはアイリスだからだ。
(アイリス、君もそうなんだね)
それは、強い確信だった。
(アイリス。君は一度死に、人生をやり直しているんだね。僕と同じように)
その日、ガゼボでの授業の合間に、キース先生が言った。
「卵と牛乳はたんぱく質が豊富で、砂糖はエネルギーになります。もちろん野菜も体に良い食べ物ですが、食べ物にはそれぞれ異なった栄養素が含まれているのですよ。大切なのは、バランス良く食べることですから」
キース先生が嘘を教えるはずがない。
ロザンナ・キンバリーの言葉はすべて戯言だったのだ。
(もしかして、この体の不調は全てそのせいだったんじゃ……?)
僕は、タチアナの言葉を思い出した。
「ルクス様、私はベアール先生の所へ行ってきました。そして聞いたのです。ルクス様は栄養のあるものを食べなければならないと」
あの医者も、タチアナも正しかったのだ。
授業を終え部屋に戻った僕は、母にそのことを話した。
「お母様! ロザンナ・キンバリーの言葉は全て戯言だったのです。野菜だけを食べるのは却って体に良くないのです。あらゆる食品をバランス良く食べることが大切で、そうしなければ健康な体は作られないのです」
「ルクス!」
僕の言葉を、母の金切り声が遮る。
「誰に何を吹き込まれたのルクス! ロザンナ先生は国で一番の栄養学士なのよ! 戯言を言うわけがないでしょう! ああ、あの子なのね。あの子があなたにおかしなことを吹き込んだのね? 信じてはいけないわルクス。あの子はあなたの体が病弱になったのを、ロザンナ先生のせいにしようとしているのよ。本当は双子の呪いのせいなのに……! なぁんて悪い子なのかしら。まるで悪魔ね!」
そう話した母の海の色の瞳の中で、得体の知れない黒いものがぐるぐると渦巻いていた。
そうして、僕は気づく。
母は、とうに正気を失っていたのだ。
(このままではダメだ)
だってアイリス。
僕たちは何の力も持たない無力な子供だ。君は、自分の境遇を改善するだけで精一杯だっただろう。
それなのに、君は僕のために行動してくれた。僕を救おうとしてくれた。
その思いに、僕は応えなくてはならない。
(生きなければ……!)
高熱を出して死んだのは16歳の夏。まだ時間はある。
時間がかかってもいい。何としてでもこの現状を変えなくては。
ここは地獄なのかもしれない。いや、地獄だっていい。それでも、僕は抗い、立ち向かうんだ。
生きるために。
最初の目標は、ガゼボまで休まずに歩けるようになることだ。
それから、卵パンをいくつか作って持ってきてほしいとキース先生にお願いする。
メイドがティーセットを取りに行っている間に、キース先生から渡された卵パンにかぶりつく。
普段食べている新鮮だが味付けのされていない野菜。それとは比べものにならないくらい美味しいけれど、固いものを食べ慣れていない喉は卵パンを受け付けない。
それでも、これが僕の体内で栄養に変わるのだと思い、懸命に飲み込んだ。
残りの卵パンは、勉強道具に紛れさせて部屋に持ち帰る。
小分けにちぎってポケットに忍ばせ、母やメイドの目を盗んでは口に運んだ。
幸いにも、キース先生の言葉に乗っかり、「将来立派な当主になるために、僕は一人でいることに慣れるべきでしょう」と宣言したおかげで、監視の目は以前よりも和らいでいた。
キース先生の授業がない日は、ベッドで横になるからとメイドを下がらせ、それでも部屋の外で見張ろうとするメイドの気をあの手この手で逸らせて森へ行った。
舗装されていないけもの道を、一歩一歩踏みしめながらゆっくりと歩く。開けた場所に出ると、いつもの岩の上で日の光を目いっぱい浴びた。
アイリスに会えるかもと期待したが、あの日以来アイリスに会うことはなかった。
数ヶ月が過ぎた頃には、休まむことなくガゼボまで辿り着けるようになっていた。
相変わらず息は上がるが、上がる体温と滲む汗が心地いい。卵パンも楽に喉に入ってくる。
あんなに重怠かった体が少し軽くなり、自分の意思通りに動くようになる。
頭痛が和らぎ、思考が鮮明になる。
それから、週に二度は出ていた熱が、2週に一度になった。
僕がこの体で目覚めてから8ヶ月が過ぎた頃、母が言った。
「今年のあなたの誕生日パーティーには、家族以外の者も何人か招待しましょう」
僕が熱を出す頻度が減ったので、母は上機嫌だ。
「ロザンナ先生の健康法が、やっと効いてきたのね」
なんて、見当違いのことを言っている。
まず、キース先生に渡す招待状を書いた。
それからもう1通。
僕は、アイリスを呼ぼうと決めていた。
協力者には、姉のセリーヌを選んだ。
セリーヌとアイリスは、最近本を通じて親しくしているらしい。
それに、「セリーヌ姉様に勉強を教えてもらいたい」と頼むと、「まあ、セリーヌなら」と、母はセリーヌの部屋に通うことをあっさりと許した。
セリーヌの部屋に仕立て屋を呼び、アイリスのドレスを仕立て、アクセサリーを選ぶ。
もちろん宝石はペリドットだ。ドレスのサイズは、アイリス付きのメイドであるマリーがこっそり教えてくれた。
マリーは、タチアナのように柔らかく笑う人だ。
三日月の形になる栗色の瞳が可愛らしい。
そして僕は、アイリスの側にマリーのようなメイドがいてくれて良かったと思う。
そうして、誕生日パーティー当日。
セリーヌと連れ立って来たアイリスに気づくと、母の顔色がさっと変わった。
海の色の瞳が、凍てつくように冷たく光る。
僕の隣の席に座るようアイリスに促すと、母はそこはアイリスの席ではないと言った。
「いいえ、お母様。ここはアイリスの席です。今日はアイリスの誕生日でもあります。アイリスは僕の双子の妹なんですから」
その瞬間、母はいつもの耳障りな金切り声を上げた。
その後は散々だった。誕生日パーティーはめちゃくちゃになった。
だけど、分かったことが幾つかあった。
まず、双子の呪いなど存在しないこと。
僕が頻繁に熱を出していたのは、野菜しか食べず、日光に当たらなかったせいで、免疫力というものが低下したのが原因であったこと。
ロザンナ・キンバリーが栄養学士というのは真っ赤な嘘で、その偽物を母に充てがったのは、母の友人サルバドール子爵夫人と、セリーヌの婚約者アラン・サルバドールであったこと。
そして、全ての黒幕が二番目の姉ジュリアだったこと。
ジュリアが僕を憎んでいたこと。
僕を殺す計画を立てるほどに。
それからもう一つ。ジュリアが持っていた赤黒い毒薬。16歳の僕を殺したのは、きっとその毒薬だったのだ。
母とジュリアは、療養のため田舎にある領地に行くことになった。
ジュリアを恨む気持ちはあった。ジュリアが計画を遂行しなければ、僕の長い苦しみはなかったのだから。
簡単に許せるものではない。それ程つらい時間だった。
だけど、ジュリアの気持ちは理解できた。
ジュリアは、ただ母からの愛が欲しかったのだ。
僕にとって重荷でしかなかった母の愛が、ジュリアにとっては絶対だったのだ。
母とジュリアを見送った後、父が謝罪をした。
「ルクス。お前にも謝らなければならない。私が何も見ていなかったせいで、長い間お前を苦しませてしまった。本当にすまなかった」
母を追い詰め、僕たちの苦しみに見て見ぬふりをし続けた父。一番罪深いのは、間違いなく父だ。
僕は、許すとも許さないとも言わなかった。
許すと言わないのは、許さないのと同義だ。
僕の気持ちは、父に伝わっただろう。
父はアイリスにも謝った。
アイリスはただ一言、「いいんです」と答えた。
それは、許すという意味じゃない。
最初からあなたからの愛など望んでいない。だから謝る必要はない。そういう意味だ。
その言葉の意味も、父に伝わったようだ。
僕の答えとアイリスの答え、どちらが父にとって残酷だっただろう。
いずれにしろ、父はこの短い間に随分老け込んだように見える。
僕は思う。
僕たちは、まだ何の力も権限もない子供だ。
だから、せいぜい利用してやるのだ。僕がクロフォード伯爵家の当主になるその日まで。
それが、僕の復讐だ。
その後、本物の栄養学士が屋敷にやってきた。
肉、魚、卵、野菜、牛乳、チーズ、海藻。
栄養満点のバランスの良い食事が、毎日テーブルの上に並ぶ。
始めはスープだけだったのがオートミールになり、そのうちみんなと同じようにパンや肉料理が食べられるようになった。
僕が初めて食事を平らげた日、コックは厨房で泣いたらしい。僕が野菜しか食べていないことに、ずっと心を痛めていたそうだ。
そして思う。
ここは地獄なんかじゃない。
僕とアイリスは、人生をやり直すために生まれ変わったんだ。
そうして、1年半が過ぎた。
僕とアイリスは、もうすぐ王立学園に入学する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最初は気分が良かった。
金髪の王子様なんて呼ばれて、女の子たちの注目を浴びるのは満更でもなかった。
一度目の人生では学園に通うことすら叶わず、女の子といえば姉と妹としか話したことがなかったのだから、少しくらい浮かれるのは大目に見てやってほしい。
だけど、すぐに飽きてしまった。
貴族令嬢特有の、語尾を伸ばした独特の話し方が癇に障る。
腹の探りあいや、遠回しに相手を貶めようとする会話。その全てに疲れてしまった。
おまけに、彼女たちの香水臭さといったらない。鼻がもげそうだ。
アイリスは、早速友達を作っていた。
ケイト・ベアール。
平民だ。父親は医者らしい。
(ベアール……。医者?)
その眼差しをよく覚えていた。
全てを包み込むように温かく、そして、僕を救わんとする強い意志が宿ったアッシュブラウンの瞳。
瞳の色は違うけれど、彼女の瞳は、あの日見たベアール先生の瞳と同じだった。
それから、彼女の姿を目で追うようになった。
成績は良いが、それを鼻にかけたりはしない。
冷静で周りをよく見ていて、常に気を配っている。
困っている人がいれば手を差し伸べ、それを恩に着せたりはしない。
口数は少なくめったに笑わないが、時折見せるはにかんだような笑顔が可愛らしい。
ローズピンク色の瞳は不思議な虹彩を放ち、一度見たら忘れられないほど神秘的でありながらも、その眼差しは優しく温かかった。
彼女のことは気になったけれど、どうにもならないことはわかっていた。
未来のクロフォード伯爵家当主が、平民の娘とどうこうなるなど許されるはずがない。
そんなある日、ケイトから誘いを受けた。
「週末に、祖父母の家の茶会に来ない?」
祖父母の家で茶会?
ツッコミどころは満載だったが、誘われたのが僕一人だけだということに舞い上り、細かいことは気にならなかった。
そして週末、花束と手土産のお菓子を持って、ケイトの祖父母の屋敷を訪ねた。
白い壁の可愛らしいカントリーハウス。
その門の前で、橙色のワンピースを着たケイトが立っていた。
初めて見る私服姿に心が躍る。
手入れの行き届いた美しい薔薇園。
外観と同じく、屋敷の中も木の温もりが感じられ居心地が良い。
案内された客室に、品の良い老紳士と夫人が立っていた。
「はじめまして。よく来てくれたわね。私はケイトの祖母のサマンサ・ランプリング。こちらは夫のジャン・ルイ・ランプリングよ」
(……ランプリング!)
その名前を知らないはずがない。
国で最も大きなダイヤモンド鉱山を所有するランプリング伯爵家。
ケイトの祖母の、ケイトと同じローズピンク色の瞳を見た時全てを察した。
ケイトは、ランプリング伯爵家の血を引く女の子だったんだ。
茶会は本当に楽しかった。
息子に家督を譲った前伯爵夫妻は、社交界から距離を置き、今はこのカントリーハウスでゆったりした時間を楽しんでいるのだそうだ。
「娘は平民になったけれど、娘の夫は誠実で心が清らかな人なの。娘は幸せそうだし、何よりこんなに可愛い孫娘と出会わせてくれたのだから」
「お祖母様ったら! 恥ずかしいわ」
学園にいる時より表情が豊かなケイト。
この穏やかで楽しい時間が、ずっと続けばと思うほどだった。
茶会がお開きになろうという頃、ランプリング前伯爵夫人が言った。
「実はね、今日あなたに来てもらったのには理由があるの」
それから、ドアの陰に立っているメイドに声をかける。
「来てちょうだい」
メイドが姿を現した時、僕の口からこんな言葉が溢れた。
「……タチアナ?」
そこに立っていたのは、僕が唯一心を許したメイド、タチアナだった。
僕のために母に逆らい、屋敷を追われ、二度と会えなくなったタチアナ。
「タチアナは、働いていたお屋敷から逃げていたのを父が保護したの。それから少しして、お祖父様とお祖母様の元でメイドとして働くことになったのよ。あの頃は私も幼かったけど、クロフォード家の坊ちゃまのお世話係をしていたと一度だけ聞いたことがあって……。それで、この茶会の席を設けてもらったのよ」
ケイトの言葉は、途中から聞こえていなかった。
両方の目から、涙が滝のように溢れて止まらなかったから。
ついでに鼻水も垂れてくる。
(ケイトが見てるのに、金髪の王子様なんて言われてるのに、めちゃくちゃかっこ悪いな、僕)
「ルクス坊ちゃま!」
僕を抱きしめたタチアナが、背中をそっと撫でる。
それから、エプロンで鼻水を拭いてくれる。小さい頃、そうしてくれたように。
(あーあ、情けない。だけど……もういいや)
タチアナに抱きしめられながら、僕は声を上げて泣いた。
(懐かしい匂いがする。タチアナの匂いだ。ああ、この匂いって、陽だまりの匂いだったんだ)
その後、ランプリング前伯爵夫妻の好意で、タチアナと二人きりで話すことができた。
「タチアナ、元気そうで良かった」
「はい。ご夫妻はとても良い方で、使用人の事も大切にして下さいます。それに、縁あってこちらで働いている御者と結婚して、子供も二人いるんですよ」
「それはおめでとう! だけど、坊ちゃまはやめてほしいな……」
「私にとって坊ちゃまは坊ちゃまです。ルクス坊ちゃま、いつか私の家族にも会って下さい。子供たちにも、いつも話しているんです。今の屋敷に来る前に仕えていた坊ちゃまは、病に侵され苦しい思いをしながらも、周りに八つ当たりなどせず、黙って耐えることができる強い方だと」
「……タチアナ、これ以上泣かせないで。目が開かなくなる」
「ふふふ。わかりました、坊ちゃま」
そう言ったタチアナは、あの頃と同じように柔らかく笑う。
それから、近々タチアナの家に遊びに行くことを約束して、玄関の前で別れた。
門の前には、出迎えてくれた時と同じように、僕を待つケイトの姿があった。
「どうしたの? 変な顔をして」
「情けなくてさ。金髪の王子様なんて呼ばれてるのに、あんな姿、笑っちゃうだろ?」
僕の問いかけに、真剣な顔をしたケイトが真っ直ぐに僕を見る。
「笑わない。絶対に笑わないわ、ルクス」
ケイトのローズピンク色の瞳は、全てを包み込むように温かい。
もう、自分の気持ちに嘘はつけない。
僕はケイトのことが好きなんだ。
だけど、例えランプリング伯爵家の血を継いでいるとしても、ケイトは平民の父親を持つ平民だ。あの父が簡単に許すとは思えない。
(ここは慎重にいかないと……)
僕は、ケイトに告白するタイミングを慎重に見極めようと決めた。
夏、学園祭が近づいていた。
ダンスパーティーのパートナーには、誰も誘わなかった。
ケイトが他の女の子たちに何か言われるのは嫌だったし、何より、アイリスが無事に婚約破棄できるかの瀬戸際だったから。
アイリスと婚約者のドミニク・カスティル。二人が上手くいっていないことには薄々気がついていた。
だってアイリスときたら、ドミニクの名前を聞いただけで苦虫を噛み潰したような顔をする。
二人の婚約破棄に人肌脱ごうと思ったのは、アイリスに恩返しがしたかったからだ。
そして、クロフォード家に借金の肩代わりをさせておきながら、それを隠して悪口を吹聴するカスティル公爵が許せなかったから。
だけど、アイリスはセーラ・アングラードに接触するのに手こずっていて、作戦は一向に進まない。
アイリスがセーラに接触できたのは、学園祭の前日だった。
学園祭初日。作戦の決行日だ。
近くに待機して様子を窺う。僕の計画は完璧だ。それなのに……。
セーラ・アングラードと抱き合っている(正確にはセーラに抱きつかれている)くせに、不貞などしていないとのたまうドミニク。
しゃしゃり出てくる第二王子。
おまけに婚約破棄裁判ときた。
(大変なことになったぞ!)
その夜、セリーヌの部屋の前で何時間も待った。
困った顔をしているセリーヌ付きのメイドは可哀想だったが、今日セリーヌに会わなければ、明日アイリスの名誉に傷がついてしまうかもしれない。
「ルクス!?」
セリーヌが帰って来たのは、夜の10時を過ぎた頃だった。
「セリーヌ姉さん!」
僕は、セリーヌに事の次第を話した。
真剣な表情で話を聞いていたセリーヌは、僕が話し終えた瞬間、にやりと笑ってこう呟いた。
「ふふふ。腕がなるわね」
僕は思う。
(この人、絶対に父親似だよな)
婚約破棄裁判は無事に終わり、アイリスとドミニクの婚約は正式に破棄された。
クロフォード家は一切の損をせず、アイリスの名誉に傷がつくこともなかった。
そうはいっても、これ程の騒ぎになってしまったのだ。父に怒られることを覚悟していたけれど、カスティル公爵の不様な姿を見られたのが余程嬉しかったのか、上機嫌な父からは何のお咎めもなかった。
それにしても……。
「あの人、あんなに明るかったっけ? 人格変わったんじゃない?」
婚約破棄裁判が終わった直後、隣に立つセリーヌに囁くと、セリーヌは小さなため息をついた。
「お父様のこと? お母様がいなくなったからでしょうね。なぜかはわからないけれど、お母様に随分遠慮していたようだから」
「遠慮? 何でそんなこと……」
「さあ。何か後ろめたいことでもあったんじゃない? いずれにしろ、あれがあの人の本来の姿ということよ。だけどね、ルクス。あなたは許す必要はないのよ。誰のこともね」
そう言って、海の色の瞳に僕を映すセリーヌ。
僕は答えた。
「わかってる。セリーヌ姉さんもね」
これで、アイリスとジェレミーの間に障害はなくなった。
ジェレミーの気持ちには薄々気がついていた。
口が悪くて女の子にも平気で悪態をつくやつが、アイリスにだけは妙に優しいんだから、気づかないほうがどうかしている。
そして、アイリスもジェレミーのことが好きだ。
つまり、二人は相思相愛というわけだ。
ジェレミーは平民だが、あの大富豪シュナイダー家の一人息子だ。
シュナイダー家と手を組めば、クロフォード家の商売は向こう百年は安泰になる。父も反対はしないだろう。
(ジェレミーのやつ、夏休みの間にアイリスに告白でもするのかな?)
そんな風に考えていたのに……。
夏休みの間、ジェレミーはアイリスに会いに来なかった。それどころか、夏休み明けの登校日、先生にこう言われた。
「ジェレミー・シュナイダーは留学しました」
と。
(……はっ?)
アイリスはなんてことないという顔をしているけれど、平気なはずはない。
背の高い焦げ茶色の髪の男子がいれば振り返り、いつもジェレミーの姿を探している。
(ジェレミーのやつ、次に会った時はぶん殴ってやるからな)
ちなみに、ジェレミーに再会した時本当にぶん殴れるように、僕は格闘技クラブに入部した。
一度、ジェレミー・シュナイダーの行方を探してくれるよう父に頼んだことがある。
「……ああ、その件は……。まあ、何だ、気にするな」
珍しく言葉を濁しながら、歯切れの悪い話し方をする父。
(……? 何なんだ、一体)
なぜこんなに必死なのかというと、ジェレミーが帰って来るまでは、ケイトに告白できないと思ったからだ。
アイリスが傷ついたままでは、ケイトは自分のことなど後回しにするだろう。
アイリスとジェレミーの問題は、僕とケイトの関係にも大きく影響していたのだ。
それからも、ジェレミーの件を頼みに何度か父の元を尋ねた。だけど、父の返事はいつも曖昧だった。
「……ああ、うん、それはだな。調整中……なのだ。まあ、気にするな」
(もういい。もうすぐアイリスのデビュタントだ。それが終わる頃には、父さんの許可なく貯金が下ろせるようになる。その金で、地の果てまでもジェレミーのやつを探してやるんだ。見つけたらぶん殴ってやるからな。アイリスを傷つけた大馬鹿野郎め!)
ジェレミーと再会したのは、そのデビュタント当日だった。ジェレミーが姿を消してから、三年もの月日が経っていた。
あんなにいきり立って格闘技クラブに入部したのに、僕がジェレミーに一発お見舞いする機会は、結局訪れなかった。
それにしても、ジェレミーの求婚は完璧だった。まるで、物語の一幕のように美しかった。
(僕も、ケイトが感激の余り頷いてしまうような、完璧な求婚をするんだ)
僕は、そう心に決めた。
そうはいっても、求婚の仕方など誰に相談すればいいのだろう。
ジェレミーに聞いてみる。
ジェレミーは、恥ずかしいことを思い出させるなと顔を真っ赤にして怒った。
(アイリスは……ないな。セリーヌ姉さんもない。エミリーたちには相談しづらいし……。あれ? 僕って、もしかして友達いない?)
僕は、衝撃の事実に気付いたのだった。
それから、田舎の領地にいるジュリアに手紙を書いた。この手の話に詳しそうなのは、僕の知る限りジュリアしかいなかったから。
ジュリアからの返事はすぐに届いた。
『あんた馬鹿なの?
私を何だと思ってるわけ?
あんたの求婚なんて知ったことじゃないわよ
だけど、あんまり不憫だから教えてあげる
女の子が好きなのは、花と宝石と満天の星よ!』
言いぐさはあれだけど、ジュリアが元気そうで安心した。
花は、真っ赤な薔薇の花束を用意することに決めた。
実は、もう一度ジュリアに手紙を書いていた。
具体的に教えてくれない?と。
ジュリアからの返事は、またすぐに届いた。
『あんた、いい加減にしなさいよ!
私は忙しいのよ
今日だって、これからお母様とリハビリなんだから
あんたになんか構ってられないわ
だけど、あんまり可哀想だから教えてあげる
花は真っ赤な薔薇の花束。宝石は相手の瞳の色
星は説明いらないでしょ!
もう手紙なんか寄越さないでよ!』
本当に元気そうだ。
花は決まった。問題は宝石だ。
クロフォード家御用達の宝石商を、屋敷の自室に呼んだ。
「ルクス坊っちゃん。坊っちゃんが仰るようなローズピンク色の宝石は、この世でピンクダイヤモンドしか存在しません。そして、ローズピンク色のピンクダイヤモンドは、最果てのピョルンテ鉱山でしか採掘されないのです。つまり、かなり貴重な宝石だということです。……はっきり言った方がいいですか?」
「はっきり言ってくれ」
「はっきり言いますと、城一つ買えるほどのお値段です」
「それは……、さすがに手が出せないよ」
「イミテーションもございますが、ローズピンクの柔らかな色彩を再現するのが難しく、あまり市場に出回っておりません。しかしながら、イミテーションでしたら坊っちゃんのお小遣いで買えないこともないでしょう」
「イミテーションか……」
(偽物じゃなくて本物を贈りたい。それが誠意ってものだろ?)
どうしたものかと考えあぐねているうちに、以前から招待されていた、シュナイダー家が爵位を賜り、シュツルナード子爵家になったことを祝うパーティーの日になった。
見慣れた顔が大勢いる。ジェレミーは、クラスメイトどころか、学園の生徒全員を招待したようだ。
(さすがはシュナイダー家。いや、シュル……何だっけ?)
アイリスは、ジェレミーの婚約者として大勢に囲まれていた。
もちろんケイトもいる。モスグリーンの清楚なドレスが似合っていてとても可愛い。だけど、何しろ人が多い。ゆっくり話などしていられない。
外の空気を吸うためにテラスに出ると、珍しく一人で涼んでいるエミリーの姿があった。
「イザベルとレイチェルは?」
「人が多すぎてはぐれてしまったわよ」
「ところでエミリー。君って婚約者いないよね?」
いい機会なのでアドバイスを貰おうと思い尋ねたのだが、どうやら失言だったようだ。
「あなたねぇ! あれ程あなたにアプローチしていた私に、そんなこと聞く?」
「ごめん!」
「まぁいいわ。とっくに諦めたしね。だってあなた、ケイトのことが好きなんでしょ?」
「えっ?」
「あれだけケイトのことばかり見ていたくせに、隠せているとでも思ってたわけ? まぁ、ケイト本人は気付いてもいないでしょうけどね。ところで、もたもたしていていいのかしら? いくら平民だからって、あんなに綺麗なローズピンク色の瞳をした子、男子が放っておかないわよ」
「エミリー……。君って、案外いい子なんだね」
「案外って何よ!」
素直に褒めたつもりなのに、ますます怒り出すエミリー。
そんなエミリーから、僕は渾身の一撃を喰らったのだった。
その後パーティーは大人だけの時間となり、僕とアイリスは家路に就いた。
帰りの馬車の中。
(結局、ケイトと全然話せなかったな)
なんて考えていると、アイリスが身に付けているイヤリングとネックレスが目に入る。
瞳の色と同じペリドットが、薄茶色の髪から覗く耳元と首元で揺らめいていた。
「アイリスはいつもそのアクセサリーだね。デビュタントの時もそれだったろ? たまには違うのにすればいいのに。ジェレミーに買ってもらいなよ。あいつの小遣いなら、ピンクダイヤモンドだって買えるかもしれないな」
呆れたような表情で、僕に視線を移すアイリス。
「私はこれが気に入っているのよ。11歳の誕生日に、セリーヌ姉様が贈ってくれたものだから」
「知ってるよ。支払いをしたのはセリーヌ姉様だけど、僕も一緒に選んだんだから」
「そうだったの? それは知らなかったわ」
両耳からイヤリングを外したアイリスは、それを掌に乗せて、大切な宝物のように見つめた。
「これはね、私が生まれて初めて貰った贈り物だったの。だから、このペリドットのアクセサリーは特別なのよ。それに、私とジェレミー、今お小遣いを貯めているの。だから、余計なものは買わないと決めているのよ」
「はっ?」
「将来、字の読み書きを教える学校を建てるためにね」
「そんなのシュナイダー家……、いや、シュル……とにかく、ジェレミーの家の財力に頼ればいいじゃないか」
「それじゃあ、私がジェレミーの家の財産目当てみたいじゃない! そんなつもりはないってわかってるくせに!」
「ごめんアイリス、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
口を尖らせて、勢いよく顔を反らすアイリス。
どうやら今日は、尽く女の子を怒らせてしまう日のようだ。
「ところでアイリス、そのペリドットがイミテーションだとしたら、君はどう思った?」
アイリスは、もう一度掌のアクセサリーに視線を落とす。
「そんなの関係ないわ。もしイミテーションだとしても、これは何にも代え難い、私の大切な宝物よ」
「だけど、女の子にとって宝石は特別だろ?」
「特別なのは宝石じゃない。そこに込められた気持ちよ。気持ちの込もった贈り物なら、本物じゃなくなっていい。偽物だっていいの。何なら、その辺に生えている草だって嬉しいわ。贈り物ってそういうものでしょ?」
そう言って、静かに微笑むアイリス。
アイリスが急に大人びて見えて、僕は少しだけ、置いてきぼりになったような気がするのだった。
宝石商から、ピンクダイヤモンドのイミテーションが見つかったと連絡があったのは、春休みが始まってすぐのことだった。
花と宝石は揃った。後は満天の星だ。
「なあ、アイリス。春休みも始まったことだし、ケイトに遊びにきてもらいなよ。ジェレミーも誘ってさ。何なら泊まってもらえばいいんじゃない?」
「泊まってもらって何をするっていうのよ」
「何って……パジャマパーティーさ!」
「パジャマ……パーティー!」
僕の提案に、アイリスの瞳がぱっと輝く。
「ルクス! あなたって天才なの? パジャマパーティーを思いつくなんて!」
だけどすぐに、僕は激しく後悔することになった。
(失敗した! このままじゃ、求婚する時にパジャマ姿ってことになるぞ)
わかっている。アイリスとジェレミーに、ケイトに求婚すると話せばいいだけだ。二人とも喜んで協力してくれるだろう。だけど……。
(この二人、絶対に顔に出るタイプだよな)
もし二人の態度からケイトに気付かれでもしたら、すべてが台無しになってしまう。
(仕方がない。パジャマだって何だっていい。大事なのは、花と宝石と満天の星なんだから)
パジャマパーティーの日がやってきた。
空から星が降ってくるような、満天の星が煌めく夜。
パジャマ姿でお菓子を食べながら、パジャマパーティーを満喫しているアイリスとジェレミー。
そんな二人を微笑ましそうに見つめているケイトに声をかけた。
「ケイト、庭園に行かない?」
「……? いいわよ」
不思議そうに首を傾げながらも、了承してくれるケイト。
僕は内心ほっとしながら、ケイトを庭園に案内した。
誰もいない夜の庭園。
月の光を浴びた花たちが、昼間とは違う表情を見せながら風に揺れていた。
その庭園の真ん中で、僕は片膝をついて跪いた。求婚の時、ジェレミーがそうしていたように。
「ケイト・ベアール。僕の婚約者になって下さい。そして、将来僕と結婚してください」
大きく見開かれる、戸惑いを滲ませたローズピンク色の瞳。
「ルクス、私は……」
「言わないで、ケイト。ケイトが平民だって構わない。僕はケイトがいいんだ。どうか、僕の気持ちを受け取ってほしい」
庭園に隠していた薔薇の花束を渡すと、おずおずとしながらもケイトがそれを受け取る。
それから僕は、ポケットから取り出した指輪ケースの蓋を開けて、ケイトの前に差し出した。
「私の瞳と同じ色……。凄くきれいね。こんなに珍しい色の宝石、探すのに苦労したでしょう?」
「実は、このピンクダイヤモンドはイミテーションなんだ。本物はとてもじゃないけど手が出なくて……」
情けない声を出す僕に、ケイトがはにかんだように微笑む。
「いいえ、本物だわ。あなたが私のために探してくれて、私に贈ってくれた、あなたの気持ちが込められたこの宝石は、私にとっては本物のピンクダイヤモンド……ううん。それ以上に素敵な贈り物よ」
指輪ケースから指輪を取り出し、ケイトの左手薬指に嵌める。
メレダイヤで囲まれたイミテーションのピンクダイヤモンドが、ケイトの白く細い指で輝いていた。
「ケイト・ベアール、どうか返事を」
「ルクス・クロフォード、私も……あなたが好きです」
月明かりの下、僕を映すケイトのローズピンク色の瞳は、今日も優しく、そして温かい。
震える手で、ケイトの頬に触れる。
その先のことは……。
恥ずかしいので、僕とケイト、二人だけの秘密だ。
ケイトと共に父の元を訪れたのは、それから2週間後のことだ。
「彼女は王立学園のクラスメイトで医者の娘、ケイト・ベアールです。僕は彼女と婚約し、将来妻として迎えたいと考えています。僕たちの婚約を了承してください」
「うん。わかった」
「はっ?」
「えっ!?」
僕とアイリスの声が、同時に書斎に響く。
「ケイト君といったね。君、平民の医者と結婚した、ランプリング伯爵令嬢の娘だろ? その特徴的なローズピンクの瞳は、ランプリング伯爵家に代々伝わるものだ」
僕は、隣に立つケイトに聞こえないくらいの小さな溜め息をついた。
(ったく、何でもお見通しなのかよ、この人は)
「ルクスはまだまだひよっこだ。着飾るしか能のない貴族令嬢と結婚するより、君のようにしっかりしたお嬢さんと結婚した方が、ルクスのため、ひいてはクロフォード家のためになる。ところでケイト君、ランプリング家が所有するダイヤモンド鉱山だが、現当主の手に余っていると聞いている。もしよければクロフォー……」
「父さん!」
父の言葉を慌てて遮る。
(この業突く張りタヌキ親父め! 油断も隙もあったもんじゃないな)
父の書斎を出ると、一気に疲れが押し寄せていた。
「アイリス……、僕はあのタヌキ親父に、一生敵いそうにないよ」
僕の言葉を聞いたアイリスは、顔を引き攣らせて苦笑いをするのだった。
それから数週間が過ぎたある週末、アイリスを森へ誘った。
いつもの岩の上に、空から光の柱が降り注いでいる。
この場所で、初めてアイリスに会った日のことを鮮明に憶えている。
思えばあの日から、全てが動き出したんだ。
「アイリス」
僕は、ずっと言いたかったことを言葉にした。
「アイリス。君のおかげで、僕はここまで生きてこられた。本当にありがとう」
アイリスは「大袈裟ね」なんて言うけれど、大袈裟なんかじゃない。君がいなければ、僕はもう一度死んでいた。
(アイリス、どうして僕たちは、10歳の自分に生まれ変わったんだろう。双子の僕たちが揃いも揃って不幸を背負い込んでいるものだから、憐れに思った神様が機会をくれたのかな? 人生を、自分の力で切り開く機会を)
「帰りましょう、ルクス」
「ああ。帰ろう、アイリス」
それから僕達は、秘密の森を歩いていく。
二人、肩を並べて。
月日は流れ、王立学園を卒業する日がやって来た。
卒業式の朝、届いたのは母からの手紙。
『ルクスへ』
封筒に書かれている文字は、間違いなく母の字だ。
少し考えた後、封を切らずに机の引き出しにしまった。
その手紙を、読みたいとは思わなかった。
(だって、僕は今、幸せだから)
ルクス、それは“光”。
“光”、それは「希望」だ。
膜が張ったように働かない頭。
少し動くだけで息苦しくなる呼吸。
それが僕、ルクス・クロフォードの体だ。
そんな僕から離れようとしない母と、母の機嫌を伺うだけのメイドたち。
母は家族の前では平静を装っているけれど、僕の部屋の中では途端にヒステリックになる。
僕の爪を少し切りすぎたメイドは屋敷を追い出され、僕が鼻血を出すと、その場にいたメイドはみな鞭で打たれた。
「あなたの為なのよルクス。全てはあなたの為なの」
僕は、僕のせいでメイドは仕事を失い、鞭で打たれるのだと思う。
母がヒステリックなのも、片時も僕から離れようとしないのも、僕の体が弱いせいなのだ。
家族は父と母と二人の姉、それから“あの子”だ。
初めて“あの子”の存在に気づいた時、“あの子”は僕にしか見えていないのだと思った。
だって、家族の誰も“あの子”に話しかけないし、見向きもしない。
父はいつも、上の姉のセリーヌに勉強は捗っているかと聞き、二番目の姉ジュリアには何か欲しいものはないかと聞く。だけど、“あの子”には何も聞かない。視線すら向けない。
やっぱり僕以外には見えていないんだと思うけれど、メイドは“あの子”の前に皿を置く。
(……?)
“あの子”が僕の双子の妹アイリスだと教えてくれたのは、母の機嫌を伺うだけのメイドたちの中で、唯一僕自身を気にかけてくれるタチアナという名前のメイドだ。
僕は思う。
もし僕があんな風に無視をされ、いないもののように扱われたら、食堂で食事をするなんてとてもじゃないけど出来ない。
(アイリスは、きっともの凄く強い子なんだ)
週に二度は、熱のせいでベッドから起き上がれなくなる。
ベッドに沈み込む、いつも以上に怠くて重たい体。
僕が熱を出すと母のヒステリーが激しくなるので、メイドたちは苦しむ僕の耳元で溜め息をついたり舌打ちをしたりする。
「また熱が出たわ」
「奥様の機嫌が悪くなるじゃない」
母といえば、看病してくれるわけでもなく、ベッドに横たわる僕を見下ろして独り言を呟くだけだ。
「何で? どうしてなの? ロザンナ先生の教えを守っているのに……! やっぱりそうなのね。双子の呪いよ! あの子……あの子のせいなのね! あの子のせいでルクスは……!」
何人もの医者が入れ替わり立ち替わりやって来て、僕の体を診察した。
だけど、同じ医者は二度と訪れない。
母が次々に出入り禁止にしていると知ったのは、だいぶ後になってからのことだ。
とうとう貴族御用達の医者がいなくなり、町医者を呼ぶことになった。
やって来たのは、腕が良く、平民たちからの信頼が厚いと評判の、ベアールという名前の医者だった。
全てを包み込むような、温かな目をしていた。
「君はとても強いですね」
その温かな目に僕を映しながら、ベアール先生が言った。
「僕が……ですか?」
「はい。君の体は生きようとしています。懸命に。熱が出るのはその証拠です」
「そうなのですか?」
「熱は、体が病気と戦っている反応なのですよ」
熱が出ることへの恐怖が、少しだけ和らいだ。
だけど、僕はわかっていた。この人も、二度とここへは来ないだろう。
その証拠に、母は平民だと見下して、ベアール先生の顔を見ようともしない。
その日の午後、母がベアール先生を出入り禁止にしたとタチアナが教えてくれた。
だけど……。
「奥様、先日の平民の医者が、また門の前に来ているそうです。どうしてもルクス様を診察させてほしいと」
メイド長がそう伝えると、母は苦虫を噛み潰したような顔をして窓の外を睨んだ。
「これだから平民は! 伯爵家の専属医になれる機会を逃したくないからと必死になって。まるで、纏わりついてくる蝿のようね」
それから少しして、事件が起きた。
それは、母が湯浴みに行っている間のことだった。
寝支度を終えた僕は、ベッドに入り天井を見つめていた。
ちょうど、メイドが交代するタイミングだった。
周囲を警戒しながら、僕のベッドに近づいてくるタチアナ。
小さな声で僕の名前を呼んだタチアナは、ハンカチに包まれたパンとチーズを差し出した。
「ルクス坊ちゃま、私はベアール先生の所へ行ってきました。そして聞いたのです。坊ちゃまは、栄養のあるものを食べなければならないと。今日はこれを持ってくるのが精一杯でした。だけど、このチーズには、坊ちゃまに必要な栄養が沢山入っているそうなのです。どうかこれを食べてください」
僕が手を伸ばそうとしたその時、
「おまえ! 何をやっているの!?」
部屋の中に、母の怒号が響く。
母の命令で、他のメイドたちに引きづられていくタチアナ。
タチアナが持ってきたパンとチーズは、踏みつぶされてぐちゃぐちゃになっていた。
「タチアナ!」
「ルクス坊ちゃま! どうか……どうか……生きて!」
その後、タチアナの姿を二度と見ることはなかった。
16歳の夏、突然の高熱が僕を襲った。
その熱は、いつもの熱とは違っていた。
体中が引き裂かれるような激しい痛みと息苦しさ。
朦朧とする意識の中で思う。
(ああ、だけど……。僕は、やっと死ねるのかもしれない。やっと解放されるんだ。最後に一目だけでいい。タチアナに、あい……た……い……………)
「ルクス坊ちゃま、お目覚めですか?」
懐かしい声で目が覚める。
「……タチ……アナ?」
そうして僕は、10歳の僕に舞い戻っていた。
言うことを聞かない重たい体。
膜が張ったように働かない頭。
少し動くだけで息苦しくなる呼吸。
10歳の自分に戻ったからといって、死ぬ前と何も変わりはしない。それなら、僕は何のために人生をやり直しているのだろう。
(ああ、そうか。ここは地獄だ。苦しみしかない人生をもう一度繰り返す地獄。僕はその地獄に落ちたんだ)
そうとわかれば、やることは一つだけ。
この苦しみに耐え、刻まれていく時間をただやり過ごせばいい。死ぬ前と同じように。
母とメイドたちに監視されながら、母の言いつけ通りに行動する。
食べるもの、食べる順番、それすらも母が決める。僕は黙って、味のない野菜を食べるだけだ。
何てことはない。僕の人生はずっとこうだったのだから。
唯一の救いは、タチアナが側にいてくれることだ。
もしこの地獄で何かを変えられるなら、僕はタチアナを救わなければならない。
勉強の時間は、死ぬ前と変わらず苦ではなかった。
特に好きなのは、キース・キャンベル先生の授業。
一度習っているので、前の人生で理解しきれなかった部分も理解できる。
キース先生は、体の弱い僕を前にしても、同情や憐れみの表情を見せたりはしない。
正解すれば褒めて、間違っていれば的確な指摘をするだけだ。
何より嬉しいのは、キース先生の授業の間は母が側にいないこと。
母の言いなりになっている他の教師とは違い、母が授業を見張ることを、キース先生はきっぱりと拒絶してくれから。
その代わり、美丈夫のキース先生の目に留まろうと、授業に付き添う権利を、メイドたちが目を吊り上げて争っていた。
勉強の時間は好きだったけれど、授業の後は疲れからかいつも以上に体が怠い。
何かに押さえつけられたように重たい体を、やっとの思いで動かしてベッドに沈める。
(大丈夫。いつものことさ)
地獄は死ぬ前と変わらず、僕に苦しみを与えながら時を刻んだ。
そうして、あの人がやって来た。
ベアール先生。
母に出入り禁止にされても、僕を診察しようと屋敷に通い詰めたあの町医者だ。
その目は、やはり全てを包み込むように温かかった。
この先何が起こるのか、僕は知っている。
僕はタチアナを救わなければならない。
だけど、僕は失敗した。タチアナを救うことができなかった。
あの日と同じようにパンとチーズを持ってきたタチアナは、あの日と同じように母に見つかり、あの日と同じように引きづられていった。そして、二度と姿を現さなかった。
僕は思う。
僕を苦しめるために存在するこの地獄で、何かを変えることなどできはしないのだ。
時々、母やメイドの目を盗んで窓から外を眺めた。
日に当たるのは体によくないと、窓辺に立つことすら禁じられていたから。
日の光には、何か体の害になる物質が含まれているのだそうだ。だから、屋敷の外に出ることも許されていなかった。
それに、外へ出て万が一怪我でもすれば、傷口から悪いものが入り大変なことになるのだという。
母はいつも、最悪の事態ばかり考え、恐れていたのだ。
ある日、裏庭を足早に歩いて行く“あの子”を見つけた。
(アイリス!)
この地獄の中で、アイリスは変わらず家族に無視され、母に憎まれていた。
裏庭を突っ切ったアイリスは、その先にある小さな森の中へと入っていく。森になんて入ったら、どんな怪我をするかわかったものじゃないのに。
だけど、僕は気になって仕方がなかった。その先に、何があるのだろうかと。
ある日、チャンスが巡って来た。
その日は定期的に屋敷を訪れる来客があり、母はその客人の相手をするために僕の監視をメイドに任せた。
ロザンナ・キンバリー。
香水の匂いをプンプンさせて、蛇のような狡猾な目をしながら下品に笑う女。あれで国一番の栄養学士らしい。
たけど、考えてみたら妙な話だ。
ロザンナ・キンバリーの教えを忠実に守っても、僕の体の不調は一向に改善しないし、それどころか、僕は16歳で死を迎えるのだから。
それなのに、母はロザンナ・キンバリーを盲目的に信じ、僕が病弱であることを双子の呪いのせいだと決めつけている。
(あの女は大嫌いだ)
二人は話し始めると長い。
メイドの隙をついて部屋を抜け出した僕は、屋敷を出て裏庭を突っ切り、森の中へと入った。
だけど、すぐに後悔した。
舗装されていない道のせいで、一歩進むだけで体力が奪われていく。森が深くなるほどに、呼吸が激しくなっていった。
(引き返したほうがいいだろか……)
だけど、自分の部屋には戻りたくなかった。
(あの部屋で、お母様やメイドたちに一挙手一投足を監視されるのはもううんざりなんだ)
重たい体を引きずりながら、僕は一歩一歩先へ進んだ。
道が緩やかにカーブを切った先、鬱蒼と生い茂る木々に隠されるようにして、その開けた場所はあった。
人が一人寝転べるくらいの大きな岩があって、僕に登れと言っているような気がした。
やっとの思いで岩に登ると、楕円形に切り取られた空から光が降り注ぎ、僕を包み込む。
(やっぱりそうだ。ここは地獄なんだ。そして、あの光の先に天国があるんだ)
その時、人の気配を感じてそちらを見た。
「アイリス?」
そこに、“あの子”が立っていた。
薄緑色の瞳を眩しそうに細めながら、こちらに向かって歩いてくる。
僕と一緒に生まれた僕の片割れ、双子の妹、アイリス・クロフォード。
死ぬ前と違うことが起こり出したのは、それからだ。
ある日の授業の始まり、キース先生が言った。
「本日から、庭園の奥にあるガゼボで授業をすることになりました。もちろん伯爵夫人の許可は得ていますよ。さあ、帽子を被って下さい」
屋敷からガゼボまでの、舗装された道を歩く。
少し歩くだけで息が上がり、足を一歩前に出すのがつらい。
息苦しさと、思うように進まないもどかしさ。
体は鉛のように重く、ガゼボまで永遠に辿り着かないような気さえする。
だけど思う。
日の光とは、こんなにも気持ちの良いものなのかと。
ガゼボに辿り着き、差し出された水を飲む。
呼吸が落ち着いてから、キース先生に尋ねた。
「なぜ、急にガゼボで授業をすることになったのですか?」
「提案したのはアイリス様ですよ。屋敷からガゼボまで歩けば、いい運動になると」
(……? 僕が以前と違う行動をして森でアイリスに会ったから、アイリスの行動が変わったのか? ……いいや、違う、そうじゃない)
僕は、最近感じていた違和感を思い出した。
死ぬ前の人生で、キース先生がアイリスの家庭教師をしたことなどない。
それに、僕がこの地獄で目覚めた直後から、アイリスは食堂に来ていなかった。
どんなに無視されようとも、以前は食堂での食事を欠かしたことなどなかったのに。
(アイリス……。もしかして君も?)
アイリスがやって来た。
包み紙を開けて、丸くて黄色いものを僕に差し出す。
「これは、卵パンです」
疑問が確信に変わる。
この地獄で、僕が死ぬ前の人生と違う行動をしているのはアイリスとキース先生だけだ。
だけど、キース先生は違う。何故なら、キース先生に違う行動をさせているのはアイリスだからだ。
(アイリス、君もそうなんだね)
それは、強い確信だった。
(アイリス。君は一度死に、人生をやり直しているんだね。僕と同じように)
その日、ガゼボでの授業の合間に、キース先生が言った。
「卵と牛乳はたんぱく質が豊富で、砂糖はエネルギーになります。もちろん野菜も体に良い食べ物ですが、食べ物にはそれぞれ異なった栄養素が含まれているのですよ。大切なのは、バランス良く食べることですから」
キース先生が嘘を教えるはずがない。
ロザンナ・キンバリーの言葉はすべて戯言だったのだ。
(もしかして、この体の不調は全てそのせいだったんじゃ……?)
僕は、タチアナの言葉を思い出した。
「ルクス様、私はベアール先生の所へ行ってきました。そして聞いたのです。ルクス様は栄養のあるものを食べなければならないと」
あの医者も、タチアナも正しかったのだ。
授業を終え部屋に戻った僕は、母にそのことを話した。
「お母様! ロザンナ・キンバリーの言葉は全て戯言だったのです。野菜だけを食べるのは却って体に良くないのです。あらゆる食品をバランス良く食べることが大切で、そうしなければ健康な体は作られないのです」
「ルクス!」
僕の言葉を、母の金切り声が遮る。
「誰に何を吹き込まれたのルクス! ロザンナ先生は国で一番の栄養学士なのよ! 戯言を言うわけがないでしょう! ああ、あの子なのね。あの子があなたにおかしなことを吹き込んだのね? 信じてはいけないわルクス。あの子はあなたの体が病弱になったのを、ロザンナ先生のせいにしようとしているのよ。本当は双子の呪いのせいなのに……! なぁんて悪い子なのかしら。まるで悪魔ね!」
そう話した母の海の色の瞳の中で、得体の知れない黒いものがぐるぐると渦巻いていた。
そうして、僕は気づく。
母は、とうに正気を失っていたのだ。
(このままではダメだ)
だってアイリス。
僕たちは何の力も持たない無力な子供だ。君は、自分の境遇を改善するだけで精一杯だっただろう。
それなのに、君は僕のために行動してくれた。僕を救おうとしてくれた。
その思いに、僕は応えなくてはならない。
(生きなければ……!)
高熱を出して死んだのは16歳の夏。まだ時間はある。
時間がかかってもいい。何としてでもこの現状を変えなくては。
ここは地獄なのかもしれない。いや、地獄だっていい。それでも、僕は抗い、立ち向かうんだ。
生きるために。
最初の目標は、ガゼボまで休まずに歩けるようになることだ。
それから、卵パンをいくつか作って持ってきてほしいとキース先生にお願いする。
メイドがティーセットを取りに行っている間に、キース先生から渡された卵パンにかぶりつく。
普段食べている新鮮だが味付けのされていない野菜。それとは比べものにならないくらい美味しいけれど、固いものを食べ慣れていない喉は卵パンを受け付けない。
それでも、これが僕の体内で栄養に変わるのだと思い、懸命に飲み込んだ。
残りの卵パンは、勉強道具に紛れさせて部屋に持ち帰る。
小分けにちぎってポケットに忍ばせ、母やメイドの目を盗んでは口に運んだ。
幸いにも、キース先生の言葉に乗っかり、「将来立派な当主になるために、僕は一人でいることに慣れるべきでしょう」と宣言したおかげで、監視の目は以前よりも和らいでいた。
キース先生の授業がない日は、ベッドで横になるからとメイドを下がらせ、それでも部屋の外で見張ろうとするメイドの気をあの手この手で逸らせて森へ行った。
舗装されていないけもの道を、一歩一歩踏みしめながらゆっくりと歩く。開けた場所に出ると、いつもの岩の上で日の光を目いっぱい浴びた。
アイリスに会えるかもと期待したが、あの日以来アイリスに会うことはなかった。
数ヶ月が過ぎた頃には、休まむことなくガゼボまで辿り着けるようになっていた。
相変わらず息は上がるが、上がる体温と滲む汗が心地いい。卵パンも楽に喉に入ってくる。
あんなに重怠かった体が少し軽くなり、自分の意思通りに動くようになる。
頭痛が和らぎ、思考が鮮明になる。
それから、週に二度は出ていた熱が、2週に一度になった。
僕がこの体で目覚めてから8ヶ月が過ぎた頃、母が言った。
「今年のあなたの誕生日パーティーには、家族以外の者も何人か招待しましょう」
僕が熱を出す頻度が減ったので、母は上機嫌だ。
「ロザンナ先生の健康法が、やっと効いてきたのね」
なんて、見当違いのことを言っている。
まず、キース先生に渡す招待状を書いた。
それからもう1通。
僕は、アイリスを呼ぼうと決めていた。
協力者には、姉のセリーヌを選んだ。
セリーヌとアイリスは、最近本を通じて親しくしているらしい。
それに、「セリーヌ姉様に勉強を教えてもらいたい」と頼むと、「まあ、セリーヌなら」と、母はセリーヌの部屋に通うことをあっさりと許した。
セリーヌの部屋に仕立て屋を呼び、アイリスのドレスを仕立て、アクセサリーを選ぶ。
もちろん宝石はペリドットだ。ドレスのサイズは、アイリス付きのメイドであるマリーがこっそり教えてくれた。
マリーは、タチアナのように柔らかく笑う人だ。
三日月の形になる栗色の瞳が可愛らしい。
そして僕は、アイリスの側にマリーのようなメイドがいてくれて良かったと思う。
そうして、誕生日パーティー当日。
セリーヌと連れ立って来たアイリスに気づくと、母の顔色がさっと変わった。
海の色の瞳が、凍てつくように冷たく光る。
僕の隣の席に座るようアイリスに促すと、母はそこはアイリスの席ではないと言った。
「いいえ、お母様。ここはアイリスの席です。今日はアイリスの誕生日でもあります。アイリスは僕の双子の妹なんですから」
その瞬間、母はいつもの耳障りな金切り声を上げた。
その後は散々だった。誕生日パーティーはめちゃくちゃになった。
だけど、分かったことが幾つかあった。
まず、双子の呪いなど存在しないこと。
僕が頻繁に熱を出していたのは、野菜しか食べず、日光に当たらなかったせいで、免疫力というものが低下したのが原因であったこと。
ロザンナ・キンバリーが栄養学士というのは真っ赤な嘘で、その偽物を母に充てがったのは、母の友人サルバドール子爵夫人と、セリーヌの婚約者アラン・サルバドールであったこと。
そして、全ての黒幕が二番目の姉ジュリアだったこと。
ジュリアが僕を憎んでいたこと。
僕を殺す計画を立てるほどに。
それからもう一つ。ジュリアが持っていた赤黒い毒薬。16歳の僕を殺したのは、きっとその毒薬だったのだ。
母とジュリアは、療養のため田舎にある領地に行くことになった。
ジュリアを恨む気持ちはあった。ジュリアが計画を遂行しなければ、僕の長い苦しみはなかったのだから。
簡単に許せるものではない。それ程つらい時間だった。
だけど、ジュリアの気持ちは理解できた。
ジュリアは、ただ母からの愛が欲しかったのだ。
僕にとって重荷でしかなかった母の愛が、ジュリアにとっては絶対だったのだ。
母とジュリアを見送った後、父が謝罪をした。
「ルクス。お前にも謝らなければならない。私が何も見ていなかったせいで、長い間お前を苦しませてしまった。本当にすまなかった」
母を追い詰め、僕たちの苦しみに見て見ぬふりをし続けた父。一番罪深いのは、間違いなく父だ。
僕は、許すとも許さないとも言わなかった。
許すと言わないのは、許さないのと同義だ。
僕の気持ちは、父に伝わっただろう。
父はアイリスにも謝った。
アイリスはただ一言、「いいんです」と答えた。
それは、許すという意味じゃない。
最初からあなたからの愛など望んでいない。だから謝る必要はない。そういう意味だ。
その言葉の意味も、父に伝わったようだ。
僕の答えとアイリスの答え、どちらが父にとって残酷だっただろう。
いずれにしろ、父はこの短い間に随分老け込んだように見える。
僕は思う。
僕たちは、まだ何の力も権限もない子供だ。
だから、せいぜい利用してやるのだ。僕がクロフォード伯爵家の当主になるその日まで。
それが、僕の復讐だ。
その後、本物の栄養学士が屋敷にやってきた。
肉、魚、卵、野菜、牛乳、チーズ、海藻。
栄養満点のバランスの良い食事が、毎日テーブルの上に並ぶ。
始めはスープだけだったのがオートミールになり、そのうちみんなと同じようにパンや肉料理が食べられるようになった。
僕が初めて食事を平らげた日、コックは厨房で泣いたらしい。僕が野菜しか食べていないことに、ずっと心を痛めていたそうだ。
そして思う。
ここは地獄なんかじゃない。
僕とアイリスは、人生をやり直すために生まれ変わったんだ。
そうして、1年半が過ぎた。
僕とアイリスは、もうすぐ王立学園に入学する。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
最初は気分が良かった。
金髪の王子様なんて呼ばれて、女の子たちの注目を浴びるのは満更でもなかった。
一度目の人生では学園に通うことすら叶わず、女の子といえば姉と妹としか話したことがなかったのだから、少しくらい浮かれるのは大目に見てやってほしい。
だけど、すぐに飽きてしまった。
貴族令嬢特有の、語尾を伸ばした独特の話し方が癇に障る。
腹の探りあいや、遠回しに相手を貶めようとする会話。その全てに疲れてしまった。
おまけに、彼女たちの香水臭さといったらない。鼻がもげそうだ。
アイリスは、早速友達を作っていた。
ケイト・ベアール。
平民だ。父親は医者らしい。
(ベアール……。医者?)
その眼差しをよく覚えていた。
全てを包み込むように温かく、そして、僕を救わんとする強い意志が宿ったアッシュブラウンの瞳。
瞳の色は違うけれど、彼女の瞳は、あの日見たベアール先生の瞳と同じだった。
それから、彼女の姿を目で追うようになった。
成績は良いが、それを鼻にかけたりはしない。
冷静で周りをよく見ていて、常に気を配っている。
困っている人がいれば手を差し伸べ、それを恩に着せたりはしない。
口数は少なくめったに笑わないが、時折見せるはにかんだような笑顔が可愛らしい。
ローズピンク色の瞳は不思議な虹彩を放ち、一度見たら忘れられないほど神秘的でありながらも、その眼差しは優しく温かかった。
彼女のことは気になったけれど、どうにもならないことはわかっていた。
未来のクロフォード伯爵家当主が、平民の娘とどうこうなるなど許されるはずがない。
そんなある日、ケイトから誘いを受けた。
「週末に、祖父母の家の茶会に来ない?」
祖父母の家で茶会?
ツッコミどころは満載だったが、誘われたのが僕一人だけだということに舞い上り、細かいことは気にならなかった。
そして週末、花束と手土産のお菓子を持って、ケイトの祖父母の屋敷を訪ねた。
白い壁の可愛らしいカントリーハウス。
その門の前で、橙色のワンピースを着たケイトが立っていた。
初めて見る私服姿に心が躍る。
手入れの行き届いた美しい薔薇園。
外観と同じく、屋敷の中も木の温もりが感じられ居心地が良い。
案内された客室に、品の良い老紳士と夫人が立っていた。
「はじめまして。よく来てくれたわね。私はケイトの祖母のサマンサ・ランプリング。こちらは夫のジャン・ルイ・ランプリングよ」
(……ランプリング!)
その名前を知らないはずがない。
国で最も大きなダイヤモンド鉱山を所有するランプリング伯爵家。
ケイトの祖母の、ケイトと同じローズピンク色の瞳を見た時全てを察した。
ケイトは、ランプリング伯爵家の血を引く女の子だったんだ。
茶会は本当に楽しかった。
息子に家督を譲った前伯爵夫妻は、社交界から距離を置き、今はこのカントリーハウスでゆったりした時間を楽しんでいるのだそうだ。
「娘は平民になったけれど、娘の夫は誠実で心が清らかな人なの。娘は幸せそうだし、何よりこんなに可愛い孫娘と出会わせてくれたのだから」
「お祖母様ったら! 恥ずかしいわ」
学園にいる時より表情が豊かなケイト。
この穏やかで楽しい時間が、ずっと続けばと思うほどだった。
茶会がお開きになろうという頃、ランプリング前伯爵夫人が言った。
「実はね、今日あなたに来てもらったのには理由があるの」
それから、ドアの陰に立っているメイドに声をかける。
「来てちょうだい」
メイドが姿を現した時、僕の口からこんな言葉が溢れた。
「……タチアナ?」
そこに立っていたのは、僕が唯一心を許したメイド、タチアナだった。
僕のために母に逆らい、屋敷を追われ、二度と会えなくなったタチアナ。
「タチアナは、働いていたお屋敷から逃げていたのを父が保護したの。それから少しして、お祖父様とお祖母様の元でメイドとして働くことになったのよ。あの頃は私も幼かったけど、クロフォード家の坊ちゃまのお世話係をしていたと一度だけ聞いたことがあって……。それで、この茶会の席を設けてもらったのよ」
ケイトの言葉は、途中から聞こえていなかった。
両方の目から、涙が滝のように溢れて止まらなかったから。
ついでに鼻水も垂れてくる。
(ケイトが見てるのに、金髪の王子様なんて言われてるのに、めちゃくちゃかっこ悪いな、僕)
「ルクス坊ちゃま!」
僕を抱きしめたタチアナが、背中をそっと撫でる。
それから、エプロンで鼻水を拭いてくれる。小さい頃、そうしてくれたように。
(あーあ、情けない。だけど……もういいや)
タチアナに抱きしめられながら、僕は声を上げて泣いた。
(懐かしい匂いがする。タチアナの匂いだ。ああ、この匂いって、陽だまりの匂いだったんだ)
その後、ランプリング前伯爵夫妻の好意で、タチアナと二人きりで話すことができた。
「タチアナ、元気そうで良かった」
「はい。ご夫妻はとても良い方で、使用人の事も大切にして下さいます。それに、縁あってこちらで働いている御者と結婚して、子供も二人いるんですよ」
「それはおめでとう! だけど、坊ちゃまはやめてほしいな……」
「私にとって坊ちゃまは坊ちゃまです。ルクス坊ちゃま、いつか私の家族にも会って下さい。子供たちにも、いつも話しているんです。今の屋敷に来る前に仕えていた坊ちゃまは、病に侵され苦しい思いをしながらも、周りに八つ当たりなどせず、黙って耐えることができる強い方だと」
「……タチアナ、これ以上泣かせないで。目が開かなくなる」
「ふふふ。わかりました、坊ちゃま」
そう言ったタチアナは、あの頃と同じように柔らかく笑う。
それから、近々タチアナの家に遊びに行くことを約束して、玄関の前で別れた。
門の前には、出迎えてくれた時と同じように、僕を待つケイトの姿があった。
「どうしたの? 変な顔をして」
「情けなくてさ。金髪の王子様なんて呼ばれてるのに、あんな姿、笑っちゃうだろ?」
僕の問いかけに、真剣な顔をしたケイトが真っ直ぐに僕を見る。
「笑わない。絶対に笑わないわ、ルクス」
ケイトのローズピンク色の瞳は、全てを包み込むように温かい。
もう、自分の気持ちに嘘はつけない。
僕はケイトのことが好きなんだ。
だけど、例えランプリング伯爵家の血を継いでいるとしても、ケイトは平民の父親を持つ平民だ。あの父が簡単に許すとは思えない。
(ここは慎重にいかないと……)
僕は、ケイトに告白するタイミングを慎重に見極めようと決めた。
夏、学園祭が近づいていた。
ダンスパーティーのパートナーには、誰も誘わなかった。
ケイトが他の女の子たちに何か言われるのは嫌だったし、何より、アイリスが無事に婚約破棄できるかの瀬戸際だったから。
アイリスと婚約者のドミニク・カスティル。二人が上手くいっていないことには薄々気がついていた。
だってアイリスときたら、ドミニクの名前を聞いただけで苦虫を噛み潰したような顔をする。
二人の婚約破棄に人肌脱ごうと思ったのは、アイリスに恩返しがしたかったからだ。
そして、クロフォード家に借金の肩代わりをさせておきながら、それを隠して悪口を吹聴するカスティル公爵が許せなかったから。
だけど、アイリスはセーラ・アングラードに接触するのに手こずっていて、作戦は一向に進まない。
アイリスがセーラに接触できたのは、学園祭の前日だった。
学園祭初日。作戦の決行日だ。
近くに待機して様子を窺う。僕の計画は完璧だ。それなのに……。
セーラ・アングラードと抱き合っている(正確にはセーラに抱きつかれている)くせに、不貞などしていないとのたまうドミニク。
しゃしゃり出てくる第二王子。
おまけに婚約破棄裁判ときた。
(大変なことになったぞ!)
その夜、セリーヌの部屋の前で何時間も待った。
困った顔をしているセリーヌ付きのメイドは可哀想だったが、今日セリーヌに会わなければ、明日アイリスの名誉に傷がついてしまうかもしれない。
「ルクス!?」
セリーヌが帰って来たのは、夜の10時を過ぎた頃だった。
「セリーヌ姉さん!」
僕は、セリーヌに事の次第を話した。
真剣な表情で話を聞いていたセリーヌは、僕が話し終えた瞬間、にやりと笑ってこう呟いた。
「ふふふ。腕がなるわね」
僕は思う。
(この人、絶対に父親似だよな)
婚約破棄裁判は無事に終わり、アイリスとドミニクの婚約は正式に破棄された。
クロフォード家は一切の損をせず、アイリスの名誉に傷がつくこともなかった。
そうはいっても、これ程の騒ぎになってしまったのだ。父に怒られることを覚悟していたけれど、カスティル公爵の不様な姿を見られたのが余程嬉しかったのか、上機嫌な父からは何のお咎めもなかった。
それにしても……。
「あの人、あんなに明るかったっけ? 人格変わったんじゃない?」
婚約破棄裁判が終わった直後、隣に立つセリーヌに囁くと、セリーヌは小さなため息をついた。
「お父様のこと? お母様がいなくなったからでしょうね。なぜかはわからないけれど、お母様に随分遠慮していたようだから」
「遠慮? 何でそんなこと……」
「さあ。何か後ろめたいことでもあったんじゃない? いずれにしろ、あれがあの人の本来の姿ということよ。だけどね、ルクス。あなたは許す必要はないのよ。誰のこともね」
そう言って、海の色の瞳に僕を映すセリーヌ。
僕は答えた。
「わかってる。セリーヌ姉さんもね」
これで、アイリスとジェレミーの間に障害はなくなった。
ジェレミーの気持ちには薄々気がついていた。
口が悪くて女の子にも平気で悪態をつくやつが、アイリスにだけは妙に優しいんだから、気づかないほうがどうかしている。
そして、アイリスもジェレミーのことが好きだ。
つまり、二人は相思相愛というわけだ。
ジェレミーは平民だが、あの大富豪シュナイダー家の一人息子だ。
シュナイダー家と手を組めば、クロフォード家の商売は向こう百年は安泰になる。父も反対はしないだろう。
(ジェレミーのやつ、夏休みの間にアイリスに告白でもするのかな?)
そんな風に考えていたのに……。
夏休みの間、ジェレミーはアイリスに会いに来なかった。それどころか、夏休み明けの登校日、先生にこう言われた。
「ジェレミー・シュナイダーは留学しました」
と。
(……はっ?)
アイリスはなんてことないという顔をしているけれど、平気なはずはない。
背の高い焦げ茶色の髪の男子がいれば振り返り、いつもジェレミーの姿を探している。
(ジェレミーのやつ、次に会った時はぶん殴ってやるからな)
ちなみに、ジェレミーに再会した時本当にぶん殴れるように、僕は格闘技クラブに入部した。
一度、ジェレミー・シュナイダーの行方を探してくれるよう父に頼んだことがある。
「……ああ、その件は……。まあ、何だ、気にするな」
珍しく言葉を濁しながら、歯切れの悪い話し方をする父。
(……? 何なんだ、一体)
なぜこんなに必死なのかというと、ジェレミーが帰って来るまでは、ケイトに告白できないと思ったからだ。
アイリスが傷ついたままでは、ケイトは自分のことなど後回しにするだろう。
アイリスとジェレミーの問題は、僕とケイトの関係にも大きく影響していたのだ。
それからも、ジェレミーの件を頼みに何度か父の元を尋ねた。だけど、父の返事はいつも曖昧だった。
「……ああ、うん、それはだな。調整中……なのだ。まあ、気にするな」
(もういい。もうすぐアイリスのデビュタントだ。それが終わる頃には、父さんの許可なく貯金が下ろせるようになる。その金で、地の果てまでもジェレミーのやつを探してやるんだ。見つけたらぶん殴ってやるからな。アイリスを傷つけた大馬鹿野郎め!)
ジェレミーと再会したのは、そのデビュタント当日だった。ジェレミーが姿を消してから、三年もの月日が経っていた。
あんなにいきり立って格闘技クラブに入部したのに、僕がジェレミーに一発お見舞いする機会は、結局訪れなかった。
それにしても、ジェレミーの求婚は完璧だった。まるで、物語の一幕のように美しかった。
(僕も、ケイトが感激の余り頷いてしまうような、完璧な求婚をするんだ)
僕は、そう心に決めた。
そうはいっても、求婚の仕方など誰に相談すればいいのだろう。
ジェレミーに聞いてみる。
ジェレミーは、恥ずかしいことを思い出させるなと顔を真っ赤にして怒った。
(アイリスは……ないな。セリーヌ姉さんもない。エミリーたちには相談しづらいし……。あれ? 僕って、もしかして友達いない?)
僕は、衝撃の事実に気付いたのだった。
それから、田舎の領地にいるジュリアに手紙を書いた。この手の話に詳しそうなのは、僕の知る限りジュリアしかいなかったから。
ジュリアからの返事はすぐに届いた。
『あんた馬鹿なの?
私を何だと思ってるわけ?
あんたの求婚なんて知ったことじゃないわよ
だけど、あんまり不憫だから教えてあげる
女の子が好きなのは、花と宝石と満天の星よ!』
言いぐさはあれだけど、ジュリアが元気そうで安心した。
花は、真っ赤な薔薇の花束を用意することに決めた。
実は、もう一度ジュリアに手紙を書いていた。
具体的に教えてくれない?と。
ジュリアからの返事は、またすぐに届いた。
『あんた、いい加減にしなさいよ!
私は忙しいのよ
今日だって、これからお母様とリハビリなんだから
あんたになんか構ってられないわ
だけど、あんまり可哀想だから教えてあげる
花は真っ赤な薔薇の花束。宝石は相手の瞳の色
星は説明いらないでしょ!
もう手紙なんか寄越さないでよ!』
本当に元気そうだ。
花は決まった。問題は宝石だ。
クロフォード家御用達の宝石商を、屋敷の自室に呼んだ。
「ルクス坊っちゃん。坊っちゃんが仰るようなローズピンク色の宝石は、この世でピンクダイヤモンドしか存在しません。そして、ローズピンク色のピンクダイヤモンドは、最果てのピョルンテ鉱山でしか採掘されないのです。つまり、かなり貴重な宝石だということです。……はっきり言った方がいいですか?」
「はっきり言ってくれ」
「はっきり言いますと、城一つ買えるほどのお値段です」
「それは……、さすがに手が出せないよ」
「イミテーションもございますが、ローズピンクの柔らかな色彩を再現するのが難しく、あまり市場に出回っておりません。しかしながら、イミテーションでしたら坊っちゃんのお小遣いで買えないこともないでしょう」
「イミテーションか……」
(偽物じゃなくて本物を贈りたい。それが誠意ってものだろ?)
どうしたものかと考えあぐねているうちに、以前から招待されていた、シュナイダー家が爵位を賜り、シュツルナード子爵家になったことを祝うパーティーの日になった。
見慣れた顔が大勢いる。ジェレミーは、クラスメイトどころか、学園の生徒全員を招待したようだ。
(さすがはシュナイダー家。いや、シュル……何だっけ?)
アイリスは、ジェレミーの婚約者として大勢に囲まれていた。
もちろんケイトもいる。モスグリーンの清楚なドレスが似合っていてとても可愛い。だけど、何しろ人が多い。ゆっくり話などしていられない。
外の空気を吸うためにテラスに出ると、珍しく一人で涼んでいるエミリーの姿があった。
「イザベルとレイチェルは?」
「人が多すぎてはぐれてしまったわよ」
「ところでエミリー。君って婚約者いないよね?」
いい機会なのでアドバイスを貰おうと思い尋ねたのだが、どうやら失言だったようだ。
「あなたねぇ! あれ程あなたにアプローチしていた私に、そんなこと聞く?」
「ごめん!」
「まぁいいわ。とっくに諦めたしね。だってあなた、ケイトのことが好きなんでしょ?」
「えっ?」
「あれだけケイトのことばかり見ていたくせに、隠せているとでも思ってたわけ? まぁ、ケイト本人は気付いてもいないでしょうけどね。ところで、もたもたしていていいのかしら? いくら平民だからって、あんなに綺麗なローズピンク色の瞳をした子、男子が放っておかないわよ」
「エミリー……。君って、案外いい子なんだね」
「案外って何よ!」
素直に褒めたつもりなのに、ますます怒り出すエミリー。
そんなエミリーから、僕は渾身の一撃を喰らったのだった。
その後パーティーは大人だけの時間となり、僕とアイリスは家路に就いた。
帰りの馬車の中。
(結局、ケイトと全然話せなかったな)
なんて考えていると、アイリスが身に付けているイヤリングとネックレスが目に入る。
瞳の色と同じペリドットが、薄茶色の髪から覗く耳元と首元で揺らめいていた。
「アイリスはいつもそのアクセサリーだね。デビュタントの時もそれだったろ? たまには違うのにすればいいのに。ジェレミーに買ってもらいなよ。あいつの小遣いなら、ピンクダイヤモンドだって買えるかもしれないな」
呆れたような表情で、僕に視線を移すアイリス。
「私はこれが気に入っているのよ。11歳の誕生日に、セリーヌ姉様が贈ってくれたものだから」
「知ってるよ。支払いをしたのはセリーヌ姉様だけど、僕も一緒に選んだんだから」
「そうだったの? それは知らなかったわ」
両耳からイヤリングを外したアイリスは、それを掌に乗せて、大切な宝物のように見つめた。
「これはね、私が生まれて初めて貰った贈り物だったの。だから、このペリドットのアクセサリーは特別なのよ。それに、私とジェレミー、今お小遣いを貯めているの。だから、余計なものは買わないと決めているのよ」
「はっ?」
「将来、字の読み書きを教える学校を建てるためにね」
「そんなのシュナイダー家……、いや、シュル……とにかく、ジェレミーの家の財力に頼ればいいじゃないか」
「それじゃあ、私がジェレミーの家の財産目当てみたいじゃない! そんなつもりはないってわかってるくせに!」
「ごめんアイリス、そんなつもりで言ったんじゃないんだ」
口を尖らせて、勢いよく顔を反らすアイリス。
どうやら今日は、尽く女の子を怒らせてしまう日のようだ。
「ところでアイリス、そのペリドットがイミテーションだとしたら、君はどう思った?」
アイリスは、もう一度掌のアクセサリーに視線を落とす。
「そんなの関係ないわ。もしイミテーションだとしても、これは何にも代え難い、私の大切な宝物よ」
「だけど、女の子にとって宝石は特別だろ?」
「特別なのは宝石じゃない。そこに込められた気持ちよ。気持ちの込もった贈り物なら、本物じゃなくなっていい。偽物だっていいの。何なら、その辺に生えている草だって嬉しいわ。贈り物ってそういうものでしょ?」
そう言って、静かに微笑むアイリス。
アイリスが急に大人びて見えて、僕は少しだけ、置いてきぼりになったような気がするのだった。
宝石商から、ピンクダイヤモンドのイミテーションが見つかったと連絡があったのは、春休みが始まってすぐのことだった。
花と宝石は揃った。後は満天の星だ。
「なあ、アイリス。春休みも始まったことだし、ケイトに遊びにきてもらいなよ。ジェレミーも誘ってさ。何なら泊まってもらえばいいんじゃない?」
「泊まってもらって何をするっていうのよ」
「何って……パジャマパーティーさ!」
「パジャマ……パーティー!」
僕の提案に、アイリスの瞳がぱっと輝く。
「ルクス! あなたって天才なの? パジャマパーティーを思いつくなんて!」
だけどすぐに、僕は激しく後悔することになった。
(失敗した! このままじゃ、求婚する時にパジャマ姿ってことになるぞ)
わかっている。アイリスとジェレミーに、ケイトに求婚すると話せばいいだけだ。二人とも喜んで協力してくれるだろう。だけど……。
(この二人、絶対に顔に出るタイプだよな)
もし二人の態度からケイトに気付かれでもしたら、すべてが台無しになってしまう。
(仕方がない。パジャマだって何だっていい。大事なのは、花と宝石と満天の星なんだから)
パジャマパーティーの日がやってきた。
空から星が降ってくるような、満天の星が煌めく夜。
パジャマ姿でお菓子を食べながら、パジャマパーティーを満喫しているアイリスとジェレミー。
そんな二人を微笑ましそうに見つめているケイトに声をかけた。
「ケイト、庭園に行かない?」
「……? いいわよ」
不思議そうに首を傾げながらも、了承してくれるケイト。
僕は内心ほっとしながら、ケイトを庭園に案内した。
誰もいない夜の庭園。
月の光を浴びた花たちが、昼間とは違う表情を見せながら風に揺れていた。
その庭園の真ん中で、僕は片膝をついて跪いた。求婚の時、ジェレミーがそうしていたように。
「ケイト・ベアール。僕の婚約者になって下さい。そして、将来僕と結婚してください」
大きく見開かれる、戸惑いを滲ませたローズピンク色の瞳。
「ルクス、私は……」
「言わないで、ケイト。ケイトが平民だって構わない。僕はケイトがいいんだ。どうか、僕の気持ちを受け取ってほしい」
庭園に隠していた薔薇の花束を渡すと、おずおずとしながらもケイトがそれを受け取る。
それから僕は、ポケットから取り出した指輪ケースの蓋を開けて、ケイトの前に差し出した。
「私の瞳と同じ色……。凄くきれいね。こんなに珍しい色の宝石、探すのに苦労したでしょう?」
「実は、このピンクダイヤモンドはイミテーションなんだ。本物はとてもじゃないけど手が出なくて……」
情けない声を出す僕に、ケイトがはにかんだように微笑む。
「いいえ、本物だわ。あなたが私のために探してくれて、私に贈ってくれた、あなたの気持ちが込められたこの宝石は、私にとっては本物のピンクダイヤモンド……ううん。それ以上に素敵な贈り物よ」
指輪ケースから指輪を取り出し、ケイトの左手薬指に嵌める。
メレダイヤで囲まれたイミテーションのピンクダイヤモンドが、ケイトの白く細い指で輝いていた。
「ケイト・ベアール、どうか返事を」
「ルクス・クロフォード、私も……あなたが好きです」
月明かりの下、僕を映すケイトのローズピンク色の瞳は、今日も優しく、そして温かい。
震える手で、ケイトの頬に触れる。
その先のことは……。
恥ずかしいので、僕とケイト、二人だけの秘密だ。
ケイトと共に父の元を訪れたのは、それから2週間後のことだ。
「彼女は王立学園のクラスメイトで医者の娘、ケイト・ベアールです。僕は彼女と婚約し、将来妻として迎えたいと考えています。僕たちの婚約を了承してください」
「うん。わかった」
「はっ?」
「えっ!?」
僕とアイリスの声が、同時に書斎に響く。
「ケイト君といったね。君、平民の医者と結婚した、ランプリング伯爵令嬢の娘だろ? その特徴的なローズピンクの瞳は、ランプリング伯爵家に代々伝わるものだ」
僕は、隣に立つケイトに聞こえないくらいの小さな溜め息をついた。
(ったく、何でもお見通しなのかよ、この人は)
「ルクスはまだまだひよっこだ。着飾るしか能のない貴族令嬢と結婚するより、君のようにしっかりしたお嬢さんと結婚した方が、ルクスのため、ひいてはクロフォード家のためになる。ところでケイト君、ランプリング家が所有するダイヤモンド鉱山だが、現当主の手に余っていると聞いている。もしよければクロフォー……」
「父さん!」
父の言葉を慌てて遮る。
(この業突く張りタヌキ親父め! 油断も隙もあったもんじゃないな)
父の書斎を出ると、一気に疲れが押し寄せていた。
「アイリス……、僕はあのタヌキ親父に、一生敵いそうにないよ」
僕の言葉を聞いたアイリスは、顔を引き攣らせて苦笑いをするのだった。
それから数週間が過ぎたある週末、アイリスを森へ誘った。
いつもの岩の上に、空から光の柱が降り注いでいる。
この場所で、初めてアイリスに会った日のことを鮮明に憶えている。
思えばあの日から、全てが動き出したんだ。
「アイリス」
僕は、ずっと言いたかったことを言葉にした。
「アイリス。君のおかげで、僕はここまで生きてこられた。本当にありがとう」
アイリスは「大袈裟ね」なんて言うけれど、大袈裟なんかじゃない。君がいなければ、僕はもう一度死んでいた。
(アイリス、どうして僕たちは、10歳の自分に生まれ変わったんだろう。双子の僕たちが揃いも揃って不幸を背負い込んでいるものだから、憐れに思った神様が機会をくれたのかな? 人生を、自分の力で切り開く機会を)
「帰りましょう、ルクス」
「ああ。帰ろう、アイリス」
それから僕達は、秘密の森を歩いていく。
二人、肩を並べて。
月日は流れ、王立学園を卒業する日がやって来た。
卒業式の朝、届いたのは母からの手紙。
『ルクスへ』
封筒に書かれている文字は、間違いなく母の字だ。
少し考えた後、封を切らずに机の引き出しにしまった。
その手紙を、読みたいとは思わなかった。
(だって、僕は今、幸せだから)
ルクス、それは“光”。
“光”、それは「希望」だ。