「おまけ令嬢」アイリス・クロフォードは、人生をやり直す

八章 アイリスの夢



 週が開け、登校日の朝。
 教室でケイトを見つけた私が声を掛けようか迷っていると、ケイトの方から話しかけてくれる。
「おはよう。えっと……」
「アイリス! アイリス・クロフォードよ。アイリスって呼んで!」
「私はケイト・ベアールよ。よろしくね、アイリス」
 ケイトが僅かに口角を上げただけで、私は飛び上がりたいような気分になる。
 窓際には、こちらを睨んでひそひそ話をするエミリーとイザベルとレイチェルの姿。
 渡り廊下での一件があったからか、直接何か言ってくる気配はない。
 もちろん、こちらも相手にする気はないけれど。

 午前中の授業が終わり、お昼休みを知らせる鐘が鳴った。
 そして今、私は一世一代の勇気を出している。
「あのね、ケイト。一緒にお昼ごはんを食べない?」
 下を向いて、ケイトの返事を待つ。
「ええ、一緒に食べましょう。天気がいいから中庭に行ってみましょうか?」
(ああ、飛び上がりたい!)

 ケイトと二人、中庭にあるベンチに腰掛けて、持参したお弁当を広げる。
「ところで……。何であなたまでいるのかしら?」
 私達の目の前には、地べたにあぐらをかいて座り、お弁当を広げようとするジェレミー・シュナイダーの姿があった。
「いいじゃないか、友達なんだから」
「友達!?」
「昨日友達になっただろ?」
 そう言って、お弁当を広げるジェレミー。特大サイズの三段重には、美味しそうなおかずが目一杯詰まっている。
「あなたのお弁当、量が多すぎない?」
「うちのコックがさ、友達と食べろって張り切って作ってくれたんだ。どうやら、俺に友達が大勢いると思ってるらしい。残せばコックが悲しむし、捨てるのも忍びない。友達がいないと思われるのも癪だ。そういうわけで、食べるのを手伝ってくれ」
 ジェレミーの言葉に、思わず吹き出しそうになる。相変わらず変な子だ。
「仕方がないわね。そういうことなら頂きましょうか、ケイト」
「ええ。正直言うと、寮のお弁当はいつも同じメニューだからありがたいわ」
 ケイトと二人、ジェレミーの三段重からおかずを見繕っていると、ルクスがやって来る。
「何だよ、この豪華な弁当箱は!」
 そう言って、当たり前のようにジェレミーの隣に腰を下ろすルクス。
 エミリーや他の女の子たちに囲まれてヘラヘラしていたので、教室に置いてきていたのだ。
「ルクス、女の子たちはどうしたの?」
「撒いてきたさ。だってあの子達……。香水臭くてご飯の味がわからなくなりそうだ」
「ふふふっ」
 ルクスの言葉に、ケイトが顔を綻ばせる。
 ケイトは感情が表に出ないタイプなので、そんなケイトが微笑むだけで私は嬉しくなる。
  
 それから、四人でお弁当を食べた。
 ジェレミーは、さすが大富豪シュナイダー家の息子だ。
 幼い頃から家庭教師に学び、きちんとした躾を受けて来たのだろう。  
 喋り方はぶっきらぼうなのに、立ち姿や所作が洗練されている。  
 焦げ茶色の髪を風に靡かせ、切れ長の瞳に宿る光は、今日も目が合う度に様々な色に変化していく。黙っていれば、砂漠の国の王子様のようだ。
(黙っていれば、だけどね。そういえば、ケイトも所作がきれいなのよね)
 食事の仕方にも話し方にも品がある。
 前世でも、ケイトの立ち振舞は、マナーを習っていない私よりよほど貴族らしかった。
 栗色のストレートヘアに神秘的なローズピンク色の瞳。
 派手ではないけれど、整った顔立ちをしたきれいな女の子だ。

(それにしても……。友達と過ごすお昼休みって、こんなに楽しいのね)
 前世では、人の出入りのない機械室の裏で、寮から持ってきたお弁当を一人で食べていた。
 その頃には想像すらできなかった。こんなに楽しい時間があることを。
 それを知らないまま死んでいった前世の私。
 一人ぼっちでお弁当を食べていた12歳の少女を、何だか無性に抱きしめてあげたくなった。

 
 お弁当を食べ終え、教室がある棟に続く廊下を歩いていると、こちらに向かって歩いてくるドミニクの姿を発見する。
 隣にいるのは、相変わらずのセーラ・アングラードだ。
 このまま行けば、確実にすれ違うことになるだろう。そうなれば、挨拶せざるを得ない。
 だけど、一昨日の茶会であんな別れ方をした手前、どんな顔をして挨拶すればいいのかわからなかった。
 おまけに、ドミニクの隣にはセーラ・アングラードがいる。気まずくて仕方がない。
「あの……、忘れ物をしたから先に戻ってて!」
 咄嗟に出た私の言葉に、不思議そうな顔をするケイトとジェレミー。すると、何かを察したルクスが、
「それじゃあ、先に行ってるよ」
 と答えてくれる。

 三人と別れた後、廊下に貼ってあるポスターを見るふりをしながら、ドミニクとセーラが通り過ぎるのを待った。
(良かった……)
 私に気づくことなく、廊下を歩いて行く二人。
 ほっと胸を撫で下ろしてその後ろ姿を見送っていると、側にいた女生徒たちの会話が聞こえていた。
「見て! ドミニク様とセーラ様よ。今日もお似合いね」
「本当に、絵になるお二人だわ」 
「学園を卒業されたら、すぐにご結婚なさるのかしら?」
「それはそうと、お二人ってご婚約されているのよね?」
「あら、あれだけいつも一緒にいるのよ。婚約者同士に決まってるじゃない!」
「そうよね。公爵家の令息であるドミニク様に婚約者がいらっしゃらないはずがないし、もし他に婚約者がいるなら、そのご令嬢が黙っているはずがないものね」
(その婚約者、ここにいますよー!)
 私に向けられた言葉ではないとわかっているのに、何故だか顔が上げられない。
(えらいことになったわ……)
 多くの生徒が、ドミニクとセーラを婚約者同士だと思っているのだろう。そう思われても仕方がないほど、二人はいつも一緒にいるのだ。
 こんな状況で私がドミニクの婚約者だと知られたら、どんなに酷い噂が立つかわかったものではない。
(ああ、恐ろしい!)
 私はその場に立ち尽くし、一人恐怖に慄くのだった。


 王立学園に入学してから2ヶ月が過ぎた。
 ルクスと一緒に登下校し、学業に勤しみながら日々は平穏に過ぎていった。
 学園での一番の楽しみは、ケイトとジェレミーとルクス、四人で過ごすお昼休みだ。
 といっても、いつも女の子に囲まれているルクスは、昼休みが終わる頃にやってきて、慌ててお弁当を食べるのがお決まりのパターンになっている。
 
 そんなある日の昼休み。
 珍しく早めに女の子たちを撒いてきて、一緒にお弁当を食べていたルクスがケイトに尋ねた。 
「ケイトのお父さんって、町医者のベアール先生だろ?」
「父を知ってるの?」
 驚いた声を上げ、ケイトがルクスを見返す。
「一度だけ診察してもらったことがあるんだ。僕は色んな医者に診てもらったけど、ベアール先生のことはよく憶えてるよ」
「色んな医者に診てもらったって?」
「子供の頃は体が弱かったからね。あのままだったらいずれ死んでいたと思う。だけど、アイリスのおかげで救われたんだ。アイリスは命の恩人さ」
 突然そんなことを言い出すルクスに、私は睨みをきかせる。
 これまで一度だってそんな話をしたことはないのに、一体何を考えているのだろうかと。
「ルクスってば、大袈裟なこと言わないでよ」
「本当のことだろ? ところで、ケイトもお父さんみたいな医者を目指してるの?」
 特待生試験をパスして入学しているケイトは、クラスでもトップクラスの成績を誇っている。そんなケイトなら十分医者を目指せるし、ルクスがそんな質問をするのも自然なことだった。
 それなのに、その質問がよほど意外だったのか、ケイトはおかずを口に入れたまま固まってしまう。
「ケイト?」
 私の声で我に返ったケイトは、おかずを飲み込むと躊躇いがちに答えた。
「そんな質問をされたのは初めてだったから、少し驚いて……。医者を目指しているわけではないけど、女は医者になれないって、世の中の大半の人が決めつけてるでしょ?」
「僕たちの上の姉さんは、弁護士を目指して大学に通ってるよ。女生徒は姉さん一人きりみたいたけどね。色々言ってくる奴もいるけど、そんな奴ら薙ぎ倒して、姉さんは入学以来ずっと成績が一番なんだ。在学中に弁護士資格を取るって張り切ってるよ」
 ルクスの言葉に、ケイトの顔がぱっと輝く。
「素敵なお姉様ね!」
「勉強大好きの堅物人間だけどね。それにほら、キース先生の……」
 そう言って、ルクスが私に視線を移した。
「ソフィアさんね、キース先生のお姉様の」
「そうそう、ソフィアさん。僕たちの家庭教師だったキース先生のお姉さんは、王宮の栄養学士なんだ。実際に夢を叶えた人が周りにいるんだ。女だからって、目指す職業につけないなんてことはないんじゃないかな」
「………ありがとう」
 はにかんだように微笑み、ルクスに礼を言うケイト。
(ん? ケイト、何だか顔が赤くなってない? ダメよ、ルクスは! 自分のことを、金髪の王子様だと思ってるようなやつなのよ!)
 もう一度ルクスを睨みつけると、気づいているのかいないのか、ルクスは大きな溜め息をつきながら空を仰いだ。
「偉そうなことを言っても、そういう僕には、クロフォード家を継ぐ未来しかないんだけどね」
 それから、ジェレミーを横目で見る。
「君もそうだろ? ジェレミー。国一番の商団を持つ、シュナイダー家を継がないなんてないよな」
「俺は商団の仕事が好きだから、嫌々継ぐわけじゃないさ。本当はすぐにでも商団の仕事を手伝いたかったのに、親父にまだ早い、大人しく勉強してろって学園に入学させられたんだから」
 ルクスに続いて、大きな溜め息をつくジェレミー。それから、ふいに私に視線を移した。
「だけど……。今は、入学して良かったって思ってるかな」 
 太陽の光を目一杯受けて、宝石のように輝くジェレミーのオレンジ色の瞳。
(相変わらず、神秘的できれいね)
 目を逸らすことができず見惚れていると、
「アイリスは?」
 と、唐突にジェレミーが質問をした。
「アイリスは、将来何になりたいの?」
「私? 私は……」

 今世が始まってからの私の目標は、一生懸命勉強して、学園で良い成績を収めて、きちんとした仕事に就いて、ルクスが死んで家を追い出された後、マリーと二人で幸せに暮らすことだった。
(10歳で目覚めたばかりの頃は、それしか考えてなかったけど……)
 お弁当を食べ終えて、満足そうに伸びをしているルクスを見る。 
(ルクスってば、死にそうにないわよね)
 私の視線に気づいたルクスが、私の考えを深読みしたのかこんなことを言った。
「クロフォード家は僕が継ぐんだから、アイリスは好きなことしていいんだよ」
(何よ、お兄さんぶっちゃって。だけど……。私、やりたいことをしていいんだ。それなら………)
「私、先生になりたい」
 やりたいことをしていい。そう思った途端、そんな言葉がするりと零れ落ちた。
「先生?」
「王立学園の先生じゃないの。小さい子に、最初に字の読み書きを教える先生。平民の中には、学びたいのに学ぶ機会がない子供が沢山いるでしょ? それに貴族にも……。事情があって、本来学ぶべき時に学べない子供がいるかもしれない。そんな子供達のための……。そう、学校! 学校を作りたい。その学校では誰でも学べるの。身分なんて関係なく、字の読み書きを覚えたい子は誰でも! もちろん大人だっていいの。大人になるまで学ぶ機会がなかったけど、字が読めるようになりたい、書けるようになりたい。そんな人たちが堂々と学べる場所。私、そんな学校を作りたい!」
 言い終えて、私は気づく。
(そうだ! それが私のやりたい事だ!)
「それ、いいよ!」 
 前のめりになったジェレミーが、弾んだ声を上げた。
「俺は運良く金持ちの家に生まれたから、家庭教師に勉強を教わることができた。こうして学校にも通えてる。だけど、俺の仲間はみんな字が読めないんだ。その中には、俺とは比べものにならないくらい地頭がいいやつだっている。だけどそいつは、字が読めないせいで養鶏場の下働きをしてるんだ。いいよ、すごくいい! 作ってよ! 身分も年も関係ない、誰でも学ぶことができる、そんな学校!」
「作ってよなんて簡単に言わないの。大変なことよ」
 興奮するジェレミーに、ケイトが冷静に反論する。
「じゃあ……。それじゃあ、一緒に作ろう! アイリス」
「…………へっ!?」
 思いがけないジェレミーの誘いに、思わず変な声が出てしまう。
 そんな私を見て、ルクスもジェレミーも、ケイトまで笑っている。
「ふふふっ」
 何だか可笑しくなって、私も一緒になって笑った。だけど……。
(私の心臓、どうしちゃったの?)
 どういうわけか、さっきからうるさいくらいに鳴り響いているのだ。

 心臓は変なままだったけれど、私の気分は最高に晴れやかだった。
 自分の夢がわかった。
 そして、その夢を認めてくれる友だちがいる。
 それなのに……。
 それからすぐに、私のそんな気分はぶち壊しになった。
 教室に戻る途中の渡り廊下で、食堂から出てきたドミニクと鉢合わせてしまったから。
(何が夢よ。すっかり存在を忘れていたわ。今の私には、この人と結婚する未来しかないじゃない)
 その時、ドミニクの隣に立つセーラ・アングラードの存在に気づく。
 セーラの黄瑪瑙の瞳が、私をじっと見つめていた。
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