スタジオの中央に立ったモデルは、ライトの光を受けてシフォンを揺らした。

蒼はカメラを構え、ファインダー越しにじっと彼女を見つめる。

「じゃあ、始めます」

その声を合図に、スタッフたちが静かに持ち場についた。

柚希も、モデルのそばに立つ。

前髪が少し乱れれば指先で整え、裾が絡めばそっとほどく。

自分の服が作品になる瞬間を、息をひそめて見守った。

蒼はモデルに向かって、落ち着いた声で指示を出す。

「右向いてください」

「そのまま、少し顎を上げて」

「いいです、もう一枚」

丁寧で、落ち着いていて、まるで別人みたいな口調。

でも——

「柚希、それ直して」

「ここ、持ち上げて」

「これ、違う。もう少し内側」

柚希にだけ、いつものぶっきらぼうな言い方に戻る。

(なんで私にだけ雑なの…?)

むかっとするけれど、撮影中だから言い返せない。

「……はい」

小さく返事をして、裾を整えたり、肩のラインを直したりする。

蒼はその様子を横目でちらりと見ただけで、またすぐにカメラへ視線を戻した。

シャッター音が、一定のリズムで響く。

「いい。今のまま動かないで」

蒼の声は、モデルに向けるときだけ柔らかい。

(なんなのよ、ほんとに…)

でも、蒼のレンズの先で、柚希のドレスが光をまとっていく。

その瞬間だけは、悔しい気持ちよりも、誇らしさが勝った。


撮影が終わると、スタジオの空気がふっと緩んだ。

ライトが落とされ、スタッフたちが機材を片づけ始める。

モデルは蒼のカメラを覗き込みながら、雑誌用に使う写真を一緒に選んでいた。

柚希も呼ばれ、三人でモニターを囲む。

「この角度、すごく綺麗ですね」

「こっちの動きのあるカットも好きです」

モデルが楽しそうに指をさすたび、柚希の胸がじんわり温かくなる。

自分の服が、誰かの表情をこんなに明るくするなんて

—— その事実だけで、徹夜の疲れが少し溶けていく。

モデルはドレスの裾を軽く揺らしながら、柚希の方へ歩いてきた。

「今日は、撮影ありがとうございました。 このドレス、本当に素敵ですね」

突然の言葉に、柚希は思わず目を瞬かせた。

「えっ…ありがとうございます! そんなふうに言ってもらえるなんて、嬉しいです」

「軽いし、動くたびに光が当たってきれいで。 」

モデルは柔らかく笑い、指先でシフォンをそっとつまむ。

その仕草だけで、徹夜の疲れが少し溶けていく。

そこから自然と、少し世間話になった。

モデルの仕事のこと、今日の撮影の雰囲気、 普段どんな服が好きか

—— 柚希は、自分の服を褒めてもらえる時間がたまらなく嬉しかった。

「そうだ、SNS用に何枚か撮ってもらってもいいですか?」

モデルがスマホを差し出す。

「もちろんです!」

柚希は笑顔で受け取り、白壁の前へ案内した。

モデルが軽くポーズを取る。 撮影中よりも少しリラックスした表情で、 シフォンがふわりと揺れる。

柚希は光の入り方を見ながら、何枚もシャッターを切った。

「わあ…ありがとうございます」

「いえ、こちらこそ。 ドレス、ほんとに似合ってました」

そう言うと、モデルは少し照れたように笑い、スマホを胸の前でくるりと回した。

「……あの、もしよかったらなんですけど」

「はい?」

「柚希さんとも、一枚撮ってもいいですか? 今日の記念に。」

思いがけない提案に、柚希は一瞬固まった。

「えっ、わ、私と……ですか?」

「はい。このドレスを作った方と一緒に撮りたくて。 」

にこっと笑うモデルの顔がまぶしくて、 胸の奥がじんわり熱くなる。

「……そんな、嬉しいこと言われたら、断れない、、」

「じゃあ、いいんですね?」

「もちろんです!」

モデルが嬉しそうに近づき、二人で白壁の前に並ぶ。

スマホを別のスタッフに手渡し、カメラを向けた。

「はい、いきますよー。もう少し近づいてくださーい」

言われるままに肩が触れるくらい寄る。

その瞬間、柚希の胸がふわっと温かくなる。

シャッター音が響き、画面には ドレスを挟んで並ぶ二人の笑顔が映っていた。

「すごくいい写真…!あ、、これ、SNSに載せても大丈夫ですか?」

「はい、ぜひ。ありがとうございます」

自分の作った服が、誰かの笑顔の中に存在している。

ツーショットを撮り終えると、モデルは満足そうに画面を眺めた。

「今日はありがとうございました!」

「こちらこそ、ありがとうございました!」

モデルを、試着室に案内して、帰りの用意を手伝う。

そして、モデルが帰った後、スタジオに静けさが戻る。

柚希はスマホを胸に抱え、ほっと息をついた。

(……終わった。なんとか、やりきった)

そのとき。

「……おい」

背後から蒼の声が落ちてきた。

振り返ると、蒼がゆっくり歩いてくる。 さっきまでスタッフに向けていた丁寧な表情とは違う、 いつもの無愛想な顔。

「ツーショット、撮ってたな」

「え?あ、うん。撮ろうって言ってくれて」

「……そうか」

蒼は短く答え、視線をそらした。

“何か言いかけてやめた”ような間。

柚希は少し首をかしげる。

そのとき、蒼の視線がふと柚希の手に落ちた。

指先の絆創膏に気づいたらしい。

見られるのが恥ずかしくて、そっとポケットに突っ込むと、

「……手」

低い声が落ちた。

「え?ああ、えーっと、ケガしちゃって…」

言い訳みたいな声になってしまう。

蒼は一瞬だけ目を細めた。

「寝てないだろ」

「え?」

「目、赤い」

(でも、早く作れって言ったのそっちだし…)

心の中で小さく文句を言いながらも、口には出せない。

「……大丈夫。慣れてるから」

そう言うと、蒼は小さく息を吐いた。

「慣れるっていう問題じゃないだろ」

その言葉は、まっすぐで、余計な飾りがなくて。

いつもの無愛想さの中に、ほんの少しだけ温度があった。

いつもと違う蒼に、柚希は返事ができなかった。
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