未
駅に着くと、終電に近い時間のせいか、ホームには人が多かった。
二人は流れに押されるように電車へ乗り込む。
車内はぎゅうぎゅうで、座席なんてひとつも空いていない。
つり革もほとんど埋まっていて、柚希は壁際に手を添えて立った。
「……疲れた」
私がぼそっと言うと、「うん」とだけ帰ってきた。
電車が揺れるたび、肩が少し触れる。 そのたびに、蒼がちら、と柚希の横顔を見てくる。
じーっと見られて、耐えきれずに言った。
「……なに?」
「ねむそう」
即答。
「……ちょっと、」
むっとして言い返すと、蒼は目をそらした。
「事実だろ」
電車が大きく揺れた瞬間、柚希の身体がぐらりと傾く。
電車が揺れる中、ふいに前の席がひとつだけ空いた。
でも、柚希はなんとなく座るのが悪い気がして、そのまま立っていた。
すると、隣の蒼がぼそっと言う。
「……座れば?」
「え、でも……」
「もたもたしてたら取られんぞ。さっき眠いって言ってたくせに」
そう言うなり、蒼は柚希の背中を軽く押して、 半ば強引に座らせた。
「ちょ、ちょっと……」
座った瞬間、別の人がすぐ横に立ち、席はまた埋まった。
「……ありがとう」
小さく礼を言ったけど、蒼は聞こえてないふりをした。
無視。
やっぱり感じ悪い。
(……でも、座らせてくれたのは事実なんだけど)
そんなことを考えているうちに、 疲れが一気に押し寄せてきて、まぶたが重くなる。
気づけば、意識がふっと落ちていた。
——はっと目を開けたとき、 電車は降りる駅のひとつ前に停まっていた。
「やば……!」
慌てて立ち上がると、すぐ横に蒼がいた。 腕を組んで、無表情で立っている。
「え、ちょっと……降りなくていいの? 過ぎてるよ」
「おまえがずっと寝てるからだろ」
「いや、私関係な……」
「寝過ごしたらどうすんだよ」
その言葉に、柚希は言葉を失った。
怒ってるわけでも、呆れてるわけでもない。
ただ、当然のように言っているだけ。
(……なんで、そんなこと言うの)
電車が動き出す。
柚希は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら、目的の駅で降りる準備をした。
次の駅のアナウンスが流れる。
ドアの前に立つと、蒼も無言でついてきた。
開くと、人の波が一気に押し寄せてきた。
柚希は流れに押されながらホームへ出る。
蒼はその少し後ろで、 人混みに紛れないように距離を保ちながらついてくる。
改札へ向かう途中、柚希はふと気づいた。
「……え、駅、もう過ぎてるよね?」
蒼は前を向いたまま、淡々と言った。
「うん。」
「いや、じゃあなんで……」
(……私のために?)
そんなこと、わざわざ言うタイプじゃないのに。
「別に……起こしてくれればよかったのに。」
小さくつぶやくと、蒼はほんの一瞬だけ横目で見てきた。
「起きねぇだろ。あんだけ寝てたら」
「……う」
言い返せない。
「……ありがと」
そう言うと、蒼はまた聞こえないふりをした。
でも、さっきより歩く速度が少しだけ遅い。
柚希が追いつけるように。
(……感じ悪いくせに、こういうとこだけ優しいんだから)
胸の奥が、またじんわり熱くなった。
改札を抜けると、夜の空気がさらに冷たく感じる。
柚希はバッグの紐を握り直しながら、 なんとなく蒼の横顔を盗み見た。
無表情。 いつも通り。
(……なんでついてくるんだろ)
家の方向なんて、絶対違うのに。
「……あのさ」
思わず声が漏れた。
蒼は歩いたまま、返事だけする。
「ん」
「ほんとに……降りなくてよかったの?」
「別に」
「別にって……」
「3駅くらいどうでもいいだろ」
淡々とした声。
(……なんなの、ほんと)
しばらく沈黙が続いたあと、 蒼がふいに言った。
「……寝るなら、家帰ってから寝ろよ」
「え?」
「電車で寝ると危ない」
言い方は雑。
でも、言ってることは完全に“心配”。
柚希は思わず笑ってしまった。
「……はいはい。気をつけます」
「言ったな」
「言ったよ」
蒼はそれ以上何も言わず、 ただ前を向いて歩き続ける。
でも、歩幅はずっと柚希に合わせたまま。
その静かな優しさが、 夜の冷たい空気の中で、じんわりと胸に染みていった。
柚希は立ち止まった。
蒼も足を止める。
空気がひんやりして、少しだけ息が白くなる。
「……まって。ここまでで大丈夫だから」
柚希が言うと、蒼は短く「そうか」とだけ返した。
「さすがに疲れてるだろうし……ごめんね。ここまでありがとう」
そう言うと、蒼はほんの一瞬だけ眉を動かした。
でも、何も言わない。
気まずさをごまかすみたいに、柚希は笑って言った。
「……じゃあ、また、私の服、撮ってね」
蒼は少しだけ視線をそらして、
「あー……うん」
それだけ言って、歩き出した。
背中はいつも通り無愛想で、 振り返りもしない。
でも、柚希は知っている。
(……ほんとは、優しいくせに)
胸の奥がじんわり温かくなったまま、 二人はそれぞれの夜へと歩いていった。
二人は流れに押されるように電車へ乗り込む。
車内はぎゅうぎゅうで、座席なんてひとつも空いていない。
つり革もほとんど埋まっていて、柚希は壁際に手を添えて立った。
「……疲れた」
私がぼそっと言うと、「うん」とだけ帰ってきた。
電車が揺れるたび、肩が少し触れる。 そのたびに、蒼がちら、と柚希の横顔を見てくる。
じーっと見られて、耐えきれずに言った。
「……なに?」
「ねむそう」
即答。
「……ちょっと、」
むっとして言い返すと、蒼は目をそらした。
「事実だろ」
電車が大きく揺れた瞬間、柚希の身体がぐらりと傾く。
電車が揺れる中、ふいに前の席がひとつだけ空いた。
でも、柚希はなんとなく座るのが悪い気がして、そのまま立っていた。
すると、隣の蒼がぼそっと言う。
「……座れば?」
「え、でも……」
「もたもたしてたら取られんぞ。さっき眠いって言ってたくせに」
そう言うなり、蒼は柚希の背中を軽く押して、 半ば強引に座らせた。
「ちょ、ちょっと……」
座った瞬間、別の人がすぐ横に立ち、席はまた埋まった。
「……ありがとう」
小さく礼を言ったけど、蒼は聞こえてないふりをした。
無視。
やっぱり感じ悪い。
(……でも、座らせてくれたのは事実なんだけど)
そんなことを考えているうちに、 疲れが一気に押し寄せてきて、まぶたが重くなる。
気づけば、意識がふっと落ちていた。
——はっと目を開けたとき、 電車は降りる駅のひとつ前に停まっていた。
「やば……!」
慌てて立ち上がると、すぐ横に蒼がいた。 腕を組んで、無表情で立っている。
「え、ちょっと……降りなくていいの? 過ぎてるよ」
「おまえがずっと寝てるからだろ」
「いや、私関係な……」
「寝過ごしたらどうすんだよ」
その言葉に、柚希は言葉を失った。
怒ってるわけでも、呆れてるわけでもない。
ただ、当然のように言っているだけ。
(……なんで、そんなこと言うの)
電車が動き出す。
柚希は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら、目的の駅で降りる準備をした。
次の駅のアナウンスが流れる。
ドアの前に立つと、蒼も無言でついてきた。
開くと、人の波が一気に押し寄せてきた。
柚希は流れに押されながらホームへ出る。
蒼はその少し後ろで、 人混みに紛れないように距離を保ちながらついてくる。
改札へ向かう途中、柚希はふと気づいた。
「……え、駅、もう過ぎてるよね?」
蒼は前を向いたまま、淡々と言った。
「うん。」
「いや、じゃあなんで……」
(……私のために?)
そんなこと、わざわざ言うタイプじゃないのに。
「別に……起こしてくれればよかったのに。」
小さくつぶやくと、蒼はほんの一瞬だけ横目で見てきた。
「起きねぇだろ。あんだけ寝てたら」
「……う」
言い返せない。
「……ありがと」
そう言うと、蒼はまた聞こえないふりをした。
でも、さっきより歩く速度が少しだけ遅い。
柚希が追いつけるように。
(……感じ悪いくせに、こういうとこだけ優しいんだから)
胸の奥が、またじんわり熱くなった。
改札を抜けると、夜の空気がさらに冷たく感じる。
柚希はバッグの紐を握り直しながら、 なんとなく蒼の横顔を盗み見た。
無表情。 いつも通り。
(……なんでついてくるんだろ)
家の方向なんて、絶対違うのに。
「……あのさ」
思わず声が漏れた。
蒼は歩いたまま、返事だけする。
「ん」
「ほんとに……降りなくてよかったの?」
「別に」
「別にって……」
「3駅くらいどうでもいいだろ」
淡々とした声。
(……なんなの、ほんと)
しばらく沈黙が続いたあと、 蒼がふいに言った。
「……寝るなら、家帰ってから寝ろよ」
「え?」
「電車で寝ると危ない」
言い方は雑。
でも、言ってることは完全に“心配”。
柚希は思わず笑ってしまった。
「……はいはい。気をつけます」
「言ったな」
「言ったよ」
蒼はそれ以上何も言わず、 ただ前を向いて歩き続ける。
でも、歩幅はずっと柚希に合わせたまま。
その静かな優しさが、 夜の冷たい空気の中で、じんわりと胸に染みていった。
柚希は立ち止まった。
蒼も足を止める。
空気がひんやりして、少しだけ息が白くなる。
「……まって。ここまでで大丈夫だから」
柚希が言うと、蒼は短く「そうか」とだけ返した。
「さすがに疲れてるだろうし……ごめんね。ここまでありがとう」
そう言うと、蒼はほんの一瞬だけ眉を動かした。
でも、何も言わない。
気まずさをごまかすみたいに、柚希は笑って言った。
「……じゃあ、また、私の服、撮ってね」
蒼は少しだけ視線をそらして、
「あー……うん」
それだけ言って、歩き出した。
背中はいつも通り無愛想で、 振り返りもしない。
でも、柚希は知っている。
(……ほんとは、優しいくせに)
胸の奥がじんわり温かくなったまま、 二人はそれぞれの夜へと歩いていった。