玄関を閉めた瞬間、全身の力が抜けた。

「……あーー疲れたー」

バッグを放り投げるように置いたあと、 中にドレスが入っていることを思い出して、慌てて拾い上げる。

「やばっ……」 急いで取り出して、丁寧にハンガーへ。

生地がふわっと揺れて、今日の撮影の余韻が少しだけ戻ってくる。

そのままキッチンへ向かい、冷蔵庫を開ける。

中段に置いてあったタッパーをひとつ取り出すと、 透明のフタ越しに、照りのあるタレが固まった鶏むね肉が見えた。

「……一昨日のやつだ。これでいっか。」

電子レンジに入れて、ピッとボタンを おす。

その間に、冷蔵庫から適当にあったビールを一本取り出す。

開けると、プシュッと軽い音がした。

——ピーッ。

レンジの音がして、柚希は速足で取りに行く。

タッパーを開けた瞬間、 甘辛いタレの香りがふわっと広がった。

「……あ〜、いい匂い」

お皿に照り焼きを移すと、 タレが流れる。

横には、作り置きしていたほうれん草のおひたしをそのまま添える。

冷たいままでも、おいしいからそのまま。

箸でひとつつまんで口に運ぶ。

一気に飲み干して、 「ふぅ……」と息をついたあと、立ち上がって、明日の予定をスマホで確認する。

(……あ、明日仕事ないじゃん)

「……もう今日は、お風呂いっか。明日の朝入ろ」

誰もいない部屋なのに、つい声に出してしまう。

歯磨きをして、 適当に部屋を片づけて、 パジャマに着替えて、 そのままベッドにダイブ。

布団に沈み込んだまま、 スマホを手探りでつかんで、メッセージアプリを開く。

「今日は、撮影ありがとうございました。」

撮影チームのグループラインに送信して、 そのままSNSを開く。

流れてくるファッション動画や写真を、 ぼーっと眺めていた。

——ピロン。

グループラインに通知がついた。

(誰だろ……)

画面を開くと、蒼だった。

短い一文。

「おつかれ」

スマホを胸の上に置いて、 天井をぼんやり見つめる。

その瞬間、 今日のことが、ふっと頭に浮かんだ。

——席に座れって、ぶっきらぼうに押されたこと。 ——寝てる間、ずっとそばに立ってたこと。 ——「寝過ごしたらどうすんだよ」って言われたこと。

ひとつひとつが、 蘇ってくる。

気づいたら、 頬がじんわり熱くなっていた。

胸の奥がくすぐったくなるような、 落ち着かないような。
                       
「うわー」とよくわからない声を 枕に顔を半分埋めながら、 小さくつぶやく。

頭の中で勝手にリピートされる。

(……なんで、思い出してんの)

自分でもよくわからないまま、 でも、頬の熱はなかなか引かなかった。

そのせいで、完全に目が冴えてしまった。

「……あー、寝れない!!」

枕に顔を押しつけて、くぐもった声で叫ぶ。

誰もいない部屋だから、遠慮なんてしない。

仕方なく、スマホをもう一度手に取って、 適当にSNSの動画を流し始めた。

ファッションのリール、 メイク動画、 料理の早回し、 よくわからない猫のやつ。

どれも頭に入ってこない。

(……なんか、集中できない)

さっきから、 声とか、 電車の揺れとか、 あの無愛想な横顔とか、 全部が勝手に浮かんでくる。

そのたびに、顔がじんわり熱くなる。

「なんなのよー……」

そう文句を言った瞬間、 画面にカップルのイチャイチャ動画が流れてきた。

(……やめてよ、こういうの)

と思ったのに、 また頭の中に、さっきの蒼の顔が浮かんでくる。

(……だからなんで思い出すのよ)

その時だった。

——プルルルル。

突然スマホが鳴って、 びっくりして指が滑った。

「あっ……!」

さっきまで動画をスクロールしてたせいで、 そのままミスって通話に出てしまった。

「もしもし」

相手の声が聞こえてきて、 反射的に「はい」と返事した。

次の瞬間、 耳に飛び込んできたのは蒼の声だった。

「仕事の予定、いつあいてる?」

(……は? なんで今!?)

さっきまで頭の中でリピートしてた本人が、 急に現れたせいで、完全に固まる。

「おーい、聞いてる?」

蒼の声で、はっと我に返った。

「えっと、ごめん、聞いてなかった」

「はあ? だから仕事。いつあいてる?」

「えーっとぉー……あの……えー……来週の……日曜なら……」

戸惑いすぎて、 自分でも何言ってるかわからない返事になる。

「なんか……」

蒼が違和感に気づいた声を出す。

「何してた? なんか変」

バッサリ言われて、心臓が跳ねた。

「いや、あの……えーっと……」

(どうしようどうしようどうしよう)

「……遊んでた!」

とっさに出た言い訳。

(あ、これ絶対嘘ついたのバレてる……)

と自分でも思った。

電話の向こうで、蒼が「はぁ?」と低く言ったのが聞こえる。

そのあと、沈黙。 やけに長く感じた。

「……まあ、いいけど」

ようやく返ってきた声は、 いつも通り淡々としてるのに、 どこか呆れてるようにも聞こえる。

(うわ、絶対変に思われてる……)

顔がまた熱くなる。

「で、来週の日曜な。空けとけよ」

「え、あ、うん……」

さっきまで頭の中で勝手に再生されてた本人が、 今こうして普通に喋ってる。

その事実だけで、 胸の奥がざわざわして落ち着かない。

「じゃ、切るぞ」

いつも通りの、そっけない終わり方。

通話が切れた瞬間、 スマホを持つ手がじんわり汗ばんでいることに気づいた。

「……はぁぁぁぁぁ……」

布団に倒れ込んで、 両手で顔を覆う。

(なんで今日なの……なんで今なの……)

さっきまで動画を見てたせいで、 間違えて取っちゃうし、 しかも変な言い訳になるし。

「……やだ、ほんと寝れない……」

枕に顔を埋めたまま転がっていたら——

——ピロン。

またスマホが鳴った。

(え……まさか)

画面を見ると、蒼からのメッセージだった。

「早く寝ろ」

たったそれだけなのに、思わず笑ってしまう。 しかも命令系。

(……なにそれ)

スマホを持ったまま、しばらく画面を見つめる。

返信どうしようか考えてたけど、 だんだん眠気が押し寄せてきて、 頭がぼんやりしてくる。

(……もういいや)

深く考えるのも面倒になって、 「はいはい、寝るから」って打っている途中で、 意識がふっと落ちかけた。

つるっ。
ストン。

「……っつ……!」

スマホが顔に落ちて、思わず目が覚める。

「いったぁぁ……」

見事に顔面へダイブしたスマホが、 鼻のあたりを直撃して、涙がにじむ。

痛みよりも、 恥ずかしさと情けなさで、 布団の中でじたばたする。

急いでさっきの続きを打ち終えて送信し、 スマホをぽいっと軽く置いて、 そのまま目を閉じた。
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