ずっと片思いしていたエリート外科医の溺愛は妄想と違いすぎました。
◇ ◇ ◇
リストラが言い渡されてから半日でオフィスの片づけを指示され、寮に戻ってからは慌てて荷物を段ボールへ放り込む作業をこなす。
翌日、咲良はお手頃価格な地味な私服を纏い、大事な私物の入った段ボールを抱えたまま、公園のベンチに座り込んで途方に暮れていた。
「実家、戻るしかないよねぇ……」
(知らないホテルに泊まるのもアレだし、かといって今から新しいマンション見つかるなんて都合の良い話もないだろうし……)
咲良としては、実家に戻りたい気持ちは全くない。
「荷物はお母さんに見せたくないんだよなあ……」
咲良は幼い頃に父親を亡くし、以来母親の手で育ってきた。優秀な兄・理一と常に比べられてきた咲良は母親の事が苦手である。
理一の後に続けと有名な中高一貫校へ受験させられたり、テストの成績が悪かったらこんこんと叱られたりと、あまりロクな思い出が無い。
そんな理一は世界的に有名な電子機器メーカーに勤める転勤族で、今はアメリカで暮らしている。
意を決して実家に移動し咲良は、震える指先でインターホンを鳴らす。
「誰ですか?」
扉の先に金髪のウェーブがかったロングヘアに、白いAラインのワンピースを着用している女性が現れる。
(えっ誰この人)
目の前にいる若い女性は韓国風のアイメイクが施されたつり目で咲良を睨らみつける。
あからさまに睨みつけられるせいで、心臓はばくばくと大きな音を出して今にも爆発してしまいそうだ。
「あ、あの……私、中崎咲良と申します、家が無くなったので、しばらくはここですまわせてもらえないかって……」
「あ~……理一さんの妹さんか。私、楓華って言います。理一さんの妻です」
「え?」
突如もたらされた情報に、口をあんぐりと開けたまま言葉が出てこない。少なくとも理一が誰かと交際していたとは咲良は把握していないからだ。
「あなた、ここで住もうと思ってる? それは無理」
「へ」
いきなり拒否されてもなぜだかわからない以上、すんなりと受け入れられない。
「な、なんでですか!?」
「実は妊娠したの。あなたの部屋はこれから子供部屋にするから居場所はないよ」
聞けば理一は4ヶ月くらい前に日本へと戻ってきていたらしい。そして一夜限りの関係を持った所楓華の妊娠が発覚した。そして理一は仕事により再び渡米せざるを得なくなり、彼女は実家に居候し始めたそうだ。
如何にも当たりの強そうな楓華が母親とうまくやっていけてるのかは気になるが、今はそれどころではない。
「そ、そんな……!」
(急に言われても! 私の部屋、同人誌とか置いてあるのに!)
そうだ。咲良にはのっぴきならない事情がある。それは自作した同人誌についてだ。同人誌は自作かつオリジナル小説が7割で二次創作小説が3割。咲良は勤務の傍ら小説を書いては同人誌にして即売会で販売していた。
何冊かは私物の入った段ボールの中に収まっているが、それ以外は実家の部屋に誰にも見られないように収納していた。そんな部屋がこれから子供部屋になるなど、見過ごす事は出来ない。
「あ、あの……私の部屋に置いてあったものは……」
「全部捨てたわよ」
冷たく吐き捨てられた瞬間、咲良の胸の真ん中がずきりと痛んだ。
あれらは大事な大事な自分の作品。それらが捨てられるなんて悲しいを通り越すくらいの衝撃である。
「なんであんなに気持ち悪い小説ばっか書いてたの? まあ全部捨てたからいいけど……お義母さんも驚いていたわよ」
「気持ち悪くなんかないです!!」
自分の妄想や理想を気持ち悪いの一言で済まされた事で、咲良の腹の底から猛烈な怒りが湧いてくる。
「せっかく頑張って書いたのに! 普段小説を読まないから理解できないんですよあなたは!」
「はぁ!? 意味わかんない!」
「もういいです! こんな所もう来ません!」
ここは安寧が保証された場所ではない。そう察した咲良は段ボールを抱えて当てもなく走り出す。
脳内では自分の作品を罵倒する楓華の声がなんどもエコーがかって聞こえていた。その度に胸全体がズキズキと傷んで、痛みに呼応するかのように涙が溢れ出してくる。
「……気持ち悪くなんかないもん……!」
理解できない。この本には自分の願望と夢がたくさん詰まっているのになんで気持ち悪いなんて言われるんだろう。
(春日先輩への愛が、たくさん詰まってるのに!)
リストラが言い渡されてから半日でオフィスの片づけを指示され、寮に戻ってからは慌てて荷物を段ボールへ放り込む作業をこなす。
翌日、咲良はお手頃価格な地味な私服を纏い、大事な私物の入った段ボールを抱えたまま、公園のベンチに座り込んで途方に暮れていた。
「実家、戻るしかないよねぇ……」
(知らないホテルに泊まるのもアレだし、かといって今から新しいマンション見つかるなんて都合の良い話もないだろうし……)
咲良としては、実家に戻りたい気持ちは全くない。
「荷物はお母さんに見せたくないんだよなあ……」
咲良は幼い頃に父親を亡くし、以来母親の手で育ってきた。優秀な兄・理一と常に比べられてきた咲良は母親の事が苦手である。
理一の後に続けと有名な中高一貫校へ受験させられたり、テストの成績が悪かったらこんこんと叱られたりと、あまりロクな思い出が無い。
そんな理一は世界的に有名な電子機器メーカーに勤める転勤族で、今はアメリカで暮らしている。
意を決して実家に移動し咲良は、震える指先でインターホンを鳴らす。
「誰ですか?」
扉の先に金髪のウェーブがかったロングヘアに、白いAラインのワンピースを着用している女性が現れる。
(えっ誰この人)
目の前にいる若い女性は韓国風のアイメイクが施されたつり目で咲良を睨らみつける。
あからさまに睨みつけられるせいで、心臓はばくばくと大きな音を出して今にも爆発してしまいそうだ。
「あ、あの……私、中崎咲良と申します、家が無くなったので、しばらくはここですまわせてもらえないかって……」
「あ~……理一さんの妹さんか。私、楓華って言います。理一さんの妻です」
「え?」
突如もたらされた情報に、口をあんぐりと開けたまま言葉が出てこない。少なくとも理一が誰かと交際していたとは咲良は把握していないからだ。
「あなた、ここで住もうと思ってる? それは無理」
「へ」
いきなり拒否されてもなぜだかわからない以上、すんなりと受け入れられない。
「な、なんでですか!?」
「実は妊娠したの。あなたの部屋はこれから子供部屋にするから居場所はないよ」
聞けば理一は4ヶ月くらい前に日本へと戻ってきていたらしい。そして一夜限りの関係を持った所楓華の妊娠が発覚した。そして理一は仕事により再び渡米せざるを得なくなり、彼女は実家に居候し始めたそうだ。
如何にも当たりの強そうな楓華が母親とうまくやっていけてるのかは気になるが、今はそれどころではない。
「そ、そんな……!」
(急に言われても! 私の部屋、同人誌とか置いてあるのに!)
そうだ。咲良にはのっぴきならない事情がある。それは自作した同人誌についてだ。同人誌は自作かつオリジナル小説が7割で二次創作小説が3割。咲良は勤務の傍ら小説を書いては同人誌にして即売会で販売していた。
何冊かは私物の入った段ボールの中に収まっているが、それ以外は実家の部屋に誰にも見られないように収納していた。そんな部屋がこれから子供部屋になるなど、見過ごす事は出来ない。
「あ、あの……私の部屋に置いてあったものは……」
「全部捨てたわよ」
冷たく吐き捨てられた瞬間、咲良の胸の真ん中がずきりと痛んだ。
あれらは大事な大事な自分の作品。それらが捨てられるなんて悲しいを通り越すくらいの衝撃である。
「なんであんなに気持ち悪い小説ばっか書いてたの? まあ全部捨てたからいいけど……お義母さんも驚いていたわよ」
「気持ち悪くなんかないです!!」
自分の妄想や理想を気持ち悪いの一言で済まされた事で、咲良の腹の底から猛烈な怒りが湧いてくる。
「せっかく頑張って書いたのに! 普段小説を読まないから理解できないんですよあなたは!」
「はぁ!? 意味わかんない!」
「もういいです! こんな所もう来ません!」
ここは安寧が保証された場所ではない。そう察した咲良は段ボールを抱えて当てもなく走り出す。
脳内では自分の作品を罵倒する楓華の声がなんどもエコーがかって聞こえていた。その度に胸全体がズキズキと傷んで、痛みに呼応するかのように涙が溢れ出してくる。
「……気持ち悪くなんかないもん……!」
理解できない。この本には自分の願望と夢がたくさん詰まっているのになんで気持ち悪いなんて言われるんだろう。
(春日先輩への愛が、たくさん詰まってるのに!)