王子様なんて現れない
7
クリスティと結婚する目的が爵位だと知って以降。好きでもない女に構わせる負担を減らそうと努力しているのだけれど、どうにもうまくいかない。とりあえず距離を置いてみようと思い、以前より余所余所しく接してみたのだけれど、婚約破棄を望んでいるとでも受け取られたのだろうか。クリスティが避ければ避けるほど、カイルは距離を詰めてくる。あと少しの我慢で爵位が手に入りそうなのだ、こんなところで逃してなるものかと思っているのかもしれない。
「クリスティ、今度の土曜日に植物園に行かないか? 前に行きたいと言っていただろう?」
「えっ、ほんとで……あ……っと、ごめんなさい。その日はちょっと用事があって」
「なんの用事?」
今日もそうだ。以前までのクリスティならカイルからの誘いを断ることがなかったからなのだろう。鋭い目つきでクリスティに詰め寄る。なんとなく気分じゃないんです、なんてはぐらかすような返事は許されない空気だ。植物園に行きたいと言っていたのを覚えていてくれたこと自体が嬉しくてたまらない、と顔がにやけそうになるのを必死に堪えて言い訳を考える。視線を彷徨かせるクリスティをカイルは疑わしげに見つめていて、視線が鋭くて居心地が悪い。
「お、叔父様に会いに行くんです。今、王都の方に滞在しているそうなので」
「それなら私もいくよ」
「い、いえ! 個人的な用事なので私だけで!」
「……へえ?」
かなり訝しんでいるようだったけれど、それ以上の追求はどうにか免れた。叔父が王都の方に滞在しているのは本当だけれど、用事があるなんて嘘八百だ。今すぐ叔父に手紙を書いて、土曜日に会ってもらう約束を取り付けなければならない。
「……それじゃあ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
じっとりとした目でクリスティを見ていたカイルだけれど、出勤の時間には逆らえない。カイルが立ち上がるのに倣って、クリスティも立ち上がって玄関まで向かう。当たり前のようにカイルを見送っているけれど、本当ならクリスティではない人、それこそシスターに見送ってもらいたいのだろうかとぼんやり考えた。
*
叔父御用達のホテルに併設されたカフェは、いつ来ても店舗全体から洗練された雰囲気を放っている。客層のほとんどが貴族というのも大きい。貴族とはいえ、社交界中から煙たがられていた両親を持つクリスティは、なんだか場違いなようで居心地が悪い。叔父が個室を取ってくれていなかったら、周囲の視線が気になって紅茶の一杯も満足に飲み干せなかっただろう。足を組んで優雅にコーヒーを飲む叔父は、訪ねてもいいかと送った手紙に二つ返事で快諾してくれた。
「叔父様」
ティーカップを置き、口を開く。叔父に用事があるとカイルに告げたのは咄嗟の嘘だったけれど、聞きたいこと自体はある。「なんだい?」と穏やかに返す様子は、後ろめたそうな雰囲気もクリスティを騙そうとするような様子も感じられない。
「叔父様はどこでカイル様とお知り合いになったんですか?」
いつもと同じようにクリスティを穏やかに見つめていた目が、ほんの少し見開かれたのを見逃さなかった。カイルと引き合わせてくれた日、最近贔屓にしていると紹介してくれたのをそのまま信じていたけれど。もっと深く聞くべきだったのかもしれない。「どうして?」と尋ねる叔父は、もういつも通り。そうでないと国境沿いの防衛などという責務は果たせないのかもしれない。
「叔父様は社交的だけれど、それだけで二回りも年下の商人と仲良くなんてしないと思ったの」
「ハッキリ言うね」
「ごめんなさい。でも、そうでしょう?」
「我が姪ながら聡いものだ」
感心したように頷く叔父に、どうにも面映くなる。実の父親には「小賢しい」と吐き捨てられたところを、父親の弟は「聡い」と評してくれるらしい。ティーカップのハンドルを意味もなく親指でなぞる。叔父はこのままはぐらかしてしまうのだろうかと一瞬思ったけれど、言葉を続けた。
「詳しくは言えないけれど、彼のことは昔から知っていたんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから身元も、君への想いも保証する」
そう告げた瞳に、嘘はないように見える。これが嘘だというのなら、叔父は今すぐにでも劇場に立てるだろう。ということは、クリスティの婚約者は叔父すらも騙し仰る相当な演技派らしい。クリスティに傾ける想いなんてものは欠片もなくて、本当に心にいるのはシスターなのだから。それ以上追求することもできず微笑み返してみたけれど、うまく笑えていたかはわからない。
「カイルとの結婚が不安かい?」
「え」
叔父の言葉にどきりとする。「そ、そんなことは」と慌てて答えたけれど、見透かしたような視線に思わずたじろいでしまった後では遅かった。そうですと答えているようなものだ。どうにか誤魔化すために視線を彷徨かせて言葉を探す。
「その……カイル様は素晴らしい方です。私には勿体無いぐらいに」
「……」
「カイル様が伯爵家を継いでくださることには何の不安もありません。けど……」
そこで言葉を区切る。叔父の方を窺うと、何も言わずにクリスティを見つめていた。じっと耳を傾けてくれることにひどく安心した。
「私はきっと、カイル様に相応しい伯爵夫人になれません」
カイルと婚約してからというもの、クリスティの中で燻る不安が消えたことはない。刺繍の先生を頑張っても、カイルに抱かれても、ずっとずっと不安だった。絵に描いたような酷い領主だったクリスティの父とは対照的に、カイルはきっと素晴らしい伯爵になるだろう。けれど、隣に並び立つクリスティも素晴らしい伯爵夫人になるかと言われれば、きっとそんなことはない。クリスティが今頃になってどれだけ頑張ったところで、両親の言うことを聞くだけで何の努力もしてこなかった二十年が消えてなくなるわけではないのだ。伯爵夫人として相応しくないのならせめて、彼の負担にならない女性でありたかった。
「……そんなことはない、と言っても、君は素直に聞き入れないだろうね」
叔父は静かにそう呟いた。クリスティの言うことを肯定も否定もしない言葉は、突き放すように冷たくも、受け入れるように暖かくもどちらにも聞こえた。叔父はクリスティから視線を逸らし、手を組む。何かを言いたそうだけれど、どう伝えるべきか考えあぐねているらしい。クリスティを極力傷つけないようにと言う配慮は、両親にはなかった優しさだ。つくづく、父親と叔父の血が半分繋がっているとは思えない。
「私の家に来るかい?」
「え……?」
「できるならカイルと幸せになってもらいたいと思っている。けれど、不安を抱えてまで結婚する必要なんてないんだ」
「で、でも、そうしたら伯爵家は……」
「そもそも『いい噂を聞かない家』だ。断絶してしまっても構わないよ」
そう言って苦笑する様子に、伯爵家にいた頃の苦労を垣間見る。良識と常識を備えた叔父にとって、あの家は居心地が悪かったのだろう。「ようやく国境沿いの情勢も安定してきたからね」と叔父は続ける。
「クリスティが望むなら私の養子になって静かに暮らすという手もある」
「でも、カイル様との婚約は……」
そうなったらカイルが求める爵位が手に入らない。あれだけ尽くしてくれた彼に、爵位の一つも与えず一方的に婚約を破棄するのは流石に気が引ける。伯爵家の一切を捨てて叔父の養子になると言うのは正直魅力的すぎる提案だったけれど、簡単には首を縦に振れない。躊躇っていると、「いつでも他人を最優先に考えるのはクリスティの美点だけれど」と叔父は微笑む。
「こういうときは、自分の気持ちを一番に考えたらいいんだよ」
*
カフェを後にしたクリスティは一人ぼんやりと帰路を辿る。頭の中で回るのは、「まずはカイルと話し合ってごらん。彼は君の不安を受け止めるだけの度量はある男だ」と叔父に告げられた言葉。話し合えと言われても、何を話し合えばいいのだろう。本当は爵位目当てであることをクリスティには隠そうとしてくれたのに、盗み聞いてしまっただなんてまさか言えるはずもない。俯く視界には王都の舗装された道路が映る。伯爵領の道路も、もうすぐこうなるのだろう。カイルと叔父のおかげで。
「クリスティ」
背後から聞き慣れた声に呼ばれる。弾かれたように顔を上げて振り向くと、予想通りの人物がそこにいた。
「! カイル様!? どうしてここに……」
「迎えにきたんだ」
差し出された手を取ろうか躊躇っていると、焦れたようにカイルの方から握ってくる。「せっかくだからどこかに寄ってから帰ろうか?」と尋ねられ、反射的にぜひと答えそうになった。男性経験のないクリスティは、カイルと婚約して初めてデートというものを経験した。両親に言われてパーティーに行く以外ろくに出かけたことのないクリスティにとって、カイルが連れて行ってくれる場所はどこも新鮮。王都からの帰り道ならどこに連れて行ってもらえるのだろう、巷で人気だと噂のカフェだろうか。そんなことを考えてしまった後で、はっと我に返る。
「ごめんなさい、もう疲れちゃって……真っ直ぐ家に帰っても良いですか?」
心臓が嫌にドキドキする。カイルの気持ちがクリスティにないとはいえ、せっかく誘ってくれるのを何度も断るのはあまりに申し訳ない。爵位目当てとはいえ最大限にクリスティを尊重しようとしてくれているのを、クリスティ自身が無碍にしているのではないのだろうか。
「大丈夫? 家までは歩ける?」
「ええ、大丈夫です」
嘘をついて断るクリスティにもカイルは優しい。そっと横顔を見ると、眉を下げて心配そうにしてくれていて、余計に罪悪感が増した。自分がどうしたいのか、どうするべきなのかがわからない。叔父の言うとおり、カイルと話し合ったほうがいいのかもしれない。爵位目当てだと言うことはわかっているから、愛しているふりなんてしないで大丈夫だと。抑圧されて生きてきたせいで、クリスティは自分の意見を主張するこがかなり不得手だ。けれど、それでもカイルの幸せを思うなら勇気を出さなければならないのだろう。
握られている手をそっと振り解き、いつ切り出すのがいいかと考える。俯いて考え込む様子をカイルがどんな顔で見ているのか、クリスティが知ることはなかった。
「クリスティ、今度の土曜日に植物園に行かないか? 前に行きたいと言っていただろう?」
「えっ、ほんとで……あ……っと、ごめんなさい。その日はちょっと用事があって」
「なんの用事?」
今日もそうだ。以前までのクリスティならカイルからの誘いを断ることがなかったからなのだろう。鋭い目つきでクリスティに詰め寄る。なんとなく気分じゃないんです、なんてはぐらかすような返事は許されない空気だ。植物園に行きたいと言っていたのを覚えていてくれたこと自体が嬉しくてたまらない、と顔がにやけそうになるのを必死に堪えて言い訳を考える。視線を彷徨かせるクリスティをカイルは疑わしげに見つめていて、視線が鋭くて居心地が悪い。
「お、叔父様に会いに行くんです。今、王都の方に滞在しているそうなので」
「それなら私もいくよ」
「い、いえ! 個人的な用事なので私だけで!」
「……へえ?」
かなり訝しんでいるようだったけれど、それ以上の追求はどうにか免れた。叔父が王都の方に滞在しているのは本当だけれど、用事があるなんて嘘八百だ。今すぐ叔父に手紙を書いて、土曜日に会ってもらう約束を取り付けなければならない。
「……それじゃあ、行ってくるよ」
「はい、行ってらっしゃいませ」
じっとりとした目でクリスティを見ていたカイルだけれど、出勤の時間には逆らえない。カイルが立ち上がるのに倣って、クリスティも立ち上がって玄関まで向かう。当たり前のようにカイルを見送っているけれど、本当ならクリスティではない人、それこそシスターに見送ってもらいたいのだろうかとぼんやり考えた。
*
叔父御用達のホテルに併設されたカフェは、いつ来ても店舗全体から洗練された雰囲気を放っている。客層のほとんどが貴族というのも大きい。貴族とはいえ、社交界中から煙たがられていた両親を持つクリスティは、なんだか場違いなようで居心地が悪い。叔父が個室を取ってくれていなかったら、周囲の視線が気になって紅茶の一杯も満足に飲み干せなかっただろう。足を組んで優雅にコーヒーを飲む叔父は、訪ねてもいいかと送った手紙に二つ返事で快諾してくれた。
「叔父様」
ティーカップを置き、口を開く。叔父に用事があるとカイルに告げたのは咄嗟の嘘だったけれど、聞きたいこと自体はある。「なんだい?」と穏やかに返す様子は、後ろめたそうな雰囲気もクリスティを騙そうとするような様子も感じられない。
「叔父様はどこでカイル様とお知り合いになったんですか?」
いつもと同じようにクリスティを穏やかに見つめていた目が、ほんの少し見開かれたのを見逃さなかった。カイルと引き合わせてくれた日、最近贔屓にしていると紹介してくれたのをそのまま信じていたけれど。もっと深く聞くべきだったのかもしれない。「どうして?」と尋ねる叔父は、もういつも通り。そうでないと国境沿いの防衛などという責務は果たせないのかもしれない。
「叔父様は社交的だけれど、それだけで二回りも年下の商人と仲良くなんてしないと思ったの」
「ハッキリ言うね」
「ごめんなさい。でも、そうでしょう?」
「我が姪ながら聡いものだ」
感心したように頷く叔父に、どうにも面映くなる。実の父親には「小賢しい」と吐き捨てられたところを、父親の弟は「聡い」と評してくれるらしい。ティーカップのハンドルを意味もなく親指でなぞる。叔父はこのままはぐらかしてしまうのだろうかと一瞬思ったけれど、言葉を続けた。
「詳しくは言えないけれど、彼のことは昔から知っていたんだよ」
「そうなんですか?」
「ああ。だから身元も、君への想いも保証する」
そう告げた瞳に、嘘はないように見える。これが嘘だというのなら、叔父は今すぐにでも劇場に立てるだろう。ということは、クリスティの婚約者は叔父すらも騙し仰る相当な演技派らしい。クリスティに傾ける想いなんてものは欠片もなくて、本当に心にいるのはシスターなのだから。それ以上追求することもできず微笑み返してみたけれど、うまく笑えていたかはわからない。
「カイルとの結婚が不安かい?」
「え」
叔父の言葉にどきりとする。「そ、そんなことは」と慌てて答えたけれど、見透かしたような視線に思わずたじろいでしまった後では遅かった。そうですと答えているようなものだ。どうにか誤魔化すために視線を彷徨かせて言葉を探す。
「その……カイル様は素晴らしい方です。私には勿体無いぐらいに」
「……」
「カイル様が伯爵家を継いでくださることには何の不安もありません。けど……」
そこで言葉を区切る。叔父の方を窺うと、何も言わずにクリスティを見つめていた。じっと耳を傾けてくれることにひどく安心した。
「私はきっと、カイル様に相応しい伯爵夫人になれません」
カイルと婚約してからというもの、クリスティの中で燻る不安が消えたことはない。刺繍の先生を頑張っても、カイルに抱かれても、ずっとずっと不安だった。絵に描いたような酷い領主だったクリスティの父とは対照的に、カイルはきっと素晴らしい伯爵になるだろう。けれど、隣に並び立つクリスティも素晴らしい伯爵夫人になるかと言われれば、きっとそんなことはない。クリスティが今頃になってどれだけ頑張ったところで、両親の言うことを聞くだけで何の努力もしてこなかった二十年が消えてなくなるわけではないのだ。伯爵夫人として相応しくないのならせめて、彼の負担にならない女性でありたかった。
「……そんなことはない、と言っても、君は素直に聞き入れないだろうね」
叔父は静かにそう呟いた。クリスティの言うことを肯定も否定もしない言葉は、突き放すように冷たくも、受け入れるように暖かくもどちらにも聞こえた。叔父はクリスティから視線を逸らし、手を組む。何かを言いたそうだけれど、どう伝えるべきか考えあぐねているらしい。クリスティを極力傷つけないようにと言う配慮は、両親にはなかった優しさだ。つくづく、父親と叔父の血が半分繋がっているとは思えない。
「私の家に来るかい?」
「え……?」
「できるならカイルと幸せになってもらいたいと思っている。けれど、不安を抱えてまで結婚する必要なんてないんだ」
「で、でも、そうしたら伯爵家は……」
「そもそも『いい噂を聞かない家』だ。断絶してしまっても構わないよ」
そう言って苦笑する様子に、伯爵家にいた頃の苦労を垣間見る。良識と常識を備えた叔父にとって、あの家は居心地が悪かったのだろう。「ようやく国境沿いの情勢も安定してきたからね」と叔父は続ける。
「クリスティが望むなら私の養子になって静かに暮らすという手もある」
「でも、カイル様との婚約は……」
そうなったらカイルが求める爵位が手に入らない。あれだけ尽くしてくれた彼に、爵位の一つも与えず一方的に婚約を破棄するのは流石に気が引ける。伯爵家の一切を捨てて叔父の養子になると言うのは正直魅力的すぎる提案だったけれど、簡単には首を縦に振れない。躊躇っていると、「いつでも他人を最優先に考えるのはクリスティの美点だけれど」と叔父は微笑む。
「こういうときは、自分の気持ちを一番に考えたらいいんだよ」
*
カフェを後にしたクリスティは一人ぼんやりと帰路を辿る。頭の中で回るのは、「まずはカイルと話し合ってごらん。彼は君の不安を受け止めるだけの度量はある男だ」と叔父に告げられた言葉。話し合えと言われても、何を話し合えばいいのだろう。本当は爵位目当てであることをクリスティには隠そうとしてくれたのに、盗み聞いてしまっただなんてまさか言えるはずもない。俯く視界には王都の舗装された道路が映る。伯爵領の道路も、もうすぐこうなるのだろう。カイルと叔父のおかげで。
「クリスティ」
背後から聞き慣れた声に呼ばれる。弾かれたように顔を上げて振り向くと、予想通りの人物がそこにいた。
「! カイル様!? どうしてここに……」
「迎えにきたんだ」
差し出された手を取ろうか躊躇っていると、焦れたようにカイルの方から握ってくる。「せっかくだからどこかに寄ってから帰ろうか?」と尋ねられ、反射的にぜひと答えそうになった。男性経験のないクリスティは、カイルと婚約して初めてデートというものを経験した。両親に言われてパーティーに行く以外ろくに出かけたことのないクリスティにとって、カイルが連れて行ってくれる場所はどこも新鮮。王都からの帰り道ならどこに連れて行ってもらえるのだろう、巷で人気だと噂のカフェだろうか。そんなことを考えてしまった後で、はっと我に返る。
「ごめんなさい、もう疲れちゃって……真っ直ぐ家に帰っても良いですか?」
心臓が嫌にドキドキする。カイルの気持ちがクリスティにないとはいえ、せっかく誘ってくれるのを何度も断るのはあまりに申し訳ない。爵位目当てとはいえ最大限にクリスティを尊重しようとしてくれているのを、クリスティ自身が無碍にしているのではないのだろうか。
「大丈夫? 家までは歩ける?」
「ええ、大丈夫です」
嘘をついて断るクリスティにもカイルは優しい。そっと横顔を見ると、眉を下げて心配そうにしてくれていて、余計に罪悪感が増した。自分がどうしたいのか、どうするべきなのかがわからない。叔父の言うとおり、カイルと話し合ったほうがいいのかもしれない。爵位目当てだと言うことはわかっているから、愛しているふりなんてしないで大丈夫だと。抑圧されて生きてきたせいで、クリスティは自分の意見を主張するこがかなり不得手だ。けれど、それでもカイルの幸せを思うなら勇気を出さなければならないのだろう。
握られている手をそっと振り解き、いつ切り出すのがいいかと考える。俯いて考え込む様子をカイルがどんな顔で見ているのか、クリスティが知ることはなかった。