執着系御曹司は最愛の幼馴染みを離さない
 だがそれは、彼に想い人がいなければの話。

 彼女との関係はもう終わったのか。
 それとも、なにか結婚できない事情でもあるのか。

 わかっているのは、悠真の気持ちが自分にはないということだけ。

(でも……また、そばにいられる)

 五年前、彼から離れるためだったとしても、ひどい言葉で傷つけた。それなのに、結局この男を諦めきれない自分は愚かでしかない。

「契約……かぁ」
「いやか?」

 悠真の瞳が不安に揺れているのは、杏に断られたら困るからか。たとえ恋心とは違っても、悠真に選ばれたのだというわずかな優越感が湧き上がってくる。

 彼を忘れたくて一度は離れたはずなのに、顔を見るだけで、あの頃の恋がいとも簡単に蘇ってしまう。

「期間は?」
「杏に結婚したい相手ができるまででもいい。最低一年は欲しいが」
「結婚したい相手が一生できなかったらどうするの」

 杏は驚き、疲れた顔で笑った。

「そうしたら、一生、俺といればいい」

(本当に、そうなれたら、いいのにね)

 杏に悠真以外の好きな人ができるより、悠真に好きな女性ができる方が早いのではないかと思う。リミットはきっとそこなのだろう。

 それでも一生なんて言われたら、必死に押し殺してきた恋心が溢れて、気持ちが揺さぶられてしまう。

 彼の提案を受け入れれば、たとえそこに愛がなくとも、悠真の妻になれるのだ。

 欲しくて、欲しくて、でも、決して手が届かなかった。それに少し手を伸ばせば届く。

「わかった……悠真くんに、助けてもらったし、恩返しができるとしたら、今しかないね」

 杏は五年前と同じように〝妹〟の顔をして言った。
 悠真への恋心を決して知られないように。
 契約結婚を受け入れるのは、名波家に恩を感じているからだと思われるように。

「そうか」
 すると悠真が突然、その場に膝を突く。

「じゃあ、結婚しよう、杏」

 杏の左手を取ると、彼の唇が杏の左手の甲に軽く触れる。顔を上げた彼と視線がぶつかった。

 杏を契約結婚に頷かせるためのリップサービスでしかない。それでも杏は、今までにないほど満たされた心地になる。

 叶うはずのない願いだった。たとえ契約でも、愛がなくても、好きな人の妻になれる。それがどれほど嬉しいか、きっと悠真にはわからないだろう。

「はい、よろしくお願いします」

 杏は己を愚かだと思いながらも、その手を振り払うことができなかった。
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