執着系御曹司は最愛の幼馴染みを離さない
 ***

 祖父母の口からよく出る〝悠真様〟を伊智子から紹介されたのは、杏が小学校一年生の頃だった。それまではおそらく、杏が幼すぎて悠真に失礼があってはいけないと、祖父母が遠ざけていたのだと思う。

「おじいちゃん、どこに行くの~?」
「奥様と悠真様のところだ。失礼のないようにな」
「わかってるってば。それ何度目?」

 祖父の後をついて広い庭を進み、杏が住む離れよりはるかに大きい母屋に足を踏み入れる。リビングのソファーには伊智子と杏より体の大きな男の子が座っていた。

「杏ちゃん来てくれてありがとうね」
「よ、よろしくお願いします!」

 伊智子が柔らかい笑顔でふふっと声を出して笑った。
 行儀よく座っている男の子を見た時、杏は幼いながらも、その男の子のあまりに綺麗すぎる顔に見惚れた。

「学校から帰ると、いつもつまらなそうにしてるのよね。よかったら一緒に遊んで、お友だちになってくれる?」

 伊智子は隣に立つ悠真を紹介して言った。

 名波家はこの辺りでも有名な資産家だ。この時の杏は知らなかったが、悠真には常に誘拐の危険があり、敷地の外で遊ぶのを禁じられていたのだ。

「うん、お友だち嬉しい! 初めまして、杏はね、杏っていうの。杏がお坊ちゃまに庶民の遊びを教えてあげますね!」

 祖父の〝失礼がないように〟を斜め上に解釈した杏は、使用人の孫としてお坊ちゃまの世話をしなければという使命感に駆られていたのだ。

「杏、奥様と悠真様に向かってなんて言い方をするんだ! かしこまりました、と言いなさい。よろしくお願いします、と」

 祖父母は孫の杏をかわいがってくれるが、主人への無作法は決して許さない。ただ、友だちになるのならそんな言葉遣いではダメじゃないか、と幼い杏は思った。

「いいのいいの。お友だちなのに、そんな丁寧な話し方をしたらおかしいでしょう。杏ちゃん、気にしないで学校のお友だちと同じように話して大丈夫よ。杏ちゃんが教えてくれる遊び、私も気になるわ~!」

 杏は悠真と友だちになり、しょっちゅう本邸に押しかけては〝庶民の遊び〟を悠真に教えた。雨の日は、お手玉やおはじきを。晴れた日は、広い庭で鬼ごっこをしたり、庭掃除中に葉っぱで顔を作ったり、かくれんぼをしたりした。

 庶民の遊びというより古風な遊びなのだが、物心ついた頃には杏のそばには祖父母しかおらず、遊びを教えてくれたのもふたりだったため、そういった遊びしか杏は知らなかった。

 下敷きで髪の毛を逆立ててあげたら、お腹がよじれるくらい悠真が笑って、杏の幼い頃の思い出と言えばそれらである。

 悠真としてはただ幼い杏の面倒を見ているだけだっただろうが、ひねくれた態度がなくなっていったと伊智子が喜んでいたから、杏との出会いで情緒は育っていたのかもしれない。
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