この空の青を、君は知らない


「そういやさ、天音って昼間何してんの?」

いつものように、屋上で隣に座っている天音に、ふと問いかける。

「え?」

「いや、天音って、屋上も空も好きだろ?
でも昼間ここに来ても、見かけたことないからさ」

同じ病院に入院しているのに、昼間、天音を見かけたことは一度もなかった。廊下ですれ違ったこともない。

これまで何度か昼間に屋上へ行ったことがある。
それは全部、昼の空を描くためだった。

けれど、どうしてもうまく描ける気がしなかった。
青い空も、ゆっくり流れる白い雲も、どこか遠く、単調に思えてしまう。
眩しい青空からは、夜空みたいな優しさをどうしても見つけられなかった。

出会って最初にされたお願いを、僕はまだ果たせていない。
だから、いつかちゃんと描きたい。

「えーっと……」

少し俯きながら、天音は言葉を探すように口を動かした。

「昼間はあんまり病室から出ないから……かな」

「そっか。まあ、窓からも見えるか」

「う、うん」

天音の声は、ほんの少し小さかった。

「……そう言えば、天音の病室ってどこの部屋?同じ階なのかな?」

「え?」

「実はさ、こないだ看護師さんに夜出歩いてるのバレちゃって。
まぁお互い知ってる方が何かと便利だろ?」

少し期待して、そう言ってしまう。
昼にもこうして会えたら、どれだけ楽しいだろう。

「天音の病室番号って……」

そう言いかけたところで、天音の声が言葉を遮る。

「……ひ、秘密!」

「え?」

天音は一瞬だけ目を逸らしてから、慌てたように笑った。

「あ、ほら!
だって、私たちには夜があるんだから。
わざわざ昼に会うまでもないでしょ?」

「確かに、それもそうだよな」

僕だけが期待していたみたいで、胸の奥が沈む。
それが、少し恥ずかしかった。

「だから……ダメ」

天音は、人差し指をそっと立てて、少しだけ首を傾げる。

話を変えるように、天音がこちらに向き直る。

「遥人は?いつも何してるの?」

「んー、絵描いたり、学校のプリントやったりとか」

「プリント?学校、通ってるの?」

天音は、澄んだ瞳を大きく開き、身を乗り出す。

「いや、今は通ってないよ。
でも、宿題とか提出したら出席扱いになるらしくてさ。まあ僕はどっちでもいいんだけど、親の方針みたいな感じで」

「そっか。……いいな。
中学生なんだもんね」

天音はそう言って、足先に視線を落とす。

「天音も中学生だろ?同い年なんだし」

「私、中学校、行ったことないんだよね。
っていうか、今まで、学校に行ったことない」

天音は、伸ばした両足を左右に揺らした。
それがどこか寂しそうに見えた。

「そう、なんだ……」

なんと返せばいいか分からなくて、絞り出すように言う。

すると天音は、僕の沈黙を、何か勘違いしたみたいで、慌てたように続けた。

「あ、でも私、ちゃんと勉強してるから!
まあ、数学は……ちょっと、というか結構?苦手だけど……。
それ以外は大丈夫!」

そう言って天音は、くいっと眼鏡をあげる真似をした。
その姿があまりにおかしくて、思わず笑いを漏らす。

「そっか」

「僕も、数学は嫌いだな。あんなの生活で使わないだろ。」

「ほんとにだよ!あれ暗号にしか見えないし!」

「言えてる」

そう言って二人、声をあげて笑う。

夜風がそっと吹いて、天音の髪がふわりと揺れた。
僕は、その横顔を見つめていた。

僕らは、世間でいう普通の中学生ではない。
それでも、僕はこれでいいと思えた。
むしろ、これがいいとさえ思ってしまう。

こんなふうに思えるのはきっと、今も隣で空を見上げて笑っている天音のおかげだ。

「花火、楽しみだな」

僕が言うと、天音は空を見上げたまま、嬉しそうに目を細めた。

「うん。すっごく楽しみ」

天音の視線の先には、少し赤みを帯びた月が浮かんでいた。
右側が少しかけた、静かな月だった。

この月がゆっくり欠けて見えなくなる頃——
きっと夜空には花火が咲く。

——あと十日。

夜の空気に、月の淡い光が静かに溶け込んでいく。

僕はもう一度、夜空を見上げた。



< 21 / 38 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop