この空の青を、君は知らない

少しだけ開いた扉の前で、足を止めた。

「お、お邪魔します……」

天音は、くすっと笑う。

「……なにしてんの?」

「え?いやだって、お邪魔するから」

「私がいない間に、勝手に入ってたくせに?」

からかってくるけれど本当のことだから、なんとも言い返せない。

「いや、それは……ごめんって」

天音は、楽しそうに肩を揺らした。

「あ、じゃあさ、遥人の部屋行ってもいい?」

「え?まあ、いいけど……」

「やった!じゃあ日が暮れたら行くね」

「え?今日?!」

「ん?だめなの?」

「いやだって、心の準備が……」

口をもごもごさせながら答えると天音が追撃してくる。

「それ、私のセリフなんだけど?」

何も言えないままの僕に、天音は勝ち誇ったような顔をした。

「おー……!」

夜になってから、天音は予告通り僕の部屋に来た。
少しだけ、気恥ずかしくなる。

「おーって言うほど変わったもんないでしょ」

「うん!」

「うん!じゃないよ、もう」

「ふふ、これでいつでも会えるね!」

その言葉に、少しだけ、胸が詰まる。

そんなまっすぐな言葉が恥ずかしくて、窓の外に目をやる。

「空、描こうか」

「うん」

天音は静かに、優しく頷く。

ベッドの枕元に背を預けて、筆を取る。
天音は窓の方を向いたまま、ベッドの端に腰掛けた。

窓の外には、静かな夜が広がっている。

筆先が色を重ね、空を描いていく。
白いスケッチブックに、藍色が染まる。

しばらくして、天音がストンっとベッドから立ち上がり、口を開く。

「できた?」

その声に小さく頷くと、天音は枕元まで近づき、スケッチブックを覗き込む。

長い髪がさらりと傾き、少し甘い匂いがした。

「ほんとに、本物の空みたい……」

「そう、かな?」

そんなに自信はなかったけれど、天音がそう言ってくれるだけで、心が温かくなるのを感じる。

いつものように、スケッチブックの、一番上を丁寧に破りとって、天音に差し出す。

「ありがとう」

天音は、僕の方を向き直ってにこりと微笑む。

そして、窓に近づき、スケッチブックをかざす。

「綺麗……」

小さく呟いて、大事そうに見つめる。

その姿を見ているだけで、僕は嬉しかった。

天音の横顔は、月明かりに静かに照らされていた。

その横顔から、しばらく目を離せなかった。


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