1ヶ月だけ、君の隣で。

第四話 俺の前では

放課後、A組の装飾チームは教室のすみで集まっていた。


「じゃあー、今日の作業分担だけど……材料の買い出し、誰が行く?」 


 班長の女子が紙を掲げると、すかさず声が上がる。


「蓮くん行ってくれたら助かる〜!」

「柏見くんと行きたい〜!」


 黄色い声が飛ぶ中、蓮は迷いなく言った。


「じゃあ…俺、奏と行く」


 静かだった教室が、ざわっと揺れた。


「え、清水さん……?」

「は?なんで清水ばっかり…」


 視線が痛いほど集まる。
 奏は思わず後ずさりした。

(……また。私のせいで雰囲気がおかしくなる)

 言わなきゃ。
 私は大丈夫だって。
 違う子と行ってって。


「ちょ、ちょっと蓮——」

「行こう、奏」


 蓮は奏の手首を軽くつまんで、そのまま立ち上がらせた。
 女子の視線がさらに鋭くなる。
 その空気を読み取った班長が、困ったように笑って言う。


「じゃ、じゃあ二人に買い出しお願いしまーす……」

 教室のざわめきの中、奏は内心で何度もため息をついた。

(蓮の“当たり前”の行動が……私を困らせるんだよ)

 でも、振り払えないのも事実だった。


 必要な装飾品をいくつか買って、袋を提げて商店街を歩く。


「奏、疲れてる?」

「大丈夫だよ。私、体力はあるから」

「メンタルの話ね」

「……余計なお世話」


 口ではそう言うのに、蓮の隣を歩いていると、気持ちが少しだけ軽くなる。
 蓮はふいに足を止めた。


「ねえ奏。さっきの教室のこと、気にしてるでしょ?」

「……気にしてないよ」

「嘘つき」


 優しいけど逃げられない声で、奏を見つめてくる。


「女子に何か言われそうで怯えてる顔、俺すぐ分かるから」

「怯えてなんか……」

「中学のとき、そうだったんじゃないの?
 俺、違うから知らんけど」


 その一言に、息が詰まる。
 過去を直視したくなくて、視線を落とした瞬間——


「奏?」


 背筋が凍りついた。
 聞き覚えのある声。
 顔を上げると——
 そこには中学の同級生、浜辺さんが立っていた。


「久しぶりね。……奏」


 その声が、あの頃の昼休みを思い出させる。

 “奏のせいで、クラスの空気悪くなるんだよ”

 胸の奥で、過去が小さく疼く。


「……ひさしぶり」


 震える声で返した瞬間、蓮が奏の前へ一歩出た。


「誰?」

「あ……中学の同級生。でも、そんなに——」

「話したくなさそうだけど?」


 蓮の声が静かに低くなる。
 笑ってるのに、ぜんぜん笑ってない。
 浜辺さんは苦笑し、蓮を見た。


「柏見くんでしょ? 転校してきた……。
 噂聞いてるよ。人気者なんだってね」

「それより——奏に何か用?」

「別に。ただ声かけただけ」

「声かける必要ある?」


 空気がぴりっと張りつめた。
 奏は慌てて蓮の袖を引く。


「蓮、やめて……!」


 蓮はようやく視線をそらす。
 浜辺さんは苦笑して手を振った。


「……またどこかで。じゃあね、奏」


 浜辺さんが去ると、蓮はすぐに奏の手を取った。


「大丈夫?」

「……うん。大丈夫」

「嘘つき」

「だいじょうぶだよ」


 言葉とは裏腹に、奏の手は少し震えていた。
 蓮はその手を包み込むように握り、ゆっくり歩き出した。


「奏。俺の前では、平気なふりしなくていいよ」


 その優しさが、胸の奥をほどいていく。


「……蓮のこと、困らせちゃうよ」

「困ってない。むしろ、もっと頼って?」


 蓮は横目で奏を見た。


「俺はさ、奏の全部を知ったうえで、そばにいたいから」


 その言葉は優しすぎて、少し涙がにじんだ。
 だけど奏は笑ってみせる。


「……ありがとう」

「うん」


 蓮は照れたように目をそらしたけれど、
 繋いだ手だけは離さなかった。
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