1ヶ月だけ、君の隣で。
第六話 君にはわからないよ
文化祭まで、あと十日。
A組の教室は、放課後になると毎日が戦場みたいだった。
背景布、装飾、小道具。
机の上には色とりどりの材料が積み上がっている。
「清水さん、そこ違うんだけど」
「……もうちょっと手早くできない?」
最近、そんな声が増えた気がする。
(……気のせい、だよね)
奏はそう言い聞かせながら、ハサミを動かした。
でも分かっている。
理由はひとつしかない。
——柏見蓮。
蓮が奏のそばにいるから。
それだけで、空気が変わる。
「奏、これ終わった?」
蓮が自然に声をかける。
それだけで、数人の女子がちらりとこちらを見る。
奏は思わず一歩、距離を取った。
「……うん。もうすぐ」
蓮は一瞬、目を細めた。
「なに。避けてる?」
「ち、違うよ。たまたま」
でも、それが“たまたま”じゃないことくらい、奏自身がいちばん分かっていた。
——あと何日?
頭の中で、期限が数字になる。
残り、十日。
そして、仮恋人を初めて十日目。
(……終わるんだよね。これ)
この距離も、この時間も。
“恋人のふり”は、終わりが決まっている。
だからこそ——
「柏見くん、こっち手伝って!」
女子の声がかかった瞬間、奏はほっとしてしまった。
「……蓮、行ってあげたら?」
蓮はぴたりと動きを止める。
「は?」
「ほら……私、ひとりでも大丈夫だから」
それは、奏なりの“優しさ”だった。
でも蓮には、違って聞こえた。
「……奏」
低い声。
呼ばれただけで、心臓が跳ねる。
「なんで最近、急に離れようとすんの」
「……だって」
言えない。
“期限があるから”なんて。
蓮は一歩近づき、声を落とした。
「周りの目? それとも——俺?」
その問いに、奏は答えられなかった。
沈黙が、肯定みたいで。
蓮の表情が、少しだけ曇る。
「……そっか」
短くそう言って、蓮は女子の方へ向かった。
教室に戻った賑やかな声が、やけに遠く感じた。
「最近さ、清水さん調子乗ってない?」
「柏見くんが優しいのいいことに……」
背後から、ひそひそ声が聞こえる。
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
(……怒らせないように。目立たないように)
そうやって、奏はまた自分を小さくした。
その様子を、蓮は見ていなかった——
……わけがない。
片付けの途中、蓮は突然言った。
「このあと、少し時間ある?」
「え……?」
「話したい」
有無を言わせない声だった。
校舎裏。
夕焼けが校舎の壁を赤く染めている。
「……奏」
蓮は奏をまっすぐ見た。
「俺さ、期限とか、正直どうでもいいんだけど」
心臓が、止まりそうになる。
「でも、奏は違うでしょ」
奏は唇を噛んだ。
「……一か月だけ、って決めたでしょ」
「だから?」
「だから……終わる前提で、期待しちゃだめなの」
声が震える。
「蓮が優しくするたび、勘違いしそうになる」
沈黙。
蓮はしばらく何も言わなかった。
やがて、低く静かな声が落ちる。
「……勘違いさせてるつもり、ないよ」
でも次の言葉は、はっきりしていた。
「本気だから」
奏は顔を上げられなかった。
(そんなこと言わないで)
言われたら、戻れなくなる。
蓮は一歩近づく。
「期限があるから、離れる?
じゃあさ……期限がなかったら、どうするの」
答えられない。
答えたら、この関係が壊れてしまいそうで。
「……今日は、ここまでにしよ」
奏はそれだけ言って、背を向けた。
蓮は追いかけなかった。
ただ、小さく息を吐いた。
「……ほんと、ずるいな」
誰に向けた言葉なのか、奏には分からなかった。
A組の教室は、放課後になると毎日が戦場みたいだった。
背景布、装飾、小道具。
机の上には色とりどりの材料が積み上がっている。
「清水さん、そこ違うんだけど」
「……もうちょっと手早くできない?」
最近、そんな声が増えた気がする。
(……気のせい、だよね)
奏はそう言い聞かせながら、ハサミを動かした。
でも分かっている。
理由はひとつしかない。
——柏見蓮。
蓮が奏のそばにいるから。
それだけで、空気が変わる。
「奏、これ終わった?」
蓮が自然に声をかける。
それだけで、数人の女子がちらりとこちらを見る。
奏は思わず一歩、距離を取った。
「……うん。もうすぐ」
蓮は一瞬、目を細めた。
「なに。避けてる?」
「ち、違うよ。たまたま」
でも、それが“たまたま”じゃないことくらい、奏自身がいちばん分かっていた。
——あと何日?
頭の中で、期限が数字になる。
残り、十日。
そして、仮恋人を初めて十日目。
(……終わるんだよね。これ)
この距離も、この時間も。
“恋人のふり”は、終わりが決まっている。
だからこそ——
「柏見くん、こっち手伝って!」
女子の声がかかった瞬間、奏はほっとしてしまった。
「……蓮、行ってあげたら?」
蓮はぴたりと動きを止める。
「は?」
「ほら……私、ひとりでも大丈夫だから」
それは、奏なりの“優しさ”だった。
でも蓮には、違って聞こえた。
「……奏」
低い声。
呼ばれただけで、心臓が跳ねる。
「なんで最近、急に離れようとすんの」
「……だって」
言えない。
“期限があるから”なんて。
蓮は一歩近づき、声を落とした。
「周りの目? それとも——俺?」
その問いに、奏は答えられなかった。
沈黙が、肯定みたいで。
蓮の表情が、少しだけ曇る。
「……そっか」
短くそう言って、蓮は女子の方へ向かった。
教室に戻った賑やかな声が、やけに遠く感じた。
「最近さ、清水さん調子乗ってない?」
「柏見くんが優しいのいいことに……」
背後から、ひそひそ声が聞こえる。
胸の奥が、ぎゅっと縮む。
(……怒らせないように。目立たないように)
そうやって、奏はまた自分を小さくした。
その様子を、蓮は見ていなかった——
……わけがない。
片付けの途中、蓮は突然言った。
「このあと、少し時間ある?」
「え……?」
「話したい」
有無を言わせない声だった。
校舎裏。
夕焼けが校舎の壁を赤く染めている。
「……奏」
蓮は奏をまっすぐ見た。
「俺さ、期限とか、正直どうでもいいんだけど」
心臓が、止まりそうになる。
「でも、奏は違うでしょ」
奏は唇を噛んだ。
「……一か月だけ、って決めたでしょ」
「だから?」
「だから……終わる前提で、期待しちゃだめなの」
声が震える。
「蓮が優しくするたび、勘違いしそうになる」
沈黙。
蓮はしばらく何も言わなかった。
やがて、低く静かな声が落ちる。
「……勘違いさせてるつもり、ないよ」
でも次の言葉は、はっきりしていた。
「本気だから」
奏は顔を上げられなかった。
(そんなこと言わないで)
言われたら、戻れなくなる。
蓮は一歩近づく。
「期限があるから、離れる?
じゃあさ……期限がなかったら、どうするの」
答えられない。
答えたら、この関係が壊れてしまいそうで。
「……今日は、ここまでにしよ」
奏はそれだけ言って、背を向けた。
蓮は追いかけなかった。
ただ、小さく息を吐いた。
「……ほんと、ずるいな」
誰に向けた言葉なのか、奏には分からなかった。