マジックアワー
  「もし、万が一、沙耶がこの先の人生で困ったことがあって、その時近くに頼れる人がいなかったら、俺のことを思い出してくれないかな」
  本当は、今すぐにここから一緒に逃げようと言いたかった。今すぐにでも沙耶を奪いたい。俺は絶対に沙耶を泣かせないしもう二度と独りにしない。
  「俺は、俺の出来る範囲で、沙耶を助けるから。俺のそのときの状況とか考えなくていいから。何も考えず、俺に頼ってほしいんだ。万が一ね、まぁないと思うけど」
  最後の方はごにょごにょと口籠る。
 「そういう存在が確かにいるってこと、忘れないで。」
  瞬は立ち上がり、沙耶の頭の上にあるライトをカチ、と消した。
 「それじゃあ、おやすみなさい」
  と言い、その場を去ろうとしたが、沙耶が瞬の腕を掴んだ。
 「え?」
  振り返る。
 「ありがとう」
  もし、沙耶が泣いていたら、瞬はその手を引き、沙耶を連れ出していた。だけど沙耶は泣かなかった。
  「忘れない。心強い。ありがとう、”瞬くん”」
  そう言って、沙耶は手を離した。
  瞬は頷いて、病室を出た。
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