マジックアワー
  双方の話し合いの末、この件は示談で進められることになった。
  瞬はずっと腹が立っていた。
  「あんた見てただろ」
  須藤さんをあんた呼ばわりするこの男の品の無さにも腹が立つ。この男の何もかもが癪に触る。沙耶がもし俺を頼るようなことがあれば、今度はお前、歯どころじゃ済まねえからな。
  「すみません、確かに同じ病室にはいましたが、他の患者につきっきりで、とても目を離せる状況ではありませんでした。」
  「はあ?」
  瞬は、イライラが募るばかり。一刻も早くこの男が目の前から消えて欲しかった。さもなければまた殴ってしまいそうである。
  「でも会話を耳にしたとか」
  「聞こえません」
  須藤さんがキッパリとにこやかに答える。
  「私、ひとつのことに集中すると周りの音が聞こえなくなってしまうの。あはは、ごめんなさいねえ」
  須藤さんの口調はお淑やかで物腰が柔らかいが、その目はキマっている。
  示談の条件は大きく分けて2つだった。一つ目は、隆志の治療費や、殴打による一切の損害・通院費その他諸々の費用は病院側が全額負担すること。
  そして、二つ目は、今後一切2人には近づかないこと。
  そうきたか、と瞬は唸った。
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