危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編

番外編3.黒薔薇王の兄

朝の電車は、いつもより少し静かに感じられた。
揺れる車内でスマホを見下ろしていた美羽は、ひとつのメッセージに目を留めて固まる。

――今日は学校、休む。

それだけ。
いつもなら「大丈夫」「すぐ治る」だの余計な一言が付く椿からの、あまりに素っ気ない文面だった。

「……え?」

慌てて返信する。
「どうしたの?」「体調悪いの?」
既読はつかない。

胸の奥が、きゅっと縮んだ。

(どうしたんだろ……昨日は普通だったのに)

不安を抱えたまま、黒薔薇学園の校舎に足を踏み入れると、ちょうど廊下の向こうから見慣れた明るい声が飛んできた。

「美羽ちゃーん!おはよ!今日もキュートだね!」

「おはよ、悠真くん」

いつも通り返しながらも、美羽はすぐに本題に入る。

「ねぇ、椿くんが今日休むって連絡きたんだけど……何か知ってる?」

「え~、また椿の話~?」

口を尖らせつつも、悠真は首をかしげた。

「そういえば、風邪って言ってたよ。僕にも連絡きてたよ~」

「えええ!?椿くん、風邪ひいちゃったの!?」

思わず声が裏返る。

「そりゃ人間だし、風邪くらいひくでしょ~。すぐ治るって~」

「……っ」

その言葉を最後まで聞かず、美羽は踵を返した。

「え、美羽ちゃん?!ちょっと!?……もう」

廊下に取り残された悠真は、ぽつりと呟く。

「僕も風邪ひいたら、心配してほしいなぁ……」

そんなことは露知らず、美羽はスマホを握りしめながら教室へ駆け込んでいた。
すぐに椿の妹――鈴にメッセージを送り、住所を聞く。

席につくや否や、莉子が身を乗り出してきた。

「おはよ美羽!ってか顔真っ青だけどどうしたの?」

「椿くんが……風邪ひいたって」

「えー!黒薔薇の王でも風邪ひくのね!」

そう言って、莉子はくすくす笑う。

「それならお見舞い行かなきゃだね~!」

「う、うん……行きたいなって思ってて……」

もじもじと視線を逸らす美羽に、莉子の口元がにやりと緩む。

「弱ってる椿くんの色気にやられて、襲っちゃだめよ?」

「お!?な、なに言ってるの!?襲わないわよ!!」

一気に顔が熱くなる。

「冗談冗談~!でもさ、熱で額と首もとに汗かいて、ちょっと苦しそうなイケメン椿くん……絶対色っぽいよね~。きゃー!」

「ちょっと!人の彼氏で想像しないでよ!」

「はいはい、独占欲強いね~美羽ちゃんは♪」

「もう、莉子~!」

やり取りの中で、胸の不安は少しだけ軽くなっていた。
それでも、心の奥では同じ想いが繰り返される。

(ちゃんと……顔、見たいな)

窓の外には、柔らかな春の光。
そのぬくもりが、今日はやけに遠く感じられた。

そんな、
――胸がきゅっと締めつけられる朝から始まる、
甘くて少し心配な、恋人のお見舞いのお話。


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