危険すぎる恋に、落ちてしまいました。番外編
夕暮れの校舎は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かだった。
美羽は昇降口で靴を履き替えながら、スマホを取り出す。

「……よし」

指先でメッセージを打つ。

――椿くん、風邪大丈夫?今から家いくね!

送信して、数秒。
すぐに返事が返ってきた。

――は?来なくていい。ってかなんで風邪って知ってんだよ

「え!?冷たくない!?」

思わず声が漏れる。
画面を睨んでいると、またすぐに通知が鳴った。

――あー、悠真か。
――悪ぃ、とにかく美羽に移すといけねぇから。

その文面に、美羽は一瞬きょとんとしてから、ふっと笑った。

「……なにそれ。優しすぎでしょ!」

胸の奥が、じんわり温かくなる。

「でもさぁ……」

画面を見つめたまま、いたずらっぽく唇を曲げる。

「来るなって言われたら、行きたくなるよね?」

そう呟いて、スマホをバッグにしまった。







鈴に住所を教えてもらい、辿り着いた椿の家を見上げて、美羽は思わず立ち止まった。

「……でっか……」

美羽の家より倍はあるであろう大きな家に、
広い庭、落ち着いた色合いの外壁。

(え、椿くんって……こんなお金持ちだったの……!?恐るべし北条家!)

目をぱちぱちさせていると、玄関が静かに開いた。

「美羽ちゃーん!」

小声で手を振る鈴の姿に、ほっとする。

「来てくれてありがとう!お兄ちゃん、全然言うこと聞かなくてさ~」

「久しぶり、鈴ちゃん。勝手に来ちゃってごめんね」

「ううん!お兄ちゃんああ見えて絶対うれしいと思うよ!ほら、入って入って!」

そっと招き入れられ、静かな玄関に足を踏み入れる。
中は想像以上に整っていて、落ち着いた空気が漂っていた。

「そういえば……ご両親に挨拶したほうが……?」

「今日は仕事でいないから大丈夫!夜には"慧くん"が帰ってくるし!」

「けいくん……?」

「あ、一番上のお兄ちゃん!お医者さんなの!」

「あ、そっか……椿くん前にそんなこと言ってた!」

「ふふ、慧くんはね、お医者さんだし、頼りになって、それでもって、とってもかっこ良くて優しいの!」

「へぇ…そうなんだ…(まぁ、イケメンの椿くんと可愛い鈴ちゃんの兄だもんね…遺伝子が恐ろしいな…)」

美羽は、少し想像しながら苦笑いしていた。


「そっか!お兄さんが見にきてくれるなら、安心だね…!」

少し安心しながら階段を上る。
その途中で、鈴のスマホが鳴った。

「あ、ごめん!慧くんから電話だ!
お兄ちゃんの部屋、一番奥だから!美羽ちゃん先に入ってて~。あと、飲み物とかも用意してくるね!」

「え、え!?ちょっと鈴ちゃん……!」

返事をする間もなく、鈴は階段を下りていった。

(ひとりで入るの……!?)

深呼吸をして、そっとドアの前に立つ。
小さくノックしてから、控えめに声をかけた。

「……椿くん?入るよ?」

ゆっくりドアを開けると、シンプルな色合いの部屋が広がっていた。
紺と黒で統一された、無駄のない空間。

そして――
ベッドの上で、眉間に皺を寄せ、汗を浮かべて眠る椿。

「……っ」

思わず息を呑む。

「椿くん……?」

そっと近づくと、かすかに目が開いた。

「……美、羽……?」

「大丈夫!?熱高いんじゃ……」

「……来んなって……言っただろ……」

掠れた声が、やけに弱々しい。

「ごめん。でも……どうしても心配だったの。」

そう言いながら、起き上がろうとする身体を慌てて支える。

「椿くん!無理しないで、寝てていいよ!」

「……水……」

テーブルに置かれたペットボトルを取り、口元へ運ぶ。

「はい、ゆっくりね。」

「……さんきゅ。」

ごく、ごく、と喉を鳴らす姿を見つめながら、美羽の胸がどきりと跳ねた。

(……椿くんの、スウェット姿はじめてみた……)

いつもの制服とも、喧嘩のときの険しい顔とも違う。
少し無防備で、熱に浮かされた表情。

(……ずるい……)

そんなふうに思ってしまう自分に、また顔が熱くなる。

(もう、莉子があんな事いうからー!!)

「……なに赤くなってんだよ。」

「へ!?なってないよ!?」

「嘘つけ……」

小さく笑った椿の声は、どこか安心したみたいで。

その瞬間、美羽は思った。
――来てよかった、と。

静かな部屋に、夕暮れの光が差し込む。
風邪で弱った彼と、そばにいる彼女。

そんな、
少しだけ特別で、甘くて、胸がきゅっとする――
お見舞いの時間が、ゆっくり始まろうとしていた。

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