月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 「もういいのよ、リリィ。……陛下は、最初から私を見てはいなかった」
 「だからって呪われた王子のもとに嫁がせるなんてあんまりです……!」

 涙ながらに訴えるリリィの言葉に、エミリアは目を伏せた。

 「呪われた王子、そう呼ばれているのね」

 かすかに唇が震える。
 噂でしか、その名を聞いたことはない。
 第二王子レオナール・アルタミラ。王家の血を引きながらも幼くして不吉な呪いを受け、その身に闇を宿したと囁かれる男だ。王宮の記録からは彼の名が消され、姿を見た者もほとんどいないと聞く。
 ただ、北の辺境――霧深い山岳地帯の古城に幽閉されている、という話だけが人々の口を伝っていた。

 「どんな呪いなのか、ご存じですか?」

 リリィが問う。

 「いいえ。神殿にも、その詳細は伝わっていなかったわ。ただ――」

 エミリアは一瞬、遠くを見るように目を細めた。

 「夜ごと、その姿が変わると……そんな話を聞いたことがあるわ」
 「姿が?」
 「ええ。けれど、真実かどうかはわからない。誰もたしかめに行かないのだから」

 ふたりの間に沈黙が落ちた。風が窓の隙間をすり抜け、髪を揺らす。
 エミリアはそっと荷箱の上に手を置いた。

 「でも、これもきっと神のお導きなのよ」

 そう言いながらも、胸の奥では小さな灯が今にも消えそうに揺れていた。
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