月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
馬車の揺れに身を任せながら指先を膝の上で組む。ふと、薄布の袖から見えた手のひらには、淡く光る魔法陣の痕が残っていた。
それは聖女の証――生まれながらに微弱な治癒の力を持つ印である。ルーベンだった男が、かつてその力を『中途半端』と笑ったことを思い出す。
彼はいつも、何気ない顔で言った。
『癒しの力など、戦場では役に立たない。聖女ならばもっと神々しい奇跡でも起こしてみせろ』
その言葉は嘲りというよりも、失望に近かった。
しかしエミリアにとって、それはなによりも鋭い刃だった。奇跡を信じて祈ることこそが、神への道だと信じていたからだ。
だが、夫である王太子には〝祈り〟よりも〝力〟が求められた。
王太子妃としてふさわしい姿、神々の寵愛を証明するための派手な祝福の光。それを放てなかった自分は、ただの飾りに過ぎなかったのだ。
あのときルーベンの目に浮かんでいたのは、蔑みでも怒りでもない。興味を失った者の目だった。
馬車が小さな橋を渡るたび、木の車輪が軋む。その響きが、遠い日々の記憶を削り取るように規則的に続いていく。
小さく息をつき、背もたれに身を預けた。
(もう、思い出すのはやめましょう)
過去は雪の下に埋めればいい。新しい大地でもう一度祈ることができるのなら、それだけで十分だ。
そう思いながら、ふと窓の外に視線を向ける。
遠く白い霧の向こうに、黒い尖塔が見えた。空に爪を立てるような孤高の城。エミリアの新しい運命が待つ場所だ。
それは聖女の証――生まれながらに微弱な治癒の力を持つ印である。ルーベンだった男が、かつてその力を『中途半端』と笑ったことを思い出す。
彼はいつも、何気ない顔で言った。
『癒しの力など、戦場では役に立たない。聖女ならばもっと神々しい奇跡でも起こしてみせろ』
その言葉は嘲りというよりも、失望に近かった。
しかしエミリアにとって、それはなによりも鋭い刃だった。奇跡を信じて祈ることこそが、神への道だと信じていたからだ。
だが、夫である王太子には〝祈り〟よりも〝力〟が求められた。
王太子妃としてふさわしい姿、神々の寵愛を証明するための派手な祝福の光。それを放てなかった自分は、ただの飾りに過ぎなかったのだ。
あのときルーベンの目に浮かんでいたのは、蔑みでも怒りでもない。興味を失った者の目だった。
馬車が小さな橋を渡るたび、木の車輪が軋む。その響きが、遠い日々の記憶を削り取るように規則的に続いていく。
小さく息をつき、背もたれに身を預けた。
(もう、思い出すのはやめましょう)
過去は雪の下に埋めればいい。新しい大地でもう一度祈ることができるのなら、それだけで十分だ。
そう思いながら、ふと窓の外に視線を向ける。
遠く白い霧の向こうに、黒い尖塔が見えた。空に爪を立てるような孤高の城。エミリアの新しい運命が待つ場所だ。