月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 「レオナール様……」

 そっと呼ぶと、彼は振り返ってやわらかく微笑んだ。

 「終わったよ、エミリア」

 その声は穏やかで、どこまでも澄んでいた。呪いに覆われていたすべての夜を、たったひと言で祓ってしまうような声だった。
 エミリアはゆっくりと彼のもとへ歩み寄った。

 「本当に、もう……」

 声が震える。

 「朝になっても変わらないのですか……?」

 レオナールは小さくうなずき、手を差し出した。その手は皺もなく、血の通った若い指のぬくもりがあった。

 「……ああ」

 堪えきれずエミリアの頬を涙が伝う。
 それは悲しみの涙ではなく、心の底から溢れ出たものだった。

 「よかった……」

 嗚咽混じりの声にレオナールはそっと微笑み、髪に触れた。
 陽の光がふたりの間に溶け込んでいく。
 崩れた天井の隙間から、風が吹き抜けた。白い羽のような灰がひらひらと舞い落ち、光を受けて輝く。
 見上げた眩しい光の中に、たしかな未来の気配を感じた。

 「本当の春がきたんだな」

 その声とともに、ふたりの影が朝の光に溶けていく。新しい一日のはじまりを告げる鐘が、遠くで鳴っていた。
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