月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
追放の朝
エミリア・トレンテスは、生まれながらにして聖女として王子に嫁ぐことを望まれていた。
聖女とは祝福・浄化・予兆といった神聖術に長けた女性魔術師で、王国の守護神殿に仕える者を指す。魔力だけでなく品位・教養・信仰心が重視され、貴族階級である公爵家・侯爵家から十歳前後で候補生として神殿に預けられ、厳しい教育と儀式を経て〝聖女位〟を授かるのだ。
聖女は王家の儀式や国民への祝福、災厄の予兆の解読などを担い、政治的には王家と神殿の橋渡し役とされている。
モルテン王国では第一王子は代々、聖女位を持つ貴族令嬢と婚姻することが慣例である。これは王家の血統に神聖性を加えるための儀礼的意味を持つもので、王子が成人である十八歳を迎えるまでに、神殿と貴族院が協議して妃を選定。婚姻は国家儀礼として執り行われる。
エミリアの生家であるトレンテス家は公爵家として代々聖女を輩出し、モルテン王国の神殿に仕えてきた。しかしこれまで妃として選出された過去はなく、それはトレンテス家の長年の悲願であった。
エミリアが生まれたのは、王都から北東に位置するラルーサ領の屋敷だった。
彼女が生を受けた夜、空には流星が三つ走り、東の鐘楼がひとりでに鳴ったという。それは古来より〝聖女の兆し〟と呼ばれ、トレンテス家の人々はその日から彼女を特別な子として育てた。
そうして生を受けたエミリアは、幼い頃から人の痛みに敏感だった。
傷ついた小鳥を見れば手をかざし、誰かが泣いていれば、その理由を知るまでそばを離れない。手のひらからは、微かに光が生まれることがあった。
それは大人たちの目には弱々しい火花のようにしか見えなかったが、たしかに癒しの力を宿していた。