月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
雪が降り積もった道を、馬車がゆっくりと進んでいく。
フェンリルも馬車に乗り込もうとしたが、レオナールにより制止された。聖獣を連れていけば、街の人々を驚かせてしまうだろう。そもそも馬車に乗るには体が大きすぎる。
「私が帰るまでお城を守っていてね」
エミリアの言葉を理解したのだろう。フェンリルは寂しそうに耳と尻尾を垂らし、とぼとぼと城内に戻っていった。
冬の陽は低く、空気には雪を孕んだような冷たさが漂う。窓から見える森は白く霞み、遠くの山々までがまるで銀糸で縫われたかのように輝いている。
レオナールは深く背もたれに身を預けていた。
老いた体は長い道のりに耐えられるほど強くはないはずだが、彼は決して弱音を吐かない。
その静かな気丈さが、エミリアの胸を締めつける。
やがて馬車の揺れがひときわ強くなったとき、エミリアはそっと手を伸ばした。
彼の膝の上にある右手に、自分の手を重ねる。冷たく骨ばっていて、それでも優しい温もりがあった。
エミリアは瞼を閉じ、静かに祈りの言葉を紡ぐ。薄く金の光がふたりの手を包み込んだ。
それはやわらかい息吹のようにレオナールの体に流れ、凍てついていた血が少しずつ温まるのが手を通してわかる。
レオナールは小さく息を吐き、しばし目を閉じた。
「……不思議だな。まるで陽の光を飲み込んだような感覚だ」
「痛みはありませんか?」
「いや。むしろ、長く忘れていた感覚を思い出したようだ」