月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
食後、エミリアは外套を羽織り、買ったばかりの手袋を着け、シルバを伴って庭に出た。
月が高く昇り、雪の庭を銀に照らしている。風のない夜だった。
だというのに、空気の奥にわずかな震えを感じる。遠くでなにかが軋むような音が響いていた。
「……シルバ?」
聖獣はぴたりと動きを止め、森のほうを見つめて低く唸った。毛並みが逆立ち、蒼白い月光を受けて銀炎のように揺らめく。
(殿下は……あの森へ?)
その答えは誰もくれないが、フェンリルの反応が雄弁に語っているようだった。
あの森で、なにかが起きている。戦いの気配が漂っていた。
冷たい風が頬を打つ。エミリアは思わず自分の胸を掻き抱いた。
昼間、馬車の中で癒やした彼の手の感触が、指先にまだ残っている。
想像も及ばない異形へと姿を変え、今まさに魔獣に立ち向かっているのだろうか。
シルバが小さく吠える。その声には恐れではなく、祈りのような響きがあった。
「……レオナール様、どうかご無事で」
月光の下、エミリアは静かに目を閉じ、祈りの言葉を紡いだ。
淡い光が彼女の手のひらから零れ、雪の上に小さな花の形を描く。その光はしばらく消えず、やがて風に溶けていく。
夜は深く、森の向こうで微かに雷鳴のような音が響く。
レオナールがどんな姿で戦っていようと、彼を支えていきたいと強く願わずにはいられなかった。