月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
エミリアが辺境の城に来て二カ月が過ぎようとしていた。
雪はようやく止み、屋根の端から滴る雫が、月光を受けて細く光っている。
夜風にはかすかな土の匂いが混じっていた。春がほんの少しだけ顔をのぞかせている、そんな夜だった。
ふと胸の奥にざらつくような気配を感じて、エミリアは目を覚ました。
部屋の中はしんと静まり返っている。カーテンの隙間から漏れる光に誘われ、ベッドを抜け出して窓辺に立った。
雪解けの庭をひとりの男が歩いている。
「……誰?」
思わず声が出た。
長い外套の裾が濡れた地面を引きずり、歩みは明らかに重い。そして、ふと足を止めたかと思うと、その場に膝をついた。
この城には、ほとんど人が訪れないと聞いている。しかもこんな真夜中に――。
エミリアは外套を羽織り、そっと部屋を出た。
シルバが気づいてついてこようとしたが、静かに首を横に振った。
「大丈夫、すぐ戻るわ」
足音を忍ばせ、庭へ出る。雪はもう溶けかけており、黒い土の上に春の名残の霜が淡く光っている。
夜気の中、倒れ込むようにしている男の姿が見えた。外套の肩口が裂け、そこから覗く衣には赤い染みが滲んでいた。
「怪我をされていますよね」