月夜の呪われ王子と追放王妃~力のない聖女などいらないと厄介払いしたのをお忘れですか? 辺境の地で幸せを掴みましたので、今さら謝られても戻りません
 その夜、森の向こうで異様な気配がした。
 空気がわずかに揺れる。鳥も鳴かず、風すら止まっている。
 レオナールは寝室の窓を開けた。
 冷たい空気が頬を打つ。春を迎えたとはいえ、夜の間は冷え込みが強い。
 月光が差し込んだ瞬間、老いた肌が若さを取り戻していくのを感じる。
 皺は消え、銀色の髪が闇の中に光を放つ。
 夜だけ戻る、この姿。それが呪いからの束の間の解放であり、戦うための唯一の糧であった。
 剣を手に取り、扉を開けると、外気が流れ込む。足を早めて森に近づくと、腐敗したような匂いが鼻をついた。
 黒い霧の中から現れたのは、いつものごとく魔獣だった。皮膚の下で骨が蠢き、口から蒸気のような闇を吐いている。その目には光はない。

 「……また、こんなところまで」

 ここ数カ月、森の奥深くに住む魔獣が人間の住む世界まで足を踏み入れるようになっている。以前はめったになかったが、確実に侵食してきているのだ。
 兄王ルーベンが神殿との契約を打ち切り、祈りを捧げなくなったことが災いしているのではないか。聖女であるエミリアを追放し、慣例を破って力のない人間を王妃に据えるという愚かな行為が、今の状況を説明できるもっともな要因に思えてならない。
 千年にわたって守られてきた均衡が崩れはじめているのか――。
 レオナールは剣を抜き、刃を横に払った。
 鋼が月を裂き、魔力が刃に流れ込む。次の瞬間、レオナールは土を蹴って跳んだ。
 光の刃が獣の胸を貫く。轟音とともに黒い血が散り、地面が焦げた。
 その背後から、二体、三体と影が湧き上がる。
< 75 / 224 >

この作品をシェア

pagetop