あなたとは合わないと思っていたけれど
一章 ひきこもり系おひとりさま
午後六時。オフィスビルのエレベーターを降りた直後に携帯電話の着信音が鳴った。
西(さい)條(じょう)香(か)澄(すみ)はスマホの画面を確認すると、帰宅しようとしている同僚たちを避けてエントランスの隅に向かう。
ロビーを囲むガラス窓に映る香澄は、すらりとした長身にシックな服を纏い、ダークブラウンのロングヘアをナチュラルにまとめている。卵型の小さな顔にアーモンド型の瞳。スマホを耳に当てて佇む姿からは落ち着きと上品さが漂い周囲の目を引く。しかしその表情は嫌なことが有ったように陰っていた。
「はい」
「香澄、メールは見たわね? 今回のお相手の藤堂さんは三十五歳。T大法学部卒業のキャリア官僚だそうなの」
電話に出た途端に、上機嫌の声が耳に飛びこんでくる。香澄は思わず漏れそうになるため息をぐっと堪えて口を開いた。
「お母さん……さっき返信したけど、お見合いするつもりはないから。結婚相手は自分で選ぶって何度も言って……」
「毎回そう言って誤魔化すけど、あなたに任せていたらいつ結婚できるか分からないじゃない。今回は絶対に言うことを聞いてもらうわよ!」
反論はきつい声音に遮られてしまい、香澄は憂鬱なため息を吐いた。
二十五歳を過ぎた頃から、何度も見合いを勧められてきた。
その度にのらりくらりとかわしてきたけれど、先月二十八歳の誕生日を迎えたことで、母はしびれを切らしてしまい、ここ最近はこれまでにない強引さで話を纏めようとする。
厳格な家庭に育ち自身もお見合い結婚をした母の価値観では結婚こそが女の幸せらしく、日頃から結婚しろと何度も繰り返している。
香澄にとっては迷惑でしかないが、母としては娘のためだと信じての行動なのだ。
だからと言って受け入れられるわけでもない。
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