あなたとは合わないと思っていたけれど

 ご近所と言っても偶然すれ違うことはあまりない。

 香澄が英二と再び顔を合わせたのは、引っ越し挨拶から一週間後のことだった。

 時刻は午後八時。香澄が仕事から帰ったとき、ちょうど英二も帰宅したところで同じエレベーターになったのだ。

「お疲れさま」

 英二がすぐに香澄に気づき声をかけてくる。

「お疲れさま」
「いつもこの時間?」
「ううん、今日は少し残業したから遅くなったんだ」
「香澄はたしか航空会社に就職したんだったよな」
「うん。ASJで働いてるの。あれ、私話したっけ?」
「いや、噂で聞いた」
「そうなんだ」

 共通の友人知人がいるため、ずっと連絡をしていなくても情報は入ってくるものだ。香澄は納得して頷いた。

 エレベータがゆっくり上昇する。

「そうだ。北山君、サクランボ好き?」
「好きだけど、最近食べてないな」
「親戚から沢山送って貰ったんだけど、お裾分けしてもいい?」
「いいの?」
「うん。食べきれないから、貰ってくれると助かる」

 さくらんぼ農家をしている親戚が毎年善意で送ってくれるのだが、ひとりでは食べきれない量が送られてきて、香澄のこの時期の食事にはサクランボが必ず登場する。

「すぐ取ってくるね」

 英二に玄関先で待ってもらって、香澄は急いで部屋に入った。手早くサクランボを適当な入れ物に入れてから玄関に向かう。

「お待たせ」

 香澄は英二にさくらんぼを手渡す。

「こんなに沢山いいのか?」
「うん、食べてくれた方が助かるんだ」
「ありがとう。すごくうれしい」
「おおげさ」

 オーバーに感謝する英二に、香澄はくすりと笑う。そのとき人が近づいてくる気配がした。

 視線を向けると、武琉が帰宅したところだった。

 彼の今日の服装はグレーのジャケットに黒のスリムパンツという、ビジネススーツよりはカジュアルだが、きちんと見える格好だ。
「武琉さんお帰りなさい」

 予想よりも早い帰宅に内心驚きながら、香澄は笑顔で武琉を迎える。
< 120 / 171 >

この作品をシェア

pagetop