あなたとは合わないと思っていたけれど
 あの契約がなかったら、香澄はもっと彼に近づこうとしたかもしれない。

「そうだとしても、伝えた方がいいんじゃない? 契約を破るのは良くないのかもしれないけど、人を好きになる気持ちはどうにもならないでしょ?」
「でも……」
「天谷さんのことは仕事の顔しか知らないけど、彼は寛容な人だよ。理性的で他人に対しての理解もある。同僚に対してだってそうなんだから妻である香澄の話はちゃんと聞いてくれると思う。約束を破ったからって怒ったりしないはずだよ」

 菜恵の真摯な訴えが香澄を後押しする。

「菜恵……ありがとう。ちゃんと考えてみる」
「うん。我慢ばかりしないで自分の気持ちを大切にして、そのことを一番に考えて。私は香澄が幸せになってほしい」

 親友の言葉に気持ちが強くなる。

(本当に素直になっていいのかな……)

 でも武琉はあのときのキスについては、触れたくないようだった。

 それは香澄と恋愛関係になるのを拒んでいるからとし思えない。

(でも、目を背けたままでいいの?)

 なかったことにしようとしても、武琉への想いは深まるばかりだ。

 このままでは、いずれバランスが崩れて終わる日が来る。

 それなら、もし拒否されたとしても、誤魔化して現状維持するより、自分の気持ちを伝えた方がいいのではないだろうか。
 まだ決心はつかない。それでも少しだけ前向きな気持ちが生まれはじめた。
 
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