欠けていく世界で、きみの光を見つけた
女子部屋の前まで来ると、障子の向こうから明るい笑い声が漏れていた。
きゃっきゃ、と弾けるような声にこちらまで笑顔になる。
そっと戸を開けた瞬間、遠くに聞こえていた明るさが、ぱっと目の前を華やかにした。
「菜由おかえりー!」
ひまりが、くるりと振り返って手を振る。
「お風呂ゆっくりだったね」
ふうかも、鏡越しにやわらかく笑った。
「うん、みんな早速楽しそうだね」
そう答えながら、自分のカバンが広げられたエリアに行って腰を下ろした。
すぐ近くには、ふうかとひまりが座って、お菓子の袋を広げている。
十人が集められた畳の部屋には、三つの小さな輪ができていた。
そのうちの一つである私たちは、一番入り口に近いスペースを使っている。
奥と真ん中に集まるクラスメイトたちも、それぞれに楽しそうに笑い合っていた。
旅行の夜らしい賑やかさは、見ているだけで頬がゆるむ。
リュックのファスナーを開けて、お風呂で使った着替えやポーチを片付けていると、すぐ近くで、かちゃかちゃと軽い音が聞こえた。
視線を向けると、さっきまでお菓子を食べていたひまりとふうかが、肩を寄せ合うようにして鏡をのぞき込んでいる。
「——え?」
私は思わず、片付けをする手を止めた。
鏡の前に座るふたりの頬が、ほんのり色づいているように見えたのだ。
まつ毛もくるりと可愛らしくカールしていて、どこかきらきらして見える。
「メイク……?してるの?」
思わずじっと見つめると、ひまりが鏡から顔をあげて、にやっと笑った。
「さっすが菜由!気付いてくれた?」
その指先にはビューラーが握られていて、私はぱちぱちと瞬きをする。
「お風呂入ったのに、なんで……?」
なんとなくお風呂上がりそのままの自分が恥ずかしくなって、タオルで顔を隠すと、ふたりは楽しそうに向き合った。
「それはね——」
そして、くるっとこちらを向いて楽しそうな笑顔を見せる。
「今から男子と、星を見に行くから!」
「へ……?」
思わず間の抜けた声が出る。
「すっぴんじゃいけないでしょっ!」
びしっと言い切るひまりに、私はまた、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
男子と、星……?
頭の中で言葉だけがゆっくりと並んでいく。
「昼にさ、晴斗と約束してたの」
呆然としている私をよそに、ひまりは、鏡を見ながら楽しそうに続けた。
「松田晴斗分かる?サッカー部の。あ、泰史とよく一緒にいる」
「ひまりとよく言い合ってる子だよね」
泰史くんと一緒にいることが多い、隣のクラスのサッカー部の三人組。
ふうかの言うとおり、私たちのクラスにもよく顔を出していて、ひまりと言い合っている晴斗くんのことは知っている。
あとは、落ち着いた印象の直哉くんと、泰史くん。
その三人で、いつも一緒にいるイメージだった。
「そうそう!あいつがさ『夜、星見に行こうぜ』って」
「へえ……」
あまり状況が飲み込めないまま相槌を打っていると、鏡を閉じたふうかがやわらかく笑った。
「こういうの、ちょっとわくわくするよね」
ふうかまで楽しそうに笑っているのをみて、私は目を丸くする。
「夜にこっそり外出るとか、王道イベントじゃん?」
「もちろん、菜由も一緒に行くって伝えてるよ」
きらきらした目で言われて、胸がパッと明るくなった。
けれど次の瞬間、窓の外に広がる夜を思い出して、その気持ちはすぐにしぼんでいく。
——星。
私はそっと窓の外に視線を向けた。
ガラスの向こうに広がるのは、ほとんど色のない暗闇だった。
山の麓にある研修施設。
もちろん、いつもいる町よりずっと街灯も家の明かりも少ない。
暗闇の深さを想像した瞬間、ひやりと背中が冷えた。
みんなと過ごす夜は、確かにわくわくするけれど。
もし、はぐれてしまったら。
暗い場所で転んでしまったら。
……みんなに迷惑はかけられない。
私は気づかないうちに、手首をぎゅっと握りしめていた。
「菜由?」
ふうかのやさしい声が聞こえて、はっと顔を上げる。
「もし嫌だったら、無理しなくてもいいよ?」
心配そうにのぞき込むその表情に、胸がきゅっと締めつけられた。
その隣では、困ったようにこちらを見るひまりもいる。
——ここで「やめる」って言ったら。
きっと、ふたりとも「ならここで遊ぼうか」と言ってくれる。
そういう優しさを、ふたりが持っていることは知っていた。
私は小さく首を左右に振る。
手にこもった力を緩めることはできなかったけど。
ふたりの楽しみを奪うことはできない。
事情を知らないふたりに、なんて言えばいいのかも分からないし。
……なにより。
一緒に、いたかった。
私も一緒に、同じ『王道のイベント』を、過ごしたかった。
「……ううん、行く」
震える手をぎゅっと押さえ込んだまま、私は引きつった笑顔を浮かべた。
「そっか」
ふうかがほっとしたように笑って、ひまりも楽しそうにポーチを掴む。
——行くって、言っちゃった。
本当は、胸の奥に不安が残ったままだった。
でも、それを考える暇もなく、ひまりが楽しそうに私の前にやってくる。
「えっ……」
「菜由も、ちょーっとだけ」
驚いているうちにふうかがやわらかく言いながら、顔をのぞき込んだ。
指先が、そっと頬に触れる。
ふわり、と軽くパウダーをのせられて、ほんのり色づくチークが重なった。
「目、閉じて〜」
言われるままに目を閉じると、優しく引っ張られる感覚がして、くるんとまつ毛が持ち上げられる。
「はいっ、菜由も可愛い!」
向けられた鏡に映っていたのは、明るくなった自分の顔。
「……すごい」
思わず、小さく声が漏れる。
なんだかみんなとお揃いみたいでちょっとだけ嬉しい。
さっきまで胸にあった不安が、不思議と小さくなって。
代わりに、新しい感情がふわっと広がっていた。
きゃっきゃ、と弾けるような声にこちらまで笑顔になる。
そっと戸を開けた瞬間、遠くに聞こえていた明るさが、ぱっと目の前を華やかにした。
「菜由おかえりー!」
ひまりが、くるりと振り返って手を振る。
「お風呂ゆっくりだったね」
ふうかも、鏡越しにやわらかく笑った。
「うん、みんな早速楽しそうだね」
そう答えながら、自分のカバンが広げられたエリアに行って腰を下ろした。
すぐ近くには、ふうかとひまりが座って、お菓子の袋を広げている。
十人が集められた畳の部屋には、三つの小さな輪ができていた。
そのうちの一つである私たちは、一番入り口に近いスペースを使っている。
奥と真ん中に集まるクラスメイトたちも、それぞれに楽しそうに笑い合っていた。
旅行の夜らしい賑やかさは、見ているだけで頬がゆるむ。
リュックのファスナーを開けて、お風呂で使った着替えやポーチを片付けていると、すぐ近くで、かちゃかちゃと軽い音が聞こえた。
視線を向けると、さっきまでお菓子を食べていたひまりとふうかが、肩を寄せ合うようにして鏡をのぞき込んでいる。
「——え?」
私は思わず、片付けをする手を止めた。
鏡の前に座るふたりの頬が、ほんのり色づいているように見えたのだ。
まつ毛もくるりと可愛らしくカールしていて、どこかきらきらして見える。
「メイク……?してるの?」
思わずじっと見つめると、ひまりが鏡から顔をあげて、にやっと笑った。
「さっすが菜由!気付いてくれた?」
その指先にはビューラーが握られていて、私はぱちぱちと瞬きをする。
「お風呂入ったのに、なんで……?」
なんとなくお風呂上がりそのままの自分が恥ずかしくなって、タオルで顔を隠すと、ふたりは楽しそうに向き合った。
「それはね——」
そして、くるっとこちらを向いて楽しそうな笑顔を見せる。
「今から男子と、星を見に行くから!」
「へ……?」
思わず間の抜けた声が出る。
「すっぴんじゃいけないでしょっ!」
びしっと言い切るひまりに、私はまた、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
男子と、星……?
頭の中で言葉だけがゆっくりと並んでいく。
「昼にさ、晴斗と約束してたの」
呆然としている私をよそに、ひまりは、鏡を見ながら楽しそうに続けた。
「松田晴斗分かる?サッカー部の。あ、泰史とよく一緒にいる」
「ひまりとよく言い合ってる子だよね」
泰史くんと一緒にいることが多い、隣のクラスのサッカー部の三人組。
ふうかの言うとおり、私たちのクラスにもよく顔を出していて、ひまりと言い合っている晴斗くんのことは知っている。
あとは、落ち着いた印象の直哉くんと、泰史くん。
その三人で、いつも一緒にいるイメージだった。
「そうそう!あいつがさ『夜、星見に行こうぜ』って」
「へえ……」
あまり状況が飲み込めないまま相槌を打っていると、鏡を閉じたふうかがやわらかく笑った。
「こういうの、ちょっとわくわくするよね」
ふうかまで楽しそうに笑っているのをみて、私は目を丸くする。
「夜にこっそり外出るとか、王道イベントじゃん?」
「もちろん、菜由も一緒に行くって伝えてるよ」
きらきらした目で言われて、胸がパッと明るくなった。
けれど次の瞬間、窓の外に広がる夜を思い出して、その気持ちはすぐにしぼんでいく。
——星。
私はそっと窓の外に視線を向けた。
ガラスの向こうに広がるのは、ほとんど色のない暗闇だった。
山の麓にある研修施設。
もちろん、いつもいる町よりずっと街灯も家の明かりも少ない。
暗闇の深さを想像した瞬間、ひやりと背中が冷えた。
みんなと過ごす夜は、確かにわくわくするけれど。
もし、はぐれてしまったら。
暗い場所で転んでしまったら。
……みんなに迷惑はかけられない。
私は気づかないうちに、手首をぎゅっと握りしめていた。
「菜由?」
ふうかのやさしい声が聞こえて、はっと顔を上げる。
「もし嫌だったら、無理しなくてもいいよ?」
心配そうにのぞき込むその表情に、胸がきゅっと締めつけられた。
その隣では、困ったようにこちらを見るひまりもいる。
——ここで「やめる」って言ったら。
きっと、ふたりとも「ならここで遊ぼうか」と言ってくれる。
そういう優しさを、ふたりが持っていることは知っていた。
私は小さく首を左右に振る。
手にこもった力を緩めることはできなかったけど。
ふたりの楽しみを奪うことはできない。
事情を知らないふたりに、なんて言えばいいのかも分からないし。
……なにより。
一緒に、いたかった。
私も一緒に、同じ『王道のイベント』を、過ごしたかった。
「……ううん、行く」
震える手をぎゅっと押さえ込んだまま、私は引きつった笑顔を浮かべた。
「そっか」
ふうかがほっとしたように笑って、ひまりも楽しそうにポーチを掴む。
——行くって、言っちゃった。
本当は、胸の奥に不安が残ったままだった。
でも、それを考える暇もなく、ひまりが楽しそうに私の前にやってくる。
「えっ……」
「菜由も、ちょーっとだけ」
驚いているうちにふうかがやわらかく言いながら、顔をのぞき込んだ。
指先が、そっと頬に触れる。
ふわり、と軽くパウダーをのせられて、ほんのり色づくチークが重なった。
「目、閉じて〜」
言われるままに目を閉じると、優しく引っ張られる感覚がして、くるんとまつ毛が持ち上げられる。
「はいっ、菜由も可愛い!」
向けられた鏡に映っていたのは、明るくなった自分の顔。
「……すごい」
思わず、小さく声が漏れる。
なんだかみんなとお揃いみたいでちょっとだけ嬉しい。
さっきまで胸にあった不安が、不思議と小さくなって。
代わりに、新しい感情がふわっと広がっていた。