欠けていく世界で、きみの光を見つけた

第四話

隣の席から、ひまりの大きなあくびが聞こえてきて、私たちは一斉に笑いをこらえた。

「ふふ、ひまり、先生に聞こえるよ」
「ちょっとは遠慮しなよ〜〜」

三人がけの席。

ひまりを挟んで座った私とふうかは、小声でからかいながら、大きなスクリーンを見つめていた。

ほとんどが部活で終わった夏休みが明けて、しばらく経ったころ。

その日最後の授業は、隣のクラスと合同で、交通安全のビデオ視聴だった。

鮮明に映る映像に、眠気を抑えながら目を向ける。

半数の生徒がうとうとと目を閉じていき、私もその中のひとりとなったころ、パチっと音が鳴って映像が止まった。

……おわった?

さっきまで見えていたスクリーンの光がなくなったことで、一気に世界が沈む。

途端に心許なくなって、少しだけ心が揺れた。

カーテンが、時々遠慮なく夏の強い光を戻すから、真っ暗ではないはずの教室。

それでも私にはやっぱり少し見づらくて、何度か瞬きを繰り返した。

「ちょっと早いけど、今日はおわり。他のクラスは授業中だから静かに戻るように」

そんな先生を合図に、教室の空気が一気に動き出す。

「あーまじ眠かった」
「乗り切ったー。はやく部活いこうぜ」
「いこいこ」

ざわざわと椅子の音が重なる中、私はその場に座ったままでいた。

……電気、つけてくれないのか。

もう片付けるだけの教室では、誰も電気をつけるはずもなく、次々と教室を出て行ってしまう。

視聴覚室ならではの教室は、入り口までに何段か段差のある映画館のような作りだった。

それに加えて、三人掛けの机は、前後の幅が狭く歩きづらい。

「菜由、行こー?」

すでに立ち上がっているふうかとひまりの視線を感じて、私は思わず息を止めた。

「……うん」

返事をして立ち上がり、私はじっと足元を見つめる。

椅子の脚に引っかからないように、右手で触れた机を頼りに恐る恐る足を進めた。

「どうした菜由、いつもにも増してゆっくりだね」
「どっか痛い?」

明らかに不自然な私の様子に、ふたりは心配そうに戻ってくる。

焦りが胸を締めつけたとき、元気な声がすぐ下から聞こえた。

「お、ひまりじゃん!」
「晴斗。そっか同じ授業だったんだ」

声をかけてきたのは、晴斗くん。
その後ろには、直哉くんもいて「おっす」と爽やかに手を振っている。

合同授業で前の席を使っていた彼らは、後ろの扉に向かって上がってきたようだった。

「一緒に戻ろうぜ〜。部活いくだろ?」
「そうね」

合流したことで、足を前に向けたひまり。

晴斗くんと直哉くんがそれに続き、ふうかがちらりとこちらを見る。

とりあえずにこりと微笑むと、ふうかも笑ってそのまま三人に続いて扉に向かって上がって行った。

「……強がり」

四人が教室から出ていく頃、すぐ隣からそんな意地悪な声が聞こえてきて、私は掴んでいる服の裾をぎゅっと握りしめる。

「うるさい」
「はは」

イタズラに笑って返すのは泰ちゃんで、直哉くんの後ろにいた彼は席を回って私の隣にきてくれていた。

待ってほしいと伝えるように、思わず握ってしまった服の裾が今になって恥ずかしい。

腕を掴んだままの手を、私は少しだけ緩めた。

「ゆっくり行こうぜ、授業もはやく終わったわけだし」

そう言って伸びをした泰ちゃんは、私の目を見て楽しそうに笑う。

「絶対寝てたろ」
「いや、寝てないよ」
「うそ、ねーむそうな目してる」
「そんなことないもん!」

気付けばそんなふうに言い合って、心細かった気持ちは薄れていった。

人がいなくなった静かな視聴覚室。

カーテンの隙間からの光で何も見えないわけじゃない教室は、なんだか温かくて。

迷いなく導いてくれる泰ちゃんの手が嬉しい。

「ここ段差」

廊下に出て、眩しいくらいの日差しに、暖かかった手のひらは離れていった。

もう、怖いことはないはずなのに、どうしてかぎゅっと胸が苦しくなる。

助けてくれているからじゃない。
優しいからじゃない。

昔から。
ずっと。

私は、泰ちゃんのことが好きだった。

そしてきっと、これからも。

見ないふりをしていた感情が、この夏休みをきっかけに鮮明に胸に刻まれていく。

私は、離れてしまった指先をそっと握った。

この思いを伝えることはきっと、この先ないけれど。
残っていた温もりが、私の中で消えないように。
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