欠けていく世界で、きみの光を見つけた
放課後の教室には、絵の具と布の匂いが広がっていた。
最初は「何を作る?」なんて話し合うだけだった準備も、最近はすっかり作業中心になっている。
体育館の装飾案もほとんど決まり、私たちは、床いっぱいに広げた濃紺の布へ金色の絵の具を散らしていた。
真っさらだった垂れ幕も、何度も放課後を重ねるうちに、少しずつ今年の展示テーマである“夜空”に近づいている。
「晴斗、それ絶対ラメ出しすぎ!」
「いやキラキラの方が映えるって!」
「限度があるでしょ……」
ひまりとふうかの声に、直哉くんの呆れた笑い声が重なる。
窓の外は、もう夕方の色に変わり始めていた。
私はその輪の端で筆を動かしながら、何度も時計を確認する。
今日は十九時までの作業日だけど、お母さんの都合がつかなくて、私は途中で帰らなければいけない。
できればキリのいいところまでは進めたい。
でも、集中しすぎて帰る時間を過ぎてしまうのも怖かった。
そんなことを考え始めると、どうしても作業に集中できず、時計ばかり気になってしまっていた。
「ごめん、泰史くん。ついでにそこのパイプ椅子取ってくれない?」
絵の具を取りに動いた泰ちゃんは、別の輪で机をくっつけながらイラストを描いていた先輩に声をかけられていた。
「うす」
泰ちゃんは短く返事をして、端へ積まれているパイプ椅子へと向かっていく。
その様子を見ながら、私はそっと筆を置いた。
「……ごめん、私そろそろ帰るね」
立ち上がりながらそう声をかけると、作業をしていた四人がそろって顔を上げた。
「あ、そっか。今日は途中までだったもんね」
「うんごめんね。明日早く来てやるから、続き教えて」
汚れた手を濡れ雑巾で拭きながら頷いて、壁際に置いていた鞄を取りに行く。
「……え、あの子もう帰るの?」
教室を出ようとしたところで、少し離れた場所からひそひそとした声が聞こえてきた。
「よく早く帰ってるよね」
「ね。もう文化祭まで近いのに」
少し離れた場所で作業していた三年の先輩たちの声だった。
抑えた声だったけれど、向けられる視線が嫌なくらい痛い。
聞こえていた下級生もなんとなく口を閉じて、それまで騒がしかった教室には妙な空気が流れた。
これ以上残ると帰る頃には外が真っ暗なのは確かだった。
それでも、この空気を無視して帰る勇気は私にはなくて。
ぎゅっと鞄を握りしめたまま、私はその場から動けなくなる。
ガタンッ!!!
そんな空気をかき消すように、教室の端で、派手な音が響いた。
「うわっ、びっくりした!」
「ちょっと、大丈夫!?」
一気に集まる視線を追いかけるように、私も驚いて目を向ける。
その先では、床に倒れたパイプ椅子を見下ろしながら、泰ちゃんが「すみません」と短く言って、しゃがみ込んでいた。
突然のことに、私は鞄を抱えたまま呆然と立ち尽くす。
椅子を拾い上げながら、泰ちゃんがほんの一瞬だけこちらに視線を向けた。
そのまま、教室の扉の方へ小さく顎をしゃくる。
ーー行けよ。
声なんてなかったけれど、そう言われたのは分かった。
次の瞬間には、もう泰ちゃんは何事もなかったみたいに椅子を積み直していて、私はぎゅっと唇を噛む。
「……お、お先です」
小さく頭を下げて、逃げるみたいに教室を飛び出した。
泰ちゃんの変わりない優しさが苦しくて、溢れ出す涙を堪えることはできなかった。
最初は「何を作る?」なんて話し合うだけだった準備も、最近はすっかり作業中心になっている。
体育館の装飾案もほとんど決まり、私たちは、床いっぱいに広げた濃紺の布へ金色の絵の具を散らしていた。
真っさらだった垂れ幕も、何度も放課後を重ねるうちに、少しずつ今年の展示テーマである“夜空”に近づいている。
「晴斗、それ絶対ラメ出しすぎ!」
「いやキラキラの方が映えるって!」
「限度があるでしょ……」
ひまりとふうかの声に、直哉くんの呆れた笑い声が重なる。
窓の外は、もう夕方の色に変わり始めていた。
私はその輪の端で筆を動かしながら、何度も時計を確認する。
今日は十九時までの作業日だけど、お母さんの都合がつかなくて、私は途中で帰らなければいけない。
できればキリのいいところまでは進めたい。
でも、集中しすぎて帰る時間を過ぎてしまうのも怖かった。
そんなことを考え始めると、どうしても作業に集中できず、時計ばかり気になってしまっていた。
「ごめん、泰史くん。ついでにそこのパイプ椅子取ってくれない?」
絵の具を取りに動いた泰ちゃんは、別の輪で机をくっつけながらイラストを描いていた先輩に声をかけられていた。
「うす」
泰ちゃんは短く返事をして、端へ積まれているパイプ椅子へと向かっていく。
その様子を見ながら、私はそっと筆を置いた。
「……ごめん、私そろそろ帰るね」
立ち上がりながらそう声をかけると、作業をしていた四人がそろって顔を上げた。
「あ、そっか。今日は途中までだったもんね」
「うんごめんね。明日早く来てやるから、続き教えて」
汚れた手を濡れ雑巾で拭きながら頷いて、壁際に置いていた鞄を取りに行く。
「……え、あの子もう帰るの?」
教室を出ようとしたところで、少し離れた場所からひそひそとした声が聞こえてきた。
「よく早く帰ってるよね」
「ね。もう文化祭まで近いのに」
少し離れた場所で作業していた三年の先輩たちの声だった。
抑えた声だったけれど、向けられる視線が嫌なくらい痛い。
聞こえていた下級生もなんとなく口を閉じて、それまで騒がしかった教室には妙な空気が流れた。
これ以上残ると帰る頃には外が真っ暗なのは確かだった。
それでも、この空気を無視して帰る勇気は私にはなくて。
ぎゅっと鞄を握りしめたまま、私はその場から動けなくなる。
ガタンッ!!!
そんな空気をかき消すように、教室の端で、派手な音が響いた。
「うわっ、びっくりした!」
「ちょっと、大丈夫!?」
一気に集まる視線を追いかけるように、私も驚いて目を向ける。
その先では、床に倒れたパイプ椅子を見下ろしながら、泰ちゃんが「すみません」と短く言って、しゃがみ込んでいた。
突然のことに、私は鞄を抱えたまま呆然と立ち尽くす。
椅子を拾い上げながら、泰ちゃんがほんの一瞬だけこちらに視線を向けた。
そのまま、教室の扉の方へ小さく顎をしゃくる。
ーー行けよ。
声なんてなかったけれど、そう言われたのは分かった。
次の瞬間には、もう泰ちゃんは何事もなかったみたいに椅子を積み直していて、私はぎゅっと唇を噛む。
「……お、お先です」
小さく頭を下げて、逃げるみたいに教室を飛び出した。
泰ちゃんの変わりない優しさが苦しくて、溢れ出す涙を堪えることはできなかった。