欠けていく世界で、きみの光を見つけた
泰ちゃんのおかげで、暗くなる前に帰れたけれど、家に着いても頭の中はずっとぼんやりしたままだった。

わざと椅子を倒した泰ちゃんを思い返すたび、胸の奥がぐちゃぐちゃになる。

離れるって決めて彼を傷つけたのに、また、泰ちゃんに助けられてしまった。

このままじゃ、私はきっとまた迷惑をかける。
それに、泰ちゃんだけじゃない。

今日だって、先輩を嫌な気持ちにさせて、教室の空気を悪くしてしまった。

私は、もう文化祭のグループを抜けた方がいいのかもしれない。

そんな考えが浮かんでは消えなくて、私はベッドに座って制服の裾をぎゅっと握りしめた。

夕ご飯に向かうと、ちょうど帰ってきた陸は泥だらけのユニフォームを着替えるなり、飛びつくようにテーブルに座った。

「姉ちゃん早く!」

そんな陸に小さく微笑みを向けて、私も陸の隣に腰を下ろす。

「今日、地域練めっちゃきつかったんだけど」
「また走らされたの?」
「うん。最後は試合してさー」

陸は今日の練習の話を止まらない勢いで喋っていた。

お父さんもお母さんも、いつも通り相槌を打ちながら笑っているのに、私は、うまくその輪の中へ入れない。

「お姉ちゃん?」
「……え?」

名前を呼ばれた気がして顔を上げると、向かい側の陸が不思議そうにこちらを見ていた。

「今日なんかあったの?」

その言葉に、お母さんとお父さんまで心配そうにこちらを見る。

視線に気づいて、私は慌てて口元を緩めた。

「どうして? 何もないよ」

できるだけ普通に返したつもりだった。
だけど、陸は眉を寄せたまま、唐揚げを頬張る。

「今日、地域練に泰史くんが来たんだけど」

不意に出てきた名前に、私は持っていた箸を止めた。

「めちゃくちゃお姉ちゃんのこと気にしてたよ」

私は揺れる気持ちを誤魔化すように、視線を落とす。

「だっておかしいじゃん。いっつもふたり一緒に帰ってんのに」

陸は食べる手は止めずに、不満そうに続ける。

「泰史くんが俺にお姉ちゃんのこと聞いてくるの、初めてだったもん」

私は何も言えないまま固まっていた。

そんな私を見て、陸は「ほらやっぱり」と言いたげに眉を上げる。

「絶対なんかあったじゃん。喧嘩でもしたの?」
「……してないよ」

やっとそれだけ返すと、陸は「ふーん」と納得していない顔のまま首を傾げた。

「早く仲直りした方がいいよ。お姉ちゃんと泰史くん、昔から両思いでしょ」

思いがけない言葉に、私は息を呑んだ。

お母さんとお父さんも一瞬目を丸くしたあと、顔を見合わせて小さく笑う。

「な、なんで笑うんだよ!」

恥ずかしくなったのか、陸は慌てたみたいに声を上げた。

「母さん達だって、見てたら分かるだろ!」

柔らかい笑い声が広がる食卓の中で、私だけがうまく笑えないでいた。

ご飯を終えた私は自分の部屋で、しばらくスマホを握りしめていた。

『めちゃくちゃお姉ちゃんのこと気にしてたよ』

陸から聞いた言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

泰ちゃんが、陸に聞くほど心配してくれているのなら、何か連絡をした方がいい気がして。

だけど、あの日から一度も動いていない連絡画面に、今さら何を送ればいいのか分からない。

【今日はありがとう。私は大丈夫】

何度も悩んだ末、私はそれだけを泰ちゃんに送信した。

送った瞬間、急に心臓がうるさくなって、私はスマホを机へ置いたままベッドへ倒れ込む。

数秒もしないうちに通知音が鳴って、私はすぐに立ち上がり恐る恐る画面を見た。

【残るときは送ってくし。時間は気にせず、菜由の好きにしたらいいから】

その文字を見た瞬間、胸の奥が、ぐしゃりと潰れそうになる。

ーー好きだよ。

陸の言う通りだよ。
だけど、どうしようもないの。

スマホを握ったまま、私は小さく唇を噛む。

優しい返信に涙が落ちそうになるのを、私は必死に堪えていた。
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