欠けていく世界で、きみの光を見つけた
放課後の保健室には誰もいなかった。

私をソファに降ろすと、泰ちゃんは慣れた手つきで私の足を持ち上げた。

サッカー部らしく迷いのない動きに、私は痛みも忘れてその顔を見つめてしまう。

西日が差し込む保健室には、遠くの文化祭準備の声だけが微かに届いていた。

「腫れてきてるから、病院行こう」

最後にテープを軽く押さえながら、泰ちゃんが言う。

「菜由の母さんには連絡入れとくから」

応急処置を終えた泰ちゃんは立ち上がったけれど、怒鳴ったときのまま、まだどこか険しい表情をしていた。

私は小さく頷いて、膝の上で指を絡める。
静まり返った室内には、時計の針が大きく響いていた。

何かを考えるように小さく息を吐いて、乱れた前髪をかき上げた泰ちゃんが、ソファの端に腰を下ろす。

私との間には、二人分以上の距離が空いていた。

「……あのさ」

しばらくして、小さく口を開いた彼に、視線を送る。

泰ちゃんは少しだけ言葉を探すように黙り込んでから、ゆっくりと続けた。

「この間言ったことで、困らせてるのは分かってる」

胸が、どくりと音を立てる。

泰ちゃんはソファの上で膝に肘をつき、足元に視線を落としていた。

「……あれは忘れてくれていいから」

その苦しそうな声に、思わず唇を噛む。

そんなこと、私も、泰ちゃんもきっと、できるわけないのに。

「だからさ、普通にしててくんない」

泰ちゃんは困ったように眉を下げ、前髪にくしゃりと触れた。

「さっきみたいに無理されると、心配なんだよ」

優しい声に顔を上げられないまま、視界だけがゆっくり滲んでいく。

ぽたり、と膝の上に涙が落ちた。

「……っ」

慌てて拭うけれど、次から次へと溢れて止まらない。

俯いたまま首を横に振ると、泰ちゃんは困ったように息を吐いた。

「それもだめなの?」

低く落ちた声に、肩が小さく震える。

「正直、納得できないんだけど」

返す言葉が見つからなくて、私は唇を噛んだ。

視線を落としたまま拳を握りしめる。

そのとき、不意にひまりとふうかの言葉が頭をよぎった。

――『私たちと同じように』
――『泰史も、聞いてみないとわからないね?』

ふたりに背中を押してもらっても、私は泰ちゃんと向き合うことはできなかった。

それはきっと、全てを知った泰ちゃんが離れていってしまうのが怖かったから。

伝える前に勝手に自分から離れる方が、私が傷つかないから。

……どうせ離れるなら。
ちゃんと伝えてからにするべきなんだ。

私はやっと覚悟を決めて、震える息をひとつ吐き出した。
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