欠けていく世界で、きみの光を見つけた
「……私の目、治ることはないって」
迷いながら、私は膝の上で握りしめていた手に、さらに力を込めた。
「悪くなるばっかりで……いつか、見えなくなっちゃうかもしれないんだって」
言葉にした瞬間、喉の奥がぎゅっと締まる。
小学生の頃、布団の中で震えながら見つめたスマホの画面が、一瞬だけ脳裏をよぎった。
「そうなったら、迷惑ばっかりじゃん……」
膝の上に落ちた涙が、ぎゅっと握った手の甲を濡らす。
震える息を吐き出しながら、私は続けた。
「今だってたくさん助けてもらってるのに、一緒にいたいなんて言えないよ……」
何年も胸の奥に押し込めていた言葉が、涙と一緒に溢れていく。
泰ちゃんはしばらく黙ったまま私を見ていた。
驚いているのか。呆れているのか。
それとも、やっぱり迷惑だと思ったのか。
分からなくて、私は視線を落とす。
「……はぁ」
しばらくして、すぐ隣から小さく息を吐く音がした。
「そんなの、もう知ってるよ」
返ってきた言葉が理解できなくて、私は思わず顔を上げる。
泰ちゃんはまっすぐこちらを見ていた。
膝に置いた手をぎゅっと握り込むと、呆れたように眉をひそめる。
「なんでそれで、離れるってなるんだよ」
泰ちゃんは私から目を逸らさないまま言った。
「見えなくなったら支えるし、困ったら手貸すし」
彼は私に言い聞かせるように、ゆっくりと続ける。
「今だって変わんないだろ」
まっすぐ向けられた言葉に、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
その手も、その言葉も。
ずっと前から変わらなかったことを、私だって知っている。
「でも……!」
堪えきれず、泰ちゃんを止めるように声を上げた。
泰ちゃんが知っていてくれたことには驚いたけれど。
それでも、胸の奥で引っかかっているものは消えてくれない。
私はスカートを握りしめたまま、大きく息を吸った。
「好きなの」
その一言を口にした瞬間、泰ちゃんの目がわずかに見開かれる。
「私は、泰ちゃんの笑顔が、大好きなの」
今まで飲み込んできた思いが、堰を切ったように次々と溢れ出した。
「サッカーしてるときとか、晴斗くんたちと笑ってるときとか……楽しそうにしてる泰ちゃんの姿が好きなの」
教室から見る、放課後のグラウンドを思い出す。
太陽みたいに眩しくて、見ているだけで嬉しくなる笑顔。
「だから、私といたらだめなんだよ……」
何かを言いかけた泰ちゃんを止めるように、私は続けた。
「私といると、泰ちゃんいつも心配そうだから」
私を見ているときの泰ちゃんは、いつもどこか気を張っていて。
「優しいけど、気遣ってばっかりで、大人みたいで」
視界の端からぽろぽろと涙が落ちていく。
「そんなの絶対、幸せじゃないじゃん……」
最後まで言い切る頃には、握りしめたスカートがくしゃくしゃになっていた。
ーー言ってしまった。
ずっと胸の奥に隠していた気持ちを、全部。
怖くて顔を上げられないまま唇を噛む。
「お前は、俺の何を見てきたんだよ」
その、初めて聞く声に引き寄せられるように視線を上げた。
怒っているとも悲しんでいるとも違う。
だけど今まで見たことがないくらい真剣な顔が、そこにあった。
「俺の話を聞けよ」
泰ちゃんは膝の上で組んでいた手を解くと、身体をこちらへ向ける。
「ずっと言ってきただろ」
苦しそうに眉を寄せたまま、泰ちゃんは続けた。
「気にしてないって。菜由は普通だって」
「全部、届いてないっていうのかよ」
まっすぐ向けられた瞳が揺れている。
それを見ているだけで、既に悲鳴を上げていた喉がさらに締め付けられた。
「……っ」
今まで見ようとしていなかったものが、胸の奥に突き刺さる。
「周りが何言ったってさ」
少しだけ柔らかくなった声と一緒に、膝の上に置いていた手をそっと包まれた。
「菜由が『私なんか』って思ってるうちは、何も変わんねぇよ」
胸の奥に、ずしりとその言葉が落ちる。
顔を上げると、泰ちゃんは困ったように眉を下げていた。
ただ、分かってほしいと願うみたいに力のこもった手のひらに、視線を落とす。
ーー泰ちゃんのいう通り。
この手は、ずっと変わらなかった。
小学生の頃、毎日一緒に登下校をしたあの道でも。
気まずくてまともに話せなかったあの日の帰り道でも。
薄暗い視聴覚室で、ゆっくり戻ろうと言ってくれた最近だって。
思わずぎゅっとその手のひらを握り返すと、泰ちゃんはもう一度迷いなく握り返してくれた。
この手を握っているとき、私はいつだって泰ちゃんと一緒にいたいと思っていた。
だめだと決めつけて、見ないふりをしていただけで。
宿泊学習の夜。
ふたりで息を潜めて外に残り、同じ月を見上げたとき。
陸と喧嘩をした日。
家族に内緒で公園へ行き、カメラに映った星を見たとき。
そこまで思い出して、私はハッとした。
どの思い出の泰ちゃんも、ちゃんと、私の大好きな笑顔で笑っていた。
心配そうな顔ばかり見ていたと思っていたのに……。
私が楽しいと思った瞬間。
申し訳ないより一緒にいたいが勝ったその瞬間は。
泰ちゃんも隣で笑ってくれていたんだ。
溢れてきた涙は、さっきまでの涙とは違っていた。
「菜由……」
戸惑ったような声が降ってくる。
私が泣き出したことに気づいた泰ちゃんは、握ったままの手に視線を落として、小さく眉を寄せた。
「……ごめん、言いすぎた」
ぽつりと落ちた声に、私は慌てて首を横に振る。
「違うの。そうじゃなくて……」
すぐにそう口にするけれど、続きはうまく言葉にならなかった。
溢れる気持ちが胸をいっぱいにして、何から伝えればいいのか分からない。
「……泰ちゃん」
握られた手に、もう一度力を込める。
涙で滲む視界の向こうで、泰ちゃんが顔を上げた。
「私」
私は大きく息を吸った。
何度も逃げて、何度も諦めようとして。
それでも手放せなかった気持ちを、今度はちゃんと
自分の言葉にする。
「私、泰ちゃんの隣で、自信を持って笑えるようになりたい」
ずっと抱え込んでいたのが嘘みたいに、その言葉はまっすぐ口からこぼれた。
「迷惑かけるかもしれないし、いっぱい助けてもらうかもしれない」
だけど、それはもう、離れる理由にはしたくない。
「それでも私は、泰ちゃんの隣にいたい」
言い切るのを待っていたかのように、ぐいっと腕を引かれた。
「わっ……」
泰ちゃんの胸に額がぶつかり、そのまま大きな腕が背中を包み込む。
ドキドキと大きくなる胸に目を瞬かせていると、頭の上から、小さく息を吐く音が聞こえてきた。
「……やっと聞けた」
落ちてきた声は掠れている。
その安心したような声に、私は目を細めて、彼の背中に腕を回した。
「未来にかかる迷惑とか、そんなのどうでもいい」
頭を撫でるように、泰ちゃんの手が髪をなぞる。
「隣にいたいなら、それでいいだろ」
少しだけ身体を離した泰ちゃんが、困ったように笑った。
「今までだって、ずっと隣にいたんだから」
迷いながら、私は膝の上で握りしめていた手に、さらに力を込めた。
「悪くなるばっかりで……いつか、見えなくなっちゃうかもしれないんだって」
言葉にした瞬間、喉の奥がぎゅっと締まる。
小学生の頃、布団の中で震えながら見つめたスマホの画面が、一瞬だけ脳裏をよぎった。
「そうなったら、迷惑ばっかりじゃん……」
膝の上に落ちた涙が、ぎゅっと握った手の甲を濡らす。
震える息を吐き出しながら、私は続けた。
「今だってたくさん助けてもらってるのに、一緒にいたいなんて言えないよ……」
何年も胸の奥に押し込めていた言葉が、涙と一緒に溢れていく。
泰ちゃんはしばらく黙ったまま私を見ていた。
驚いているのか。呆れているのか。
それとも、やっぱり迷惑だと思ったのか。
分からなくて、私は視線を落とす。
「……はぁ」
しばらくして、すぐ隣から小さく息を吐く音がした。
「そんなの、もう知ってるよ」
返ってきた言葉が理解できなくて、私は思わず顔を上げる。
泰ちゃんはまっすぐこちらを見ていた。
膝に置いた手をぎゅっと握り込むと、呆れたように眉をひそめる。
「なんでそれで、離れるってなるんだよ」
泰ちゃんは私から目を逸らさないまま言った。
「見えなくなったら支えるし、困ったら手貸すし」
彼は私に言い聞かせるように、ゆっくりと続ける。
「今だって変わんないだろ」
まっすぐ向けられた言葉に、胸の奥がぎゅっと痛んだ。
その手も、その言葉も。
ずっと前から変わらなかったことを、私だって知っている。
「でも……!」
堪えきれず、泰ちゃんを止めるように声を上げた。
泰ちゃんが知っていてくれたことには驚いたけれど。
それでも、胸の奥で引っかかっているものは消えてくれない。
私はスカートを握りしめたまま、大きく息を吸った。
「好きなの」
その一言を口にした瞬間、泰ちゃんの目がわずかに見開かれる。
「私は、泰ちゃんの笑顔が、大好きなの」
今まで飲み込んできた思いが、堰を切ったように次々と溢れ出した。
「サッカーしてるときとか、晴斗くんたちと笑ってるときとか……楽しそうにしてる泰ちゃんの姿が好きなの」
教室から見る、放課後のグラウンドを思い出す。
太陽みたいに眩しくて、見ているだけで嬉しくなる笑顔。
「だから、私といたらだめなんだよ……」
何かを言いかけた泰ちゃんを止めるように、私は続けた。
「私といると、泰ちゃんいつも心配そうだから」
私を見ているときの泰ちゃんは、いつもどこか気を張っていて。
「優しいけど、気遣ってばっかりで、大人みたいで」
視界の端からぽろぽろと涙が落ちていく。
「そんなの絶対、幸せじゃないじゃん……」
最後まで言い切る頃には、握りしめたスカートがくしゃくしゃになっていた。
ーー言ってしまった。
ずっと胸の奥に隠していた気持ちを、全部。
怖くて顔を上げられないまま唇を噛む。
「お前は、俺の何を見てきたんだよ」
その、初めて聞く声に引き寄せられるように視線を上げた。
怒っているとも悲しんでいるとも違う。
だけど今まで見たことがないくらい真剣な顔が、そこにあった。
「俺の話を聞けよ」
泰ちゃんは膝の上で組んでいた手を解くと、身体をこちらへ向ける。
「ずっと言ってきただろ」
苦しそうに眉を寄せたまま、泰ちゃんは続けた。
「気にしてないって。菜由は普通だって」
「全部、届いてないっていうのかよ」
まっすぐ向けられた瞳が揺れている。
それを見ているだけで、既に悲鳴を上げていた喉がさらに締め付けられた。
「……っ」
今まで見ようとしていなかったものが、胸の奥に突き刺さる。
「周りが何言ったってさ」
少しだけ柔らかくなった声と一緒に、膝の上に置いていた手をそっと包まれた。
「菜由が『私なんか』って思ってるうちは、何も変わんねぇよ」
胸の奥に、ずしりとその言葉が落ちる。
顔を上げると、泰ちゃんは困ったように眉を下げていた。
ただ、分かってほしいと願うみたいに力のこもった手のひらに、視線を落とす。
ーー泰ちゃんのいう通り。
この手は、ずっと変わらなかった。
小学生の頃、毎日一緒に登下校をしたあの道でも。
気まずくてまともに話せなかったあの日の帰り道でも。
薄暗い視聴覚室で、ゆっくり戻ろうと言ってくれた最近だって。
思わずぎゅっとその手のひらを握り返すと、泰ちゃんはもう一度迷いなく握り返してくれた。
この手を握っているとき、私はいつだって泰ちゃんと一緒にいたいと思っていた。
だめだと決めつけて、見ないふりをしていただけで。
宿泊学習の夜。
ふたりで息を潜めて外に残り、同じ月を見上げたとき。
陸と喧嘩をした日。
家族に内緒で公園へ行き、カメラに映った星を見たとき。
そこまで思い出して、私はハッとした。
どの思い出の泰ちゃんも、ちゃんと、私の大好きな笑顔で笑っていた。
心配そうな顔ばかり見ていたと思っていたのに……。
私が楽しいと思った瞬間。
申し訳ないより一緒にいたいが勝ったその瞬間は。
泰ちゃんも隣で笑ってくれていたんだ。
溢れてきた涙は、さっきまでの涙とは違っていた。
「菜由……」
戸惑ったような声が降ってくる。
私が泣き出したことに気づいた泰ちゃんは、握ったままの手に視線を落として、小さく眉を寄せた。
「……ごめん、言いすぎた」
ぽつりと落ちた声に、私は慌てて首を横に振る。
「違うの。そうじゃなくて……」
すぐにそう口にするけれど、続きはうまく言葉にならなかった。
溢れる気持ちが胸をいっぱいにして、何から伝えればいいのか分からない。
「……泰ちゃん」
握られた手に、もう一度力を込める。
涙で滲む視界の向こうで、泰ちゃんが顔を上げた。
「私」
私は大きく息を吸った。
何度も逃げて、何度も諦めようとして。
それでも手放せなかった気持ちを、今度はちゃんと
自分の言葉にする。
「私、泰ちゃんの隣で、自信を持って笑えるようになりたい」
ずっと抱え込んでいたのが嘘みたいに、その言葉はまっすぐ口からこぼれた。
「迷惑かけるかもしれないし、いっぱい助けてもらうかもしれない」
だけど、それはもう、離れる理由にはしたくない。
「それでも私は、泰ちゃんの隣にいたい」
言い切るのを待っていたかのように、ぐいっと腕を引かれた。
「わっ……」
泰ちゃんの胸に額がぶつかり、そのまま大きな腕が背中を包み込む。
ドキドキと大きくなる胸に目を瞬かせていると、頭の上から、小さく息を吐く音が聞こえてきた。
「……やっと聞けた」
落ちてきた声は掠れている。
その安心したような声に、私は目を細めて、彼の背中に腕を回した。
「未来にかかる迷惑とか、そんなのどうでもいい」
頭を撫でるように、泰ちゃんの手が髪をなぞる。
「隣にいたいなら、それでいいだろ」
少しだけ身体を離した泰ちゃんが、困ったように笑った。
「今までだって、ずっと隣にいたんだから」