欠けていく世界で、きみの光を見つけた
自分の家の前を通り過ぎ、私の家の玄関先まで送ってくれた泰史くんは、玄関灯がつく位置まで歩いて、ようやく手を離した。

ぱっと明るくなった玄関の前で、急に心細くなった手のひらを誤魔化すように、私は後ろでぎゅっと握りしめる。

「ありがとう、泰史くん。ごめんね時間かかって」

私は改めて、彼に向かって頭を下げた。

泰史くんの家はお隣さん。
ぼんやりと灯りのともった家では、きっとお母さんがご飯を作って待っているはずだった。

「……なあ菜由」
「うん?」

すぐには帰ろうとせず、どこか言いづらそうに口を開いた泰史くんに、私はそっと視線を向ける。

「目のこと、ひまりたちにも言ってないんだろ」

思いもしなかった言葉に、私は息を呑んだ。

玄関の明かりに照らされた泰史くんの表情は、機嫌が悪いようにも見えなくて、何を考えているのか分からない。

「困ったことがあったら、俺に言えよ」
「え」
「じゃあな」

それだけ言って、泰史くんは逃げるみたいに自分の家へ走っていった。

ガチャン、と門の閉まる音が、夜の静けさの中でやけに大きく響いた気がする。

泰史くんが走り去っていった道を見つめたまま、私はしばらく動けなかった。

指先には、さっきまで繋がれていた手の温度が、じんわりと残っている。

右手を胸の前に持ってきて、ぎゅっと左手で包み込んだ。
温かいはずなのに、その熱が胸を締めつける。

なんで、今でもこんなに優しくしてくれるの?

——酷いことを言ったのは、私なのに。

『……もう放っておいて。私は、泰ちゃんが思ってるほど不自由じゃない。そんな風に優しくされたら、自分でできることが、なにもないみたいで……つらい』

私の鈍臭さに名前がついてから、いつも近くで助けてくれていた泰ちゃんへ投げつけた言葉が、鮮明に蘇る。

あの日の空気も、自分の声も。
傷ついた泰ちゃんの顔も。

ずっと心のどこかにあった申し訳なさが、大きな波となって押し寄せてくる。

毎日隣にいた彼と私の間には、それから少しずつ距離ができて。

中学生になってからは『泰ちゃん』と呼ぶこともなくなった。

それでも、私は気づいている。

隣にいることがなくなっても、いつも気にかけてくれていることを。

迷惑をかけたくないのに。
私は結局、泰ちゃんに、迷惑ばかりかけている。

玄関灯の下から隣の家を見つめる。
けれど、その姿はぼんやりとした輪郭しか分からなかった。

「……っ」

声を押し殺して、震える唇を噛み締める。

夜になると、もうほとんど何も見えない。
人や物にぶつかることも、前よりずっと増えてきた。

鈍臭いじゃ済まされない時が、もうすぐそこまで来ているのかもしれない。

熱いものがこぼれ落ちるのを止めるように、私はぎゅっと両目を押さえた。

『私は、泰ちゃんが思ってるほど不自由じゃない』
なんて。……あんなこと言っておいて。

——結局、私は一人じゃ、自分の家に帰ることもできない。

隣にいたら、どうしたって優しくしてくれる泰ちゃんに、迷惑をかけてはいけない。

分かってる。
だから、今の距離でいいはずなの。

でも——。
手を取られた瞬間、心臓が跳ねた。

自分を情けないと思う心の隙間に、確かにあった。

泰ちゃんの手を、ずっと握っていたいと思ってしまう気持ちが。

——そんなこと、許されるはずないのに。

これ以上考えたら駄目だと自分に言い聞かせ、私は勢いよく立ち上がって玄関の扉を開けた。
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